多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 いろいろと埋めてまいりますのでお楽しみに。

2017年01月

2017.1.31 住吉店惜別店舗訪問 12店舗目 GC住吉店(2) 

店舗外観写真は撮り切った。
もともと塔屋など必要のない仮設建築物なので、ぐるっと回ればそれで終了。とはいえ、これだけでこんな収穫があろうとは夢にも思わなかった。

いよいよ店内入店。
おっと、その前に!
こんなもの、記録に残さないでどうする?!
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個別にピックアップ。
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この写真のみ、各葉の詳細は押さえなかった。
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店舗内は、まだ従業員が大勢たむろしている時間帯でもあり、写真の撮りにくいこと。
それでも何とか棚のがら空き具合はいくらかは押さえることができた。
閉店一時間前の入り口からの一枚。
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写真ではよくわからないが、レジ前が日用雑貨品のワゴン、その後ろに衣料品が並んでいるのだが、これの食いつきが悪すぎる。せっかくの閉店セールなのにもったいない。
仮設の建物であることを示す天井の状況。配管むき出し、ケーブルラックもそのまま。
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何とか人のいない棚を探してパチリ。
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ついさっきまで商品のあったパン類の棚も気が付けばガラガラに。
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閉店名物、トレーも販売されている。とはいえ、青果担当のパックだけ。
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少し買ってはレジに並び、レシートを稼ぐ作戦。途上で、店をやっている母親相手の仕入れも行いつつ、時間をつぶす。
しかし、閉店40分を切る頃に、店内の混雑度合いが激しさを増していることに気が付く。レジはわずかに4台。並ぶことを考えて、少し早めに切り上げるつもりにしていたが、私の体感が「それでも並ぶぞ」と教える。
結果的に最終店舗閉店時刻である、18:30(予定より30分近く余分にかかった)より一時間近く早めの17:33のレシートが当方の最終購入となった。
そして、それ以後は、店外で待機。
当方最終レジ通過後の棚状況。
精肉コーナー。最後見切っていたのは、日持ちもする炭焼きの真空パックもの。
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日配/チルドデザートは見事に完売。
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デイリー系の棚も死滅寸前。
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私時点で10人弱/3分くらいかかった待機列だが、点数の増加とそれこそ籠数杯に及ぶ大量購入が災いし、いくら2人制でやっていても追いつくはずがない。
17:40時点で、このありさま。
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後はチラシとかを画像に収めて「その時」を待つ。
忘れちゃならない金看板w
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表示が1979年6月22日となっているが、このレベルでは大規模店舗とは言い難く、大店法が施行されてからの届け出とみられる。

待機列は結局閉店とされ、入店制限が行われてから、30分ほどまでかかってようやく解消。
その後、当方初の「閉店挨拶」を動画で収めることに成功する。ちなみに、意外と動画に収めていた人は少なく、6、7人という寂しさ。


かくして、長い一日は幕を閉じた。
跡地が何になるのか…私の予感だが、ここにダイエーが戻ってくることはほぼないであろう。そう考えつつ、後ろ髪をひかれながら店を後にする。

2017.1.31 住吉店惜別店舗訪問 12店舗目 GC住吉店(1)

ダイエーという企業が、一時期、全国に名をとどろかせ、また、一種の競争原理にとらわれつつも伸びてきた一つの原動力は、他社を圧倒するという物量/価格作戦でもあった。
○○戦争、という表現が用いられる、流通業者同士のせめぎ合いに、必ずと言っていいほど名前を出してくるのがダイエーであった。
そして、その端緒、と言ってもいいのが、ここ住吉駅界隈で繰り広げられた「住吉戦争」でもある。
当時は、住吉駅自体は神戸市内にありながら、ローカル色も甚だしい、もっさりとした雰囲気であり、今でこそ橋上駅舎でかっこいいが、昔ながら、という言葉がふさわしいたたずまいだった。

現在の店舗位置(駅ビル内のシーア)とは違い、当時は、灘神戸生協の本部兼店舗は、駅の北側に存在していた。
そして国道2号線を下ること2分余り。1967年に初代住吉店(0057)がオープン(4/27)。当時の生協の店舗規模の1.7倍の規模だったというのだが、私自身は、この当時の住吉戦争の概要はよくは知らない。→当事者のプロパガンダ臭漂う記事もあるにはあるが、実際、住み分けできていたことは間違いない。むしろ、円単位の攻防を繰り広げた赤羽戦争の方が流通史には残っているだろう。

1995年の阪神淡路大震災で建物が倒壊した住吉店。結局再建はしたものの、簡易なプレパブ的な構造物であり、再建を急いだ感がありありと見て取れる。しかし、95年内に再開できているというのだから、驚く。

黎明期を支え、少なからぬ貢献をしたこのお店も、結果的にその命脈を断たれることになったわけで、感慨深いものがある。

1/31当日は、16時20分過ぎに入店。2時間以上滞在することになったわけだが、その途上で様々な発見にただ驚く。
まずは向かいの道路から店舗全景。
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荷受場/受け渡し。
住吉_02

同所を違う角度から。
住吉_03


そして、恐らく、当方でないと気が付かない、あるものを見つけてしまったのだ…
それがこちら(いつもより大きく表示させていただいておりますww)。
住吉_04

そう。境界標識である。これがある、しかも2代目ロゴであるわけだが、もしかすると、1967年当時にも一代目ロゴで同様の標識を埋め込んでいたのではないか、と推察する。そしてこれがある、ということは、「この土地はダイエー所有のものである」ということがはっきりとわかる。
そして何とはなく、「今この時期に閉鎖しよう」と思い立った理由が見えてくる。土地価格の緩やかな上昇と、いつまでも仮設店舗でやっていても仕方ない、しかも県内有数の土地価格高額地区でもある場所なだけに高度利用した方が地権者としてもやっていけると判断したからではないか、と思うのだ。
土地は売ってしまえば終わりである。おそらく、売らずにマンション系に建て替えるのでは、と思ったりもしているのだが、仮に売り飛ばしても、それ相応の価格は手に入る。安普請でそれほど赤字でもなかったはずの店舗なので、土地は持ったままで建て替え、が濃厚である。
さあ。こんなものを見つけてしまったからたまらない。一周回るたびに見つかるわ見つかるわ。唯一2番が見つからなかったのだが、これは受け渡し近くの鉄板の下に存在しているのでは、と思っている。
意味ありげな石垣の存在。モニュメント的に残していると考える方が妥当かと思うのだが、どうしてここだけ石垣が残っているのか、謎である。
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店舗全景を収めた側から見て南側/スロープサイドから全景を押さえる。
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2017.1.31 住吉店惜別店舗訪問 11店舗目 六甲道店

兵庫県下のJR駅沿いの店舗というのは、意外に多く見受けられる。
今や最古参になったGC西明石(0113)から始まり、舞子(0294/ただし徒歩10分以上)、新長田(0713)、神戸三宮(0622)、六甲道(0255)、GC住吉(0634)、GC本山(0174)と、これだけある。
もっとも、最盛期には、垂水(0125)や姫路(0282/トポス姫路駅前…0038!!なんてのもあった)も存在していたわけだが、ことほど左様に、駅前立地を押さえられていた、当時の企業の勢いを感じずにはいられない。

さらに、駅とほぼ直結している店舗となると、当方の知っている限り、○○駅前と銘打っていない店舗の方が意外と多く感じる。市川(0289)も、道路一本はさんだところに店舗があるし、港南台(0310)も思いっきり駅のそば。曽根(0227)も、改札からは離れているが、10分ですべてが終えてしまうほど、移動に時間がかからない。
そしてこの六甲道店は、ほかのダイエーとは異なり、駅の改札を出ると、渡り廊下でつながっているところが入り口(2階に当たる)になっており、しかも、普通なら中層階に立地していないはずが、2/3階に店舗がある、極めて珍しい構造になっているのだ。

1階を地権者が牛耳っているとわかるビルの成り立ちが推し量れるわけだが、ここに来るのも久しぶり。「塔屋はない」と勘違いしていたが、わずか2フロアだけとはいえ、一応掲示されているので、南側に下って、塔屋を収める。
六甲道1701


ダイエー店に名称変更したときには、かごの色は濃い目のブラウンだったのを記憶していたが、多分、当店だけのための特別仕様は割に合わない、と判断してか、他店同様、濃いグレーのかごに変わっていた。
閉店間際の住吉にどこまで商品が残っているのか定かではなかったので、とりあえず、日用消耗品などをここで購入。珍しく1000円越えになったが、おかげで値引きクーポンをゲット。

 訪問店舗データ
 店舗名    六甲道店        店コード   0255
 購入品    シャンプーなど7点      購入金額   1,208円
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