多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2020.6.28 これでラストか? 「天気の子」36回目鑑賞記

いよいよ、「その時」は近づきつつある。
リバイバル上映もそろそろ店じまいの時を迎えようとしているのだった。一足早く「君の名は。」はほぼ終了。「天気の子」も上映館を探すのに苦労するくらいにかけている場所は少なくなった。
そんな中で、当方は、「新規開拓」をもくろむ。ちょっとしたお出かけも含めて、行ったことのない劇場を巡ろうと思ったのだった。

そんな要望に、応えてくれる劇場があった。109シネマズ エキスポシティだ。
ここは何といっても、最新のIMAXレーザーが見れる劇場。行った当日にやっていたのはAKIRAや新作だったりするが、ここに天気の子のIMAXが入っていたら、一も二もなく鑑賞するところだった。
劇場には10時20分には到着。早速購入するのだが、いい具合に埋まっている。これはうれしい。
15分前から入場なのだが、画面での案内と、実際の券購入のスクリーンに差違ができるという失態を演じる。もちろん券印字のスクリーンに向かう(案内ボードを信じた客もいたようで、促されてはいってきた数名がいた)のだが、これはなかなかない失態だ(こういう時に画像を押さえていないという……)。

館内は、久しぶりに多彩な顔ぶれとなった。ソロ男性は私一人だけ、家族連れが2組(しかもお子様3人は3人とも10歳いくか行かないかレベル)、女性3人グループが2組、カップルも2組となり、女性優位で推移。私が最高齢なのを確定したうえで平均年齢は30代前半にまで低下する。

ガチ勢らしくやや前寄りに陣取ったが、久しぶりに首が痛くなる画角で少し難儀する。それでも、ここ数回の鑑賞での当方の動きは実におとなしいものだ。
今回もラブホまでは全く感情の勃興が起こらない。だが、やっぱり「陽菜さんを……見てる」からは帆高の側にどうしてもついてみざるを得ない。ここの森七菜嬢の演技は本当に彼女以外で演じられるのか、とさえ思う。
グランドエスケープも、呼び捨てにする帆高からの絶妙な「空―飛ぶ―」のインサートにしてやられる。もちろんあの怒鳴りで私も感極まる。

ラストシーン。
すべてを達観した私にとって3回目の泣かないチャレンジだったのだが、それは見事に成功した。スクリーンを凝視しながら、歌詞を咀嚼する。今までは二人が逢えたことがうれしすぎて大号泣していたものだが、彼らがムスバレテいるとするならば、これは必然だ、という思いが、泣かずに済ませているのだろうか?
ただ、「大丈夫」はエンディングをかざるにふさわしい曲として、一二を争う出来であることは間違いない。「だいじょーぶーにーーー なーりたーい」では危うく落涙しそうになったが、何とか堪えた。

満足度の高さは、「君の名は。」と双璧をなす作品である。気が付けば、鑑賞回数30回台後半。おりに触れ見ていくことになる名作と、しばしお別れとなりそうである。

2020.6.21 本日の〆はほだひなw 「天気の子」35回目鑑賞記

新作2作品は、案外な部類に列せられることとなった。
たまあに「自分だけがそう思ってる?」と、Yahoo!レビューなども確認するが、少なくともこの2作品に関しては、自身の見立てである「なんかモヤっとする」ファーストインプレッションは正しいと知らされる。

〆に「天気の子」を持ってきたのは、時間帯のせいではなく、そういうスケジューリングにして、リセットしたかったからという部分が大きい(ちなみに「君の名は。」は朝イチ回と夕方回。「天気の子」は昼一回と夕方回。よって、君縄がトップに来たのは時間帯のせいである)。

館内は、男女ソロ一人ずつ(言わずもがな、当方が男性ソロの唯一人)、カップル二組、そして男性20代後半3人組。彼らが私の後ろの列に陣取ったので下手に動けなくなったのだが、いざ映画が始まってしまうとそんなことはすっ飛んでしまう。

ここ数回の鑑賞での当方の動きは実におとなしいものだ。ちなみに5/31の前回は、とうとうすべてのシークエンスで泣くという感情の発露が一切見られず、オーラスの「大丈夫」の流れるラストシーンですら、涙腺はほぼ反応しないのだ。
しかし、今回は、ちょっと様子が違っていた。
ラブホテルで抱き合うシーンはすごくしんみりしたのだ。帆高が言う、「陽菜さんはいなくならない」というセリフがガツンっと響いたのだ。
そうなると、山手ランニングも結構こたえてくる。ちなみに以前zip!でのアフレコ秘話が公開された時、帆高役の醍醐君は、なんと、このシーン収録の際、事前にスタジオ周辺を走って、息も荒々しい状態で録音に挑んだとわかって、「演じるってこういうことなのか」をまざまざと見せつけてくれた。そうした裏話を知ると深みがより増してくる。
そしてグランドエスケープ。帆高のどなりがストレートに刺さる。
「青空よりも、オレは陽菜がいい。天気なんて、狂ったままでいいんだ!」
これがあの危機的状況で言える帆高。そして、例の「雲レイヤー入れ忘れた」シーンでは、実際雲の影が映っているシーンもあるので、この時点で気が付いておくべきだったか、と思わざるを得ない。

ラストシーン。
すべてを達観した私にとって2回目の泣かないチャレンジだったのだが、それは見事に成功した。
なぜ泣かずにしっかり受け止められるのか?帆高に寄り添いすぎないことができるようになったからかな、と思ったりしている。
ただ、「大丈夫」はエンディングをかざるにふさわしい曲として、一二を争う出来であることは間違いない。やはり野田洋次郎はすごすぎると再認識させられた。

一日四本。2本旧作という点を差っ引いても、場内が満席に彩られることは日曜日なのに遂に訪れなかった。実際来場者数は一上映10人平均としても400人程度でしかなく、ロビーが混雑する時間帯もついぞ訪れなかった。それで劇場が回していけるのか?まだまだつらい状況が残ったままの興行界は正念場を迎えていることだろう。

2020.6.21 「エジソンズ・ゲーム」鑑賞記

6/19封切作の中では、一番人気に推していたのが、この「エジソンズ・ゲーム」である。
もっとも原題は「THE CURRENT WAR」。電流戦争と直訳できるのだが、交流か直流かが、論争になり、実際競争に見舞われていた電気普及の黎明期のお話に、発明王・エジソンと、事業家・ウェスティングハウスが真っ向からやり合う痛快活劇を期待していたのだ。

ところが、序盤で、直流エジソンと、交流ウェスティングハウス(WH)が提示されているのだから、もう勝負は決まったも同然なのだ。そしてそれは、「エジソンズ・ゲーム」という邦題と大きくかけ離れていることを示している。エジソンは、少なくとも電流戦争では敗北するからだ。

結果を知ってしまっている歴史の真実に、どう抗うのか、というところを書きたいのか、と思いきや、「交流は人殺しの電気」としか強弁できないエジソンのなんと哀れなことか。そして、彼は「悪」とまでは言いきれないが、交流をまさしく死の電気に向かわしめる電気椅子の開発に加担してしまう。武器開発には一切手を出さなかった彼が、直流売りたさに交流sageをしてしまうのだ。このあたり、彼も嫉妬深い一人のにんげんだと思い知らされるシーンだ。

シカゴ万博でのエジソンとWHの会話が少しだけわだかまりを解いてくれたわけだが、今普通に使っている電気の黎明期に起こったAC/DC論争を知る上で、エジソンが直流にこだわったわけとかが序盤でもっと言われていないといけなかっただろうし、全体的に駆け足過ぎたところは否めなかった。

というわけで、87点までとした。

原題たる「The Current War」を前面に押し出すなら、すべてをこの電流戦争に充ててほしかった。もちろんその間に起こったことも合わせているのはわかるのだが、ラストも含めて、うまくまとまった、と感じなかったのはちょっと減点だ。
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