多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 いろいろと埋めてまいりますのでお楽しみに。

2015年07月

即席麺試食記(187) 定番化して!!!  日清どん兵衛 関西風きつねうどん 39周年特別限定品


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日清の傾向として、『○○周年』製品は確かに作るのだが、その祝うべきタイミングがなんとも変わっている。「39周年」なのだ。

もちろん、商品化の早かった、カップヌードルにおいても、同様の製品は出していた(2010年ころだったか…ちなみにニュースリリースはこちら)。とはいえ、こちらは内容は通常品と全く同じ(パッケージだけだったとは、驚き)。

どん兵衛/UFOの39周年が今年だったとは、思いもよらなかったが、金色に彩られた両製品を見て、華やかな気分にさせてくれるところはすごい。もっとも、こんな装飾にしてしまったおかげで、某国人に買われていったとか言う噂もちらほら…

実は、うどんということでまたしても東西の味付けの違いがあるのでは、と思いつつ、あえて西のお店で買わずに済ませて、いざ東のお店で買ってみたかったわけだが、よくよくパッケージを見ると、「関西風きつねうどん」…なぁんだ、どこで買っても単一な味にしているんじゃないかょ…

まあ、がっかりだったわけだが、問題は、お揚げを130%…3割増にしたという触れ込みがどこまでか、ということ。ここだけが実質評価のポイントということになってしまったのだが…

   いや、してやられましたOrz

こんなにふっくら、食べ応えのあるお揚げさんは今まで食べたことがない。下手な立ち喰いそば屋でもここまでのクオリティはなかなか出せない。仮に仕入れ値が同じだとすると、かなりの持ち出しにメーカー側がなっているのは明らか。いくら謝恩品だからって、ちょっと大盤振る舞いすぎやしませんか?! と言いたくなってしまう。
麺/スープにこじゃれた部分はもちろんなかったわけだが、このお揚げさんの存在価値だけで得点は急上昇する。
いかんせん、もう二度と食べられない特別仕様。価格が上がってでもいいから、このレベルのきつねうどんを出してほしい…久しぶりに日清製品で好印象の製品となった。

 購入店舗  ダイエー 三ツ境店
 麺  3.0/5   スープ  3.0/5   具材  3.8/5   総合評価  89点
参考:定番品(2013.9考課)
 麺  3.2/5   スープ  3.0/5    具 2.9/5     総合評価 85点

過去記事は面白きかな<その3> 「10の誤算」を検証する

「夏の自由研究」ではないが、こんな、ビッグなネタを前にして、書かずにはいられない小生がいたりする。
さて、前回では、座談会3ページ分を拾ってみたわけだが、まだまだ1/10も書ききれていない。最後にCEOとのインタビュー記事もあったりするので、ここはいちばん長くなってしまうのでは、と思ったりもしている。

とにかく、15年前。まだダイエーがこのForbesの表紙のごとく、やり方一つで食から立ち直ることも可能だったのではないか、と言える、最後のターニングポイントだったともいえるわけで、いわば、がけっぷちを取材していたこの雑誌の編集部には、敬意を表したいところである。

さて、当該誌56ページからは、「ダイエー 10の誤算を読む」と題して、10個もの「誤算」を上げながら、今後どうすべきかを論じている。
第一に上げた誤算は、経営組織であった(論者は、国友隆一氏/MJなどでもおなじみの論客)。が、冒頭から、いきなり結論、というか、ビビッとくる文言に雷を打たれてしまった。
 
  『唐突に聞こえるかもしれないが、これは中内功会長兼社長の経営方針を反映している。中内氏にとって経営とは闘争であり、共存共栄の考え方は薄い。メーカーや卸への対応にもこれは言える。社内においても実力者を育てたくない。ライバルは人生を共に歩む良き競争相手ではなく、叩くべき敵なのだ』(56ページ)。
※「功」の漢字は正しくは、力の部分が刀。以後の本名記載の際でも、同様な事例が発生するが、ご容赦いただきたい。

実は、CEO存命中に関わらず、組織改革・機構改革がこれほど頻繁に行われているということは意外と知られていない。例えば、ニュースリリース上で残っている、2009−2015年までで、「組織変更」という文字だけで引いてみると、09年2回/10年1回/12年1回/13年2回/14年2回/15年はなんと、1月と2月の2回も行われている。
それこそナショナルチェーン状態であった90年代や2000年代初頭には、もっともっといろいろなガラガラポンがあり、結果、CEOのまわりにイエスマンしか置かなくなるような、そんな人事になっていく。現在の会社は、確かにイオンの血がかなり入って、いい意味でのハイブリッド化が進んできていると思いたいが、実際に上役の人たちと付き合うなり話をすると、たまぁにずれたことを言う人もいた(横浜西口店(0239)勤務当時のY支配人とは、酒こそ酌み交わさなかったが、そこそこに話の分かる人ではあった/もちろん、今の上役すべてが「できない子」ではないと思いたいが、業績が芳しくないことを思うと、やはりレベルがここ10数年で落ちてしまったのか、と思わざるを得ない)。

非上場になったとはいえ、いまだに、数万人規模の従業員がいるダイエー。その大半が今やパートやアルバイトであり、正社員は、本社後方を含めて3割ほど。そしてそれを束ねる取締役は今やイオン系の人々…。
ダイエーが他社の軍門に下ることまで想定していなかったのは、この論者の「誤算」でもあるのだが、もちろん、そんな状況下でも救いがないわけではない。最後にこう締めくくっている。

 『エネルギーにあふれ、感受性が鋭い。刺激に対し素早く機敏に反応し、一体となって対応する。生きるとは何か(経営の意義)、どう生きるか(経営の手法)を常に問い、試行錯誤しながら自らを変え、世の中のしくみまで変えていこうとする。そういう組織の青春を取り戻すことこそダイエーにいま一番必要なことだろう。』(57ページ)

過去記事は面白きかな<その2> まずは「座談会」から。

Forbes 1999年3月号を”発掘”したときの当方の驚き様と言ったら、ない。
そもそも、2代目ロゴをここまで目の前で明らかに見とれるような雑誌を購入していたことすら忘れていたからである。
メインに据えたダイエーの特集以外でも、いちいち内容も香ばしかったりするのだが(特にメガバンクになる前の、一昔前の行名とかがそこかしこに出てくるのだから、苦笑と同時に時代を感じずにはいられない)、まだCEOがご存命の時期(とはいえ、晩年に突入していたわけだが)であり、しかも、このときはまだ産業再生機構入りなどがささやかれている、危機的状況でもなかった時代。つまり、このときに「たられば」とはいえ、かじ取りを間違わなければ、今のような、少なくとも自主性すら失われ、飼い殺し同然の立ち位置にまで没落することはなかったのではないか、と考えるのだ。

というわけで、52ページから81ページまでの実に30ページ分がダイエーの”再建”について書かれている。
とっぱしには、この当時にダイエーが抱えていたいろいろな問題点をあぶり出す、という目的で、経営評論家の澄田氏と、経営ジャーナリストの森氏、そして司会(雑誌の編集部)の3者による座談会で幕を開けているのだが…。
これがまた、「このときちょっとでも彼らの言うことを聞いていれば」と言っちゃってしまいたいほど、なかなかにいい正答率を出しているのである。
・『その変化に企業構造の抜本的な作り直しから取り組み始めた大手流通業もある』(澄田氏/以下S)
・『質的革新を伴わない単なる量の拡大は、買い手が評価してくれない限り、デメリットさえ生むんです。』(S)
・『ダイエーの店舗を回ると、アメリカの実例を含めて他店のいいところは様々取り入れているが、これが"売り"という決め手がないような気がします。』(森氏/以下M)
・『GMSのような総合店はもっと大胆にスクラップ&ビルドしていくべきでしょう。ダイエーの食品売り場以上は必要ないという議論にもなります。』(M)

もうね。15年後のダイエーがこの通りになっていることにこの人たちの先見の明、というか、これくらいは言い当てられるわ、といいたげな「未来予想図」を書かれてしまうほど、ダイエーの魅力がこの間にそがれてしまったところは疑いようがない。
特に、もし仮に、ということになるが、森氏が指摘していた通り、2000年初頭にでも「食品スーパーの雄を目指す」という風に方向転換していたとしたら、ライフや関西スーパー/マルエツ(まだ当時はグループ傘下だった)やカスミと言った、地方スーパーの台頭を許していなかったと思われ、少なくとも、イオン系が触手を伸ばしてくるにしても、もう少しやり方は穏便だったと思われる。

ダイエーにとっての大誤算は、「土地本位主義」がバブル崩壊によって成り立たなくなったこと。今でもその片鱗を今池(0127)店の広大な敷地に点在する駐車場に見ることができるのであるが、自前主義=所有にかなり執着していたところ がよもや晩年になってブレーキになるとは、本人も気が付かなかっただろう。
事業拡大に伴う旺盛な資金需要をすべて借入金で賄ったところにも深謀遠慮を感じられないところでもある。「頼まれるといやと言えない」性分から、幾多の案件を引き受けられたのも、「人間・中内功」に魅力があったからに他ならず、お金のことは二の次にしていったあたりに、彼の見えざる拡大への野心…ハイリスクハイリターン型の経営者な部分が浮き彫りにもなる。

99年当時は、こんな戯言でもダイエーは何とか立ち回っていた。だが、2000年代に入ると、急速に、それこそ浦島太郎が玉手箱を開けたかのように老化していってしまう。その挙句が産業再生機構入りのひともんちゃくである。

某国を引き合いに出して恐縮だが、過去は事実と真実でのみ構成されており、現在から振り返ることは可能でも、過去の時点で未来を作ることはできない。「未来志向」などという妄言こそ、歴史を直視していないという自己紹介である。当時のダイエーも、「何とかなるさ」と言った、楽観主義が蔓延していた可能性は否定できない。  
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