多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 いろいろと埋めてまいりますのでお楽しみに。

2017年05月

考察「君の名は。」(10・終) 「こんな力」の凄さ

「なぜ、「君の名は。」はヒットしたのか?」「「君の名は。」を深掘る」・・・

当方は今まで、このアニメーション映画に関して、実に記事数にして80以上も上梓してきた。→現在下書きになっている、旧来の記事だけで20枚強。映画鑑賞記も毎回上梓してきているので、全体で言えば100越えは確実。

2016.10.1の初見の段階で、複数回視聴には確信はあったものの、二桁鑑賞は当然想定外。その過程で、書きたくてしょうがない、解析魂に火がついてしまった。
「あれはどうして」「これが気になる」…そのたびごとにスクリーンに座った7か月間だといっても過言ではない。

そして20回目を数え始めた段階で、当方は、とうとうこの作品の「本当の姿」を目の当たりにする。

    「忘れる」ことの尊さ

人間の記憶は本当にいい加減だ。
川村氏も小説の解説でこう書いている。
  「ひとは大切なことを忘れていく。けれども、そこに抗おうともがくことで生を獲得するのだ」(p.262)。
あの場面の二人。思い出せない/忘れたのではない。完全に消されてしまった記憶。「お前は誰だ」の言葉が持つ重さに押しつぶされそうになる。
私がどぎついリピーターになってしまったのも、このことが大きく起因しているのではないかと思う。「大事な人、忘れたくない人、忘れちゃだめな人」をついぞ作れなかった。名前と顔が一致するほどに思いを寄せた人も片手では足りないが、そのほとんどの残像は消えかかっている。
「会えば絶対、すぐに分かる」・・・。彼らの恋愛感情は、もはや名前を必要としないまでに昇華していたのだった。名前を知らなくても、二人の間の「ムスビ」は、「捻れて絡まって、時には戻って、またつながる」組紐のごときものだったのだ。

二人は、コンクリートジャングルをあてどもなくさまよう。1000万都市・東京で、二人は別々の駅に降り立ち、待ち合わせしたわけでもないのに、須賀神社の階段で出会う。「そんなやつおれへんやろぅ」と言いたくなるが、彼らにとって「再会する」という選択肢はそれがいかに無理筋であっても避けられないムスビそのものである。歌詞も言っているではないか(当方号泣中)。

 離したりしないよ 二度と離しはしないよ、やっとこの手が 君に追いついたんだよ

彼らの恋愛観は、正直すべてを映像に盛り込んではいない。わかりやすく表現せず、見る人に『忖度させる』ことで奥行きを感じさせる方向にした。これこそがこの作品が、多くの人々の共感を呼んだポイントだと思っている。何でもかんでもわかりやすく書くことは、通り一遍の評価/金太郎あめ的均一性しか生まない。人によって感涙ポイントがさまざまであるからこそ、観客が呼べたのである。

「映画にはまだ、こんな力があるんだと教えられました」。
この「こんな力」こそ、観た人すべてがこの作品に描かれていない彼らを想い、育て、応援し、彼らの動向が気になって仕方ない状況を作り出した力といえなくもない。実際、ここにそんな人が一人いるww
もうこの作品を越えうるような作品が出てくるとは到底思えない。仮に作られるとしても、それができるのは、新海氏ただ一人だと断言できる。
スクリーンではほぼ死滅状態。だが、「いつか消えてなくなる」のもムスビ。その日を粛々と迎えたい心境である。



2017.5.28 美しくもがく 26縄目@T・ジョイ京都

25縄目で、正直〆縄にしたかった。だが、もしかすると、どこぞの公開初週の夕方回なのに一桁だったあの作品を越えたらびっくりするかな、何て言う意地悪な気持ちが持ち上がる。そして、回答を見つける意図もあったので、レイトなのも気にせず、予約する。
果たせるかな、なんと、21人もの盛況ぶり。ソロ客が大半であり、確実に拗らせている人たちばかりで埋め尽くされていた。今回は、意外にも鑑賞層は幅広く、20代後半と思しき男性/カップル一組も。ただ男女比は、時間帯のせいもあって男性7女性3、と言ったところ。平均年齢は、40代前半とする。

とあるシーンを再確認する。その結果、回答が得られ、人目を気にせず、ガッツポーズを決める。仮説が正しいと証明されたときの爽快感は、何物にも替えがたい。
もうストーリーも、セリフすら手の内。今日は、やはりそうだったか!!という点が次々に浮き彫りになり、そこが感動を呼び起こしたりして、涙腺崩壊のタイミングが少しずれた感じもした。
そう。カタワレ時のあの出会いのシーン。瀧は、三葉には触れていないのである。少しだけ、手が上がろうとするが、それが急ブレーキでもかかったように止まる。「ああ、瀧くん、ここで抱きしめてくれていたら、逆に大ブーイングだったぞ、よくぞその手を止めてくれた」。
彼の恋愛に晩熟なところがものの見事に表現され、また、出会えたことを無邪気に喜ぶ三葉を見て、安堵の気持ちがそうさせたのかと思ったりもしている。

さて、26縄が完了した。
君縄ロスに対して「美しくもがく」当方。DVD/BDまで2カ月じゃないか、といわれるだろうが、実際スクリーンで見るのとは比べ物にならないしょぼさが想起される。だから、見られるうちに一回でも多くスクリーン体験をしておくことは「権利なんかじゃない 義務だと思うんだ」という心境になっているのは仕方ない部分だと思う。
公開から実に9カ月。当方がかかわってからでも7か月目に突入しているこの映画。「ついに時は来た」と思い続けてすでに一か月。

映画はスクリーンで見るものだ、と感じさせてくれただけで、十分である。




2017.5.23 もうひと踏ん張り 「夜明け告げるルーのうた」鑑賞記

またしても記録の現出である。
2017年5月は、この記事作成時点で、月間だけで4タイトル(乙女/君縄/メッセージ、そして本作)。いままでスクリーンから遠ざかりまくり、どんな話題作が出てきても見向きもしなかった数年前の私とは完全に変わってしまっている。16週連続で劇場入りという連続記録も継続中。次週に予定される6/1のサービスデーあたりで別タイトルを見ようと考えているので、17週連続もほぼ確実とみられる。

さて、アニメーション映画ということに限定すると今年だけで、4タイトル(君縄/モアナ/乙女、本作)。5タイトル目が「メアリ」か「花火」かが運命の分かれ道になりそうだが、まあ、今までの状況ならすでにお腹いっぱい状態なのだが…やはり「君縄」効果は絶大。劇場で見て感動できる作品ならその金額は決して高くはないと教えていただいたからである。

そう思って、公開まなしの本作をターゲットにする。すでに前作「夜は短し歩けよ乙女」は、点数に逡巡しながらもなかなかの高得点で鑑賞を終えた。しかも今回は、ご本人原作。それならば、と期待度はかなり上がってのスクリーンとの対峙となった。
ところが・・・
西宮OS/16:30の回はびっくりするくらいの閑散ぶり。当方の鑑賞記で一けたは、実写版パトレイバー以来。6人/男女比ハーフ/30代後半と単純に描かざるを得ない観客データでため息が出る。
もはや当方のベンチマークになっている「君縄」なら、こんな133席程度の場所など、公開初週で満席にするのなどいともたやすいこと。それが6人…まあ、平日のレベルだから仕方ない部分がありこそすれ、この閑散ぶりに少しだけ外れの予感がよぎる。

ストーリーは、中学生時代のまさしく中二病を拗らせようとしている、バンドしたくて仕方ない二人。そこに、実は音楽センスもある主人公がからむ形でスタートする。陰鬱で、自己主張もない主人公に、転機が訪れるのは、音楽をスピーカーで流しているさなか、突如現れた人魚の子供・ルーだった。
音楽を聞くと2足歩行できる/意思疎通も簡単ながらできる/水の塊を自由自在に操れるなどファンタジック要素満載。人間と触れ合うことに興味津々な彼女。バンドともかかわっていく。
周知されていくにしたがって、人魚は厄災の代名詞のように扱われる。そもそも人魚に襲われて死んだとされる関係者の発言がそれを裏付けて行く。そしてルーは、最後囚われの身になってしまう。
それを知る父親。まあ普通あれだけの体躯/日向を極端に嫌うなど人魚的な部分が見え隠れするのに、誰も疑義を唱えないところに違和感は感じるが、死を覚悟しながら、彼はルー救出に向かう。このあたりの表現は、もっともっとリアルでもよかったのにと思う。
そこからは、クライマックスに向けて、一気の伏線回収。立て続けに「あの事象の結末は」「本当は○○」「傘も実は重大なアイテム」などということを畳みかける。むしろ、あまりに流れ込み過ぎて、処理しきれない人もいたのではないかと思う。
ラストシーン。ルーに好きだといえる主人公。だがその告白も、彼女が消えたかのように描かれることで若干消化不良に映る。だが、今まで町を覆うようにそびえていた岩の消滅で、町は新たなステージに立とうとしていた。

さて得点だ。実は前作「夜は短し…」の方が、ノンストップぶりがよく、むしろ我々に考えさせずに突っ走ったあたりが心地よかったわけだが、どうしても「実際の人間世界」がファンタジーの中に絡んでしまうと興ざめする。とくに水産会社の祖父/父親の人魚に関する対立ぶりは、滑稽を通り越して、憎悪すら感じさせてしまった。そうなると、やはり基本善人/全部コミカルな演出で済んでいた前作とは全体的な評価を下げざるを得ない。というわけで、当方は、80点とする。

確かに感動するところはあった。「ああ、そうもってくるかぁ・・・」緩みやすくなっている涙腺がまた刺激された。だからもう少し配点があってもいいかもしれない。だが、全体像であり、第一印象である作画・キャラデザのレベルの低さに唖然とする。序盤、キャラも決まっていないからだろうか、作画崩壊一歩手前の稚拙な描き分けに「あ、これ、アカン奴や」となりかかった。序盤からこれではどうにも高得点になりようがない。要するに、ここまでの高得点は、最後半の演出だけの得点と言い切ってもいいくらいである。
「メッセージ」と同じ得点。「片隅」より下になってしまったのは、ひとえに芸術性の欠如にある。もうちょっと、絵にお金をかけてほしかったし、そこにもしっかり手を入れていれば、もう少しはよかったのにと思う。もちろん、ミュージカルを思わせる、祭り/ラストシーンの一同ダンスのシーンなどは、大昔のアメリカナイズされたアニメをほうふつとさせ、なかなかに面白い演出。コミュニティバスのありえないドリフトシーンなども「マジかよ」と思わせるのに十分。光る一手がないわけではない。
湯浅監督は、世界観を生かして撮る監督さんのようだ。これはオリジナルであるがゆえに、「どこを大事にすべきか」がわかりにくくなってしまったのではないか、と思うのだ。前作が、敢えて独立した3つのストーリーを連結させたことで奥行きが生まれたことなどは、監督の読みこむ能力が発揮された一因とみる。
ヤフーのレビューも、少ないながら、あまりほめる文言は少ない。曰く、「ポニョ?」の声が多数wwwまあ、これは想定内。「とっ散らかった」「ぶつ切り」という声も。ストーリーが一か所に留まれないのはこの場合仕方ないかと。

まあ人魚ランドとか、脇筋に時間を割くくらいなら、もう少し、ルーと主人公との心温まる交流などがあったらよかったのに、と思う。材料過多にした代償は大きかった。


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