多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2021.3.21 「トムとジェリー」鑑賞記

はい。
またしても、「予告とかを見ずに、特定の情報から見た映画」がはまらなかった。
ここ最近、ハズレを引くことが多くなってしまっているのだが、映画は、当たりばかりでは面白くない半面、ハズレを引いたときのダメージの大きさは計り知れない。

とはいえ、一定の面白さは保証済みの「トムとジェリー」を見させてもらう。
西宮OSの8番は、かようなわけで、トムとジェリー世代の女性ペアだの、20代の男性グループ複数だの、子連れがいっぱい来るなどで、大盛況。前方もほどほどに埋まっていたので、9割程度の入りだったのではなかろうか?男性ペアが、別れて座らされることも発生したりと、そこそこに埋まってくれたようで何よりだ。

今までのトムとジェリーでは、人間の描写は極力控えられている。せいぜい下半身どまりで、顔の表情はもとより、服装や体形なども想像するしかない。それでも、トムとジェリーが主人公だから、それで許されている部分がある。
だが、実写とのコラボレーションをするとなったら、同じ描き方ではいくらなんでも実写サイドが黙っていない。というわけで、人間ドラマも必要になってくるのだが、この部分のとっちらかりぶりが恐ろしい結果を生み出してしまう。

得点は91点。なまじ「ロイヤルウェディング」というハードルを設定したことでそこに縛られ、いろいろなミックスタイプのストーリーを想定していた向きにはどこまで訴求するかわかったものではない。短編をつなぎ合わせる、アニメと同等なストーリー展開にしておけば、無駄に製作費もかかっていないだろうし、何より普段着のトムジェリが見れたはずだ。

2021.3.21 「ミナリ」鑑賞記

最近、「予告とかをまじまじと見ないで(ハズレかもしれない)映画を見る」ことが多くなっている。ひとえにそれは、雑音といってもいいTwitterのつぶやきであるとか、関係者の評価だったりするのが後押ししてしまうことにある。
もちろん、それであたりを引っ張ってこれればいうことはない。むしろ映画というものは、入り口の段階で「絶対見る・(余裕があれば)見る・見ない・みたくない」くらいに色分けしておかないと、いくら時間があっても足りない。

そう思ったのだが、今作「ミナリ」に関して言えば、ズバリ、次回作になるであろう、ハリウッド版の「君の名は。」の監督氏の新作だったから、予習も兼ねて見に行ったという動機がある。
一応のソース。新海氏も絶賛しているというのだが……

さて、その動きは正しかったのか?
結論から言うと、「日本映画のようなたたずまいの、人間ドラマがメインで、人物描写などには一定の評価があるが、全体的にぐっと引き込まれるような演出はなかった」と感じた。
物語の主軸は、いまではなく、80年代のアメリカ。移住しないと食っていけない時代の韓国の一家族の奮闘ぶりが描かれる。実はここはめちゃくちゃ重要で、アメリカンドリームを目指さないとやっていけない韓国という国のバックボーンに触れてしまっているからである。ひよこの識別で生計を成り立たせていた家族が父親の一念発起で韓国野菜農家を目指すことが主題で、これによって成功するかどうか、が言われるのである。

どこをどう評価していいのかわからなかった前半から中盤。「ミナリ」はセリである、という祖母と孫との交流は、あの水辺を中心にして、もっともっとあってもよかったと感じた。
後半に入る手前に祖母が脳卒中で倒れたあたりから、不穏な雰囲気に包まれる。それでも野菜の卸先も見つけ、空中分解寸前だった両親も何とか首の皮一枚繋がる。だが、神様は彼らに試練を与えてしまうのだ。

後半の夫婦のツーショットくらいしか、評価できる作劇がないというのが如何ともしがたい。それどころか、びっくりするようないたずらを子供時代にしてしまう韓国の悪い面も出てしまう。どう考えてもいたずらの度が過ぎているし、それはかの国のDNAのなせる業だろうか?
大団円である必要はなかったかもだが、ラストシーンを導出するための前段に悲劇を持ってくるのはあざといし、それでさらに困窮したんです、と言ったような追い打ちもないのでは、何のための演出なのか、と言いたくなる。
ところどころに匂わせる、アジア系に対する差別もチクチク感じるところが不快感を増長させる。監督本人の半生記が下敷きになっているとはいえ、映画にしてまで見せる必要はあったのだろうか?

レビューを書いていて、どんどん不満があふれてくるのでここら辺で止めておく。得点は、はまらなかった、ということで82点にした。アカデミーでも覚えめでたいK文化。「パラサイト」で調子こき始めているように見えるわけで、この作品の去就も気になるところである。
次回作になるであろう、「君縄」の監督としては、まだ未知数と考える。ただ、底は知れたかな、とは思っている。

2021.3.14 この書き方は斬新だ 「すくってごらん」鑑賞記

最近、ラジオで聞く某有名パーソナリティーの「映画サロン」で紹介される作品にそそられることがたびたびある。その中には、聞いた結果見に行ってよかった作品も少なからずある。「ミセス・ノイジィ」がまさにそれで、他にも数タイトルあげられる。
金魚の里・大和郡山を中心に奈良でロケーション撮影された触れ込みの「すくってごらん」は、金魚の町らしく、金魚すくいがメインのお話で、左遷された銀行員が、その面白さに目覚めて、プロ、とまではいかないまでも、金魚すくいの道に傾注する過程において、恋が芽生えたり、はたまたトラブルが起こったり……なんて、原作未見だから好き勝手に想像するのだが、ぜんっぜん違っていてびっくりした。
金魚売りのトラックに乗った瞬間から歌い出す主人公。当初ミュージカル進行をする映画とは思っていなかったから、いきなりの攻撃で度肝を抜かれた。
この作品、出ている人は見ての通り、主役とヒロインくらいしか名の通った人は出ていない。ほかの方々も経歴を調べないとわからない感じの人たちばかり。ただ、金魚屋の兄ちゃん・王寺は、なんと劇団四季出身の舞台俳優。そりゃ存在感もあらわになるし、歌もうまくて当然ってなものである。
主人公の香芝(尾上松也)の感情吐露が文字になって表れ(韻を踏んでいたりかなり面白い)たり、それこそいきなりヒップホップが流れてきたり。飽きさせないという試みの大半はそれほど失敗したとは言えない。それほど長くもないのに「休憩」と称して、脇役が歌ってつなげたり、挙句ラスト前には香芝が「もうすぐエンドロール」なんて歌ってしまう。こんなちょっとぶっ飛んだ映画はそうそうお目にかかれない。
惜しむらくは、最終最後の〆方。後ろ髪を引かれることも、せっかく芽生えつつあった愛だの恋だのにも決着が付かない。なんといっても自分が最初に捕まえた金魚の去就にも手当てがない。左遷された銀行員のドタバタ喜劇とするには、描いた時間も短く、音楽映画にしてしまった手前、厚みの醸成には手が回らなかったか。その部分がもったいないと感じた。得点は88点とやや控えめに採点した。
でも、斬新な手法の表現は大きく買える。そして「数字がすべてではない」と気が付いた香芝が、人間的に成長したと思われることも効いている。ここまで音楽あふれる内容だったということをあのパーソナリティー氏は紹介していなかったと思うのだが、それを差っ引いても、日本映画の新たな見せ方には賛辞を惜しまない。
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