多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2016年10月

想い出の店舗訪問(4) 最後のレジ応援店舗 旧泉佐野店


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今回の「想い出の店舗訪問」は、意外な場所に出店しながら、早々に閉めてしまった店舗に関してである。

それは、泉南地区にあった、旧泉佐野店(0691→0715)である。そして、ここは現在までに『開店初日にほぼ一番乗りに近い形で突撃した』最後の店舗であり、そして、「レジ応援に他店より派遣された最後の店舗」でもある(開店初日に訪問ができたのは、旧金山店(0762)が最後)。

実は、ダイエーも、某A社が導入しているような、サーキット型のモール開発を進めていた時期がある。現存するダイエー資本で作られたモールには、マリナタウンがあるが(残念ながら、これもイオン九州に行ってしまいました)、この店コードはなんと0692。開設当時の泉佐野とは一番違いなのである。

オープンは、2000年の3月。当方が、レジ課員として、応援部隊に派遣されることは、今までに関西/関東で幾度もあったわけだが、当方のレジ応援で一種の”伝説”をつくった、桂南店(0661)の偉業がまだ忘れられない中での新店。血沸き、肉躍った感覚は今でも容易に思い起こせる。

駐車場は基本止め放題だったので、開門までは誘導路で待つ。確か、初日はオープンからのシフトではなかったので、オープンセレモニーを見に並ぶ。品物の購入も終え(このときは、いわゆる、店舗外観写真を含めて訪問記録としていなかったので、レシートだけ)、美味しいと知っていた讃岐うどんの名店がテナントとして入っているのを認めて、そこで昼食。そのあと、シフト通りに8時過ぎまで勤務したと記憶している(記録はあるのは知っているが、WIN98パソコンのHDDの中…今から発掘するのも骨なので気が向いたらupすることにする)。

同様の勤務体制をオープン日から3日間ほどやったと記憶。ところが、それほど大混雑するほどでもなかった。無理もない。この0691店ができた時点で、人口に対する商業施設の面積が多すぎる「オーバーストア」状態だったのだ。もちろん、競合他社も対抗した価格で応戦する。日根野にあるジャスコが目下の最大のライバルだったわけだが、湾岸道路沿い/大渋滞も引き起こすなど、買いにくくさが浮き彫りになって、フルラインから食品スーパーへの転換を余儀なくされる。

本当のことを言えば、「脱GMS」のモデルケースと言ってもいい店舗になるべきところだったはずである。新装なったGC泉佐野店の開店日は2006年3月11日。それから0715店に訪問したのは、和歌山店(0342)に立ち寄った帰りの2012年9月28日である。

当時の「ショッパーズモール泉佐野」の外観
泉佐野01

GC泉佐野店の入り口
泉佐野02

ダイエーがフルラインを止めても、モールの運営主体は変わっていなかった証拠がこちらの掲示物。
泉佐野03




 <想い出の店舗訪問 第四回>
 訪問店舗名  GC泉佐野店(0715)  訪問日  2012.9.28
 当日の訪問順位  2店舗目  

想い出の店舗訪問(3) 上弦の月との最後のお別れ 旧平塚店


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今回の「想い出の店舗訪問」からは、ブログリニューアル以前に訪れた店舗を数店舗紹介する。

ブログをリニューアルしたのは、タイトルにもしている通り、2013年1月。
趣味としての「ダイエー店舗訪問」は、これ以前から続けており、2000年代中期に一度中断したのちは、頻繁に遠隔地も含めて、店舗訪問を続けていた。

その際に見た、ダイエーのHP/神奈川県の店舗の中で、ひときわ違和感を披露していたのがこの平塚店(0559)である。
今でも、店舗情報欄には、塔屋を含めた店舗のサムネイル画像が置かれているのだが、平塚店だけは、なぜか2代目のコーポレイトロゴが塔屋を飾っていたのである。
おなじみ、マックロードさんの平塚店訪問記もご参照ください。

さて、当方がこの店舗を訪れるきっかけは、当初ダイビングの予定をして三島までのウィラーを予約していながら、残金の不安を感じてキャンセル。交通機関だけが宙に浮いたので、仕方なく乗車を決定したときに「店舗周りするか」となったという経緯がある。訪問日は2012.9.16。
当店の閉鎖日が2012年9月30日なので、見事に閉鎖日直前の訪問になったのである。予定とは全く違ったが、結果的に当店訪問がメインどころになったとは記憶している。利用したのが、「休日おでかけパス」だったので、JR沿線の店舗を立て続けに再訪問している(ちなみに残っている映像から、三島から平塚→東戸塚→横浜西口→フーディアム武蔵小杉→トポス北千住→草加→南越谷→大宮→赤羽、と回っている)。
そう。もう、あの「塔屋」と対面して、4年もたっているのである。現行ロゴに変わっていく時はそれほど寂寥感はなかったのだが、「ここだけ」となった時にそのレア感は半端なく、一度立ち去りながら、何度もシャッターを切っているという状況が撮影履歴からもうかがい知れる。

それでは、その雄姿をご覧頂こう。商店街からのワンショット
平塚01

ザ・塔屋。これが日本全国どこにでもあったことに驚かされる。
平塚02

平塚03

国道側からの一枚。
平塚04

トドメは入り口上の小ロゴ。
平塚05


 <想い出の店舗訪問 第三回>
 訪問店舗名  平塚店(0559)    訪問日  2012.9.16
 当日の訪問順位  1店舗目  

「土人」呼ばわりされる民度であることを自問自答すべし。

辺野古のみならず、今、一番熱い「内戦」の場所は、高江地区のヘリパッド建設現場であると聞く。
→記事を引くと出るわ出るわ。「保守速報」絡みだけでも、これだけ出てきます。

特に最近は、しばき隊のメンバーである某氏の暴行罪による逮捕や、左翼運動のリーダーでもあり、何度も警察にご厄介になっている山城某氏も有刺鉄線を切断化したかどで捕まるなど、サヨク側の”被害”が立て続けに起こり、防戦一方だった。
そして、日増しに強くなる抗議活動に機動隊員の我慢も限界。とうとうこんな発言をするに及んでしまった、というのである。
ここからは当該ニュース記事を参照のこと。ちなみに言われたのは、現地の人ではなく、芥川賞作家だというのだが…何してるんすかwwwwwwww

発言の是非はまず置いておく(後で言及します) 。抗議活動をするなとも言わないし、仕事でやっている機動隊員の方の口のきき方も問題がないとは言えない。
と・は・い・え・・・・
まず抗議の仕方は常軌を逸している。搬入車両の前に立ちはだかる、通行できないように車両をジグザグに止める、誰彼問わず検閲に等しい行為をする…こんな狂った集団を相手にして、精神が正常でいられる、というのだろうか?
そして、この作家氏である。先述したように「何やってるんすか」というのが率直な感想である。抗議に加担する=左翼面に落ちた ことを公言しなくてはならないほど、生活に窮しているのだろうか?(ご参考:参加費は当然上部団体から支給されます。手弁当ではせ参じたとなれば、なおの事そんなことしている場合か、と言いたくもなる/ちなみにペンネームで、本人は今帰仁村出身の見事なまでのうちなんちゅーでした)

とはいえ、「土人」はちと言いすぎである。それも吐いた相手が悪かった。まあ、この作家氏が芥川賞を取ったことなど、インテリでもない限り、知るはずもないし、「変わった苗字ですね」くらいの認識でしかないはずである。テレビにほぼ露出してもいないだけに、逆にいい宣伝効果になったのではないかと思う。
では土人呼ばわりされてしまった抗議側サイドの人たちは、自分の胸に聞いてみるといい。何度もいうように、抗議するなとは言わないし、それが土着の人でなくても、抗議する権利は当然ある。ただ、その抗議のやり方は、それこそ土人がするような、野蛮なものになってはいなかったのか、どうか…

粛々と無言の抗議をする。実は、この「物言わぬマイノリティ」のほうが気味が悪いのである。大声で叫ぶ/実力行使するなどには、意外と対処がしやすい。制圧する口実にもなるからである。要するに「土人」呼ばわりされるような、程度の低い抗議活動であると断罪されたのだ、と反省しなくてはならないのは抗議側である。

事を起こせばそれでいい。相手の失言待ちの卑怯ぶりをみるにつけ、サヨクの劣化ぶりは来るところまできた、と言わざるを得ない。
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