多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2022.6.26 河井継之助がかわいそう。「峠 最後のサムライ」鑑賞記

幕末から明治維新、その途上に起こった内乱は、近代日本の中にあって、最大にして最後の大立ち回りだった。大政奉還から鳥羽伏見の戦いを経て、五稜郭の戦いで幕を閉じるまで、2年近くを要している。この激動の時代を描いた小説やテレビドラマ・映画は、概ねヒットしやすい傾向にある。映画では、「燃えよ剣」(岡田准一主演・当方未見)や、完結した「るろうに剣心」(佐藤健主演/シリーズすべて未見)、大河では「八重の桜」や「新撰組!」、「西郷どん」がそれに当たる。
それは、ヒーロー然とした人たちが綺羅星のごとく出てくるからであり、また、儚い死を迎えるからである。今回の「峠」で描かれる河井継之助も、先見の明を持っていた、「最後のサムライ」として描くのではないか、と思っていた。

※尚、公開日が2021.6.18になっていますが、本来は2020年9月予定。しかも、この公開日も反故にされ、さらに一年経っての公開となった。

もう最初っから得点を発表する。がっがり度合いが半端ない75点だ。いくら名優・役所広司氏が主役であっても、河井をぼんやり描いてしまったのでは、「どこに感情移入すればいいのよ」となったことは間違いない。
河井の幼少期からでも描くなり、彼の人となりに対する理解がないままに、妻・おすが役の松たか子のナレーションで本作はつむがれる(ラストの〆も彼女)。慶喜の長台詞でスタートするのもドン引きだが(そこはナレーションで済ませようよ、なんで尺取ったのかなぁ)、兵隊教練のシーンからの幕開けは、「やる気満々」を印象付けてしまう。それは、武力も保持した状態で、家老として藩を焦土にしたくないという一心から、中立を目指すという当時としては都合のよすぎる理念が彼の行動原理になっている。
官軍にも理解してもらおうと腐心するあたりの、出向いて説得するシーンがやたら長かったのだが、こうした説明に過ぎる部分が全体的なテンポを著しく乱してくれる。ここは史実に基づいており、交渉役の岩村誠一郎には当方とも相性の悪い吉岡秀隆が演じていたのだが、この程度のキレ芸でいいのなら、あえて彼ほどの俳優を使わなくてもよかったのではないか、と思う(キレさせたら右に出るものがいない、と思っている月亭方正あたりでも十分に務まるし、無名な人でも良かった)。
交渉が決裂してさあ戦争や、となっても、大きな草原とかで相見える、というタイプの戦場は描かれず、山や峠を一つの要害として描くものだから、ちまちましているのだ。なんといっても一番がっかりしたのは、ガトリングガンのあまりにしょぼい戦果だ。連発銃の威力は、弾が無尽蔵に放たれるからこそ発揮するものであり、マガジン(50発程度/一瞬で打ち終わり)を付け替える手間と時間の間に進軍されれば、いくら殺傷能力が高くても焼け石に水である。河井御自慢の武器がこの体たらく。当然勝利したとしても長続きせず、結局敗走する。
継之助が足を負傷し、歩くこともままならなくなってからの冗長ぶりがさらに拍車をかける。生き急いだ感じの、駆け足感はどこにもなく(本人が怪我しているから余計に感じる)、療養とともに衰え、死期を悟る風に見せていた(死因は破傷風だとされている)。最後のシーンは、人によっては、屋敷ごと焼却した風に見て取った人もいたのだが、かなり意味深に受け取れる場面だった。
藩主の仲代達也、師範役のAKIRA、親友である榎木孝明、佐々木蔵之介もいい味出していた。留守宅で、プレゼントされたオルゴールを情感一杯に聞く松たか子、立派に死んでいった息子に対する思いを刀に込めた父親役の田中泯とか言う名優の太刀捌きには感動した。
私自身、「英雄たちの選択」などで知った時点では、河井については結構肯定的に評価をしていた人だったが、この映画の自説を曲げず、時代に乗り遅れ、自己陶酔におぼれていたとしか見れない河井を見せられて、評価を一変せざるを得なかった。彼の一存で決まってしまった長岡藩の末路と領民の塗炭の苦しみ。ヒーロー的に描かなかったことを是とするならその目的は達せられたと思うが、評伝としての出来は今一つだったと評価するにとどめる。

2022.6.19 「メタモルフォーゼの縁側」鑑賞記

モノ作りを主題・背景にする映画や作劇・ドラマは、総じて大当たりしやすい。まだ未見である「ハケンアニメ!」は、そろそろ見に行っとかないといけない時間帯に入っているのだが、ここ最近のメイキング映画ということになると、「映画大好きポンポさん」、「SHIROBAKO」、「サマーフィルムにのって」「映像研には手を出すな!」あたりが想起できるわけだけれど、今や一定の市民権を得ている同人世界を書いた原作を採用したあたりに、一種の意図というものを感じ取る。

BL「も」好きなうららと、「きれいな絵」というだけで衝動買いしたら実は、となった雪。二人がどのように知り合い、交流を深めていくか、が序盤で結構な尺を取って説明されるわけだけれど、我々はこの時点では、「読み手」として同じ立場にいることを理解する。年を取ってる?ボーイズ・ラブという単語を言うのがはばかられる?そこに臆しない雪の胆力のあるセリフ回しの数々は、さすが名優宮本信子らしさが表現されていた。
一方のうらら役の芦田愛菜嬢は、今回は高校生という設定。もちろん可もなく不可もなく演じていたわけだけれど、時々彼女の心の中が不明瞭に感じられるところがすごくもやもやするのだ。特に一冊の同人誌を作り上げたにもかかわらず、ブースでお披露目しないあのシーンにはまったく賛同できなかった。なぜか?
作ったもの・発表したいことを具現化し、本が他人の手に渡ることの喜びを共有したいから同人誌を作ったはずなのに、それを「雪が来なかった」というただそれだけで発表しなかったことに、である。自分自身の弱さを言い訳にしていたわけだけど、原稿明け当日。朝日が差し込んでくる=徹夜までして臨んだ原稿、できた本を出さないなどということが理解できないのだ。たとえは若干強烈だが、苦労して授かった子供も流産させてしまう可能性だってありえるとわかってしまう。
もちろん、これは原作を翻案せずにそのまま描いたから、そうなっているという部分は理解しているし、うららの精神的成長が今後なされるという展開にも寄与しているから、別段目くじらを立てる話ではないと思うが、少なくとも「この映画に、自分や自分が成りたいと思う人はいなかった」と結論付けている。
某ブロガー氏は、年間ベスト、と公言しているようだが、当方は案外な部類。93点のファーストを91点に下方修正した。
趣味が合えば歳の差なんて。BL好きで何が悪いんですか?という振り切った題材にしたことは、BLのセリフの程よい重さも手伝って、物語の根底をうまく整わせている。BLの情景やセリフの伏線効果もあったので、一本の映画としての完成度は高い方だと言っておく。

2022.6.16 「劇場版からかい上手の高木さん」鑑賞記

「高木さんめぇ」
地団駄踏む西片のコミカルな反応を楽しむ「からかい上手の高木さん」は、新章=「(元)高木さん」と同時進行という形で、今でも連載は続いている。
よくぞここまでネタが枯渇しないものだ、と感心するわけだが、「中学校最後の夏休み」という予告の響きに、一種の終焉を想定していた。しかし、完全に終わっていない原作の推移がそうさせるのか、「(元)」のせいで、「どうせ結婚しちゃうんでしょ?」という結末がわかってしまっていることも災いして、そこまで大きく感情を揺さぶられるまでには至らなかった。

上映時間73分=テレビサイズ23分程度の約3回分(+エンドロールと考えると意外に腑に落ちる)。ただ、劇場版だから、二人の解像度がより深化すると思っていたのに、それはあまり感じられなかった。
それよりも、私は、サブキャラながら、出番の多かった三人娘の立ち居振る舞いに心を奪われる。三人一緒、ということを信条に過ごすミナ、体育会系のサナエ、中立的なユカリ。特にストーリーを引っ張るミナの積極性と、それに周りが動かされていく過程は、ある種結末が見えている本筋の二人より、どう動くか知りたくなる。
100のやりたいことを済ませていく3人が中学生最後の夏休みに対して、出港する船(自分たちの未来/去っていく夏休みの暗喩)に、手を振るシーンにはぐっと来た。夏祭りでも、地元の高校に行くことを決めたサナエの決断を全面的に支持する二人が、手をつなぐシーンに「ああ、この人たちのストーリーがもっと見たかった」と思ったのだが、よくよく調べてみると、この劇場版にはこの3人が主人公の「あしたは土曜日」が含まれていると知り、オープニングのクレジットの謎も解けたというわけである。
劇場版だから、と超絶オリジナルストーリーでも持って来て、西片を、高木さんを翻弄してくれるんじゃないか、と期待度は高かったが、「あー、それは、そうなるよね」という予定調和なラストシーンには少しだけ拍子抜けした。得点は、それでも一定の出来を勘案しての93点。大団円、といわれると難しいところではあるけれど、ここしか落としどころはないんだから仕方ないだろう。
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ