多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2014年11月

売国局VSサヨク脳www 勝つのはどっちだ?!

訃報に接するとき、残念な気持ちにさせられるのと同時に、その人が培ってきたものの大きさに心を奪われることが往々にしてある。

俳優・高倉 健(享年83)さんの訃報に接したときに抱いた、率直な感想はまさにそれである。
日本を代表する俳優でもあり、仕事に対して一切手抜きをしない姿勢というものにも、凄みを感じる。中国映画(単騎、千里を走る)やハリウッド(ブラック・レイン)でもその存在感をいかんなく発揮し、今回の訃報を受けて中国政府が公式に哀悼の意を表明するなど、まさに世界的な俳優であったといっても過言ではない。

その彼の一番のヒット作(もっとも観客を呼べた)が、「南極物語」である。フジテレビが全面的に映画に進出するきっかけになった作品でもあり、実際の大雪原でのロケーションなど、3年余りを費やしての大作でもある(興行収入としては、110億で歴代7位/実写映画では2位。配給収入は59億円。以上wikipediaより)。

著名俳優が死去すると追悼企画として、出演作とかが再放送されるわけだが、今回、フジテレビは、一番のヒット作を放送することにした。フジの本気度がうかがい知れるところでもある。
それでも、当方は、「幸福の黄色いハンカチ」とか「鉄道員」とかがよかったんじゃねーの?とか考えていたのだが、この記事を書く直前になって、ラテ欄を見て「あーーーーー」となったのである。

そう。裏の金ロ枠で「千と千尋の神隠し」をやっているではないか!!歴代観客動員/興行収入第一位の、押しも押されぬトップ映画である。相手がこれでは、南極物語にせざるを得ないな。フジの編成局員でなくったって、そう思うに違いない。
ちなみに、当方は、この映画を境に、宮崎シンパでなくなっている。それどころか、彼のいろいろな思想的な部分を知るにつれて、むしろアンチに転向したといってもいいくらいである。
→当方の変貌ぶりを知る記事も挙げている。こちら
この作品は、ぎりぎり老害的な薫りを漂わせない、しかし、言いたいことが何だったのかがわかりづらい作品であったといわざるを得ない。これで日本映画No.1なのである。

千尋の頑張りが制するか、それとも、タロ・ジロの感動が勝るのか…勝敗の行方が気になって仕方ないところである。
(蛇足:なんでも千と千尋はノーカット放送らしいのだが、今回は録画対象としなかった。もう見直すこともないだろうし、だらだらとした後半は見るのも苦痛である。)

大義のない人たちが言う「大義」にあきれる。

昨日の毎日放送のニュース番組『voice』のCATCH THE VOICEのコーナーには、あきれるを通り越して、脱力感しか感じられなかった。

西靖キャスターが、したり顔で「大義」ってあるんでしょうか?なんて語り掛けられても、当方としても困ってしまう。
ありもあり、大ありだからである。そもそも2015年10月の消費税率上げは、前政権に当たる野田内閣の決めたこと。景気動向が不味ければ、延期できるという条項も盛り込まれていた。それを行使するだけでもよかったはずなのだが、税金にかかわることだけに信を問うと言っていることだから、大義があるとか無いとか以前に、これが当然の結末である。

インタビューの中で傑出したばかさ加減を呈していたのは、「年末に選挙するなんて」という、すごい言いぐさ。前回の選挙のスケジュールを忘れてしまっている有権者にはあきれるし、そういった「馬鹿情報」をこれでもかと流して、今の与党ってロクなことしてくれないよね(600億もかけて選挙するなんて、という声も映像にしていた)、という印象操作したいのが見え見えの結果に頭を抱える始末である。(言っときますが、前回の選挙に至る過程は、野豚氏が党首討論の際に「解散する」とサプライズ発言したことがきっかけ。きっちりとした記者会見の場で表明したわけではない。そして、前回の衆議院選挙は、12/4公示・12/16投票である。)

これだから、マスコミはダメだ、といわれるのである。少なくとも正しい情報をあまねく世間に広めようとできないのである。確かにインタビューなので、間違った情報が流されることはあるだろう(インタビュアーの選択があまりにへぼすぎて、いい素材が集まらなかったのが最大の原因/たまに骨のある意見も聞かれたが、少数派だった)。しかし、それを市井の意見だ、これが民意だ、という風な報道をすることに疑義を抱かざるを得ない。例えば、年末選挙の件も、「前回もそうだったんですけど」的なフォローが入るとか、そもそも採用しないということだって考えられる。そういった、今の与党では気に入らないから少しでもネガティブな情報をねじ込んでやれ、としている風な編集態度が見え隠れするのである。

同業者の誤報問題は、どこの局も、社も大々的なキャンペーンを張っているように感じない(何しろ、同じ穴の狢、である。藪蛇なことまでするほど自虐的ではあるまい/産経ですらほぼ沙汰やみである)。政府・内閣の揚げ足を取ることばかりに汲々としているマスコミそのものに、報道するという大義があるのか、と問いたい。

さあ、百田氏バッシングの始まりかぁ?

いちおう簡単に(3枚ほどww)したためさせてもらった、「殉愛」関連の記事。
早くも当方の中で話題沸騰のようである。

と、思ったら…
見ている人は見てるんですねぇ。かなぁり『アンチ百田』と思われる方の、強烈なジャブが百田氏に入っている模様である。
こちらがその記事。ま、でもジャッジはこの筆者に上げたいと思いますね。

この方は搦め手、というよりどちらかというと本質に迫っている。つまり、未亡人の来歴に関する部分が記述として甘い(むしろ書かなさ過ぎであり、ネットに比べて、過去に対する取材が実際少なすぎるところも疑問だった)点を執拗にあげているところである。

「執拗に」というと、厭味ったらしく、というか、ネチネチと攻めているような風に聞こえるが、この本はそもそもが『ノンフィクション』という触れ込みで発売されている。もし、本当にここまで言われていることが本当だとするなら、この物語はすべて真実である、とエピローグで語った看板が根底から覆されてしまうほど重要な書き漏れ/取材不足であるといわざるを得ない。

もちろん、過去は過去、である。書かないことで、過去のしがらみに縛られている実の娘や、それほど仲がいいとはいえなかったマネージャー氏との関係を疎遠に書いたという部分も「過去のことだから」でつじつまを合わせようとしたのだろう。
しかし、「この物語はやしきさくらの物語である」とするならばどうだろうか?実際、主人公はイタリア帰りの女性であり、やしきたかじん氏の妻である。しかも直近の男性遍歴を含めた事実関係を百田氏は知っていたというのである。こうなってくると、本の内容(特に闘病生活にかかわる部分)が真実であったとしても、そんな簡単に異国のダーリンを捨てられる、尻軽女とみられても仕方ない。また、遺産目当て、と揶揄されてしかとした説明ができるのかどうかも疑わしくなってくる。

この記事の筆者の矛先が、週刊誌を含む大手マスコミに向かっているところも興味深い。確かにここまでノンフィクションといわれるものが、書かれていない真実を暴かれるといったことはこれまで記憶にない。ネットの情報から百田氏が白旗を上げている状態は、売れっ子作家の醜聞として格好のネタになりそうなものなのだが、動きがないというところも引っかかる。

それにもまして、私が一番に疑問を呈したいのは「あまりに慌てすぎな百田氏の行動」である。エピローグにかかれている未亡人氏の一言で半年で書き上げると決め、ほかの題材をほっぼり出して一冊の本にまとめている。実質ほかの本との並行作業だったろうと思うが、それでもここまでの内容にするのにかかった時間は半端ない。そこまでして、早く出したかった理由が、ほかにあるのではないか(例えば出版元の要請とか、未亡人サイドのたっての望みとか)・・・。一周忌に改めて、というのならわからないでもないが、このあまりに短期間に出てくるものとはとても思えないのである。

結果的に拙速だった部分がこうやって浮き彫りにされ。火消しに回らなければならなくなっている百田氏。出したもの勝ちであるとはいえ、こうも基本的な部分がぶれている女性だったとわかってしまうと、書評もやはり1ランクは下げざるを得ない。いったいどっちの「さくら」が本当なのか…。しっかりとした答えを私は待っている。
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