多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 いろいろと埋めてまいりますのでお楽しみに。

2017年08月

2017.8.16 ダイエー全国制覇再挑戦 (1)早くも達成 瀬田店

お盆期間。普通にまったりとした休日。
本当なら、8/12に行きたかった新店である瀬田店(0854)に突撃を計画する。

青春18きっぷで、とも考えたが、ここは3600円なりを使って、「夏の関西ワンデイパス」を利用する。本来であれば、いろいろと付帯観光も可能なチケットなのだが、ほとんどの方はそれを利用していないとみる。プラス価格で利用できるようにするほうがいいと思うのだが…

三宮で朝食にあり付いてから、出かける。
しかし、新快速の威力たるや絶大である。130繊hの巡航速度のなせる業。三ノ宮-大阪23分、大阪-京都は30分。2時間はかかるかと思っていたが、なんと1時間20分もかからないのだ。これには正直驚いた。
まだお盆の雰囲気の漂う車内は、出かける人もまばらで空いているようにも感じた。そんなわけで京都までは新快速、新快速の止まらない瀬田には高槻まで快速運転する快速崩れの各駅停車に乗り換えて向かう。

瀬田駅を背に南方向に下ること5分余り。あっという間に店舗に到着である。
実は、旧瀬田店(4854→0840)には未訪問のまま閉鎖/建て替えをしていた。本当に初見だったわけだが、昔のヒカリヤ本社も入っていたという旧店舗も観ておきたかったところである。
瀬田店01

瀬田店02

瀬田店03
瀬田店04


広大な敷地に平屋の店舗…拍子抜け、という表現がぴったりである。まあ、ダイエーがGMSを作らないと公言していることもあり、多層階にする理由は見当たらないが、往年の新店とは趣も何もかも違っている。
外観を取り終えて店内に。しかし、そこで目にしたのは、ダイエーのちょっとしたチャレンジである。
今や外食系はすべて手放しているはずのダイエーが、なんとまたしてもステーキ系のレストラン業態を店内イートインで展開しようとしているのだった。
瀬田店05

もちろん、そこに内包されているのは「肉のダイエー」という一定の自信と、それを店内で召し上がっていただける体制を整えるということにある。あわよくば、以前のフォルクス/ビッグボーイ的な多店舗展開もしたいという意欲の表れだろうか、かなり前のめりな価格設定にもそれは現れている。
単に販売だけに固執するまでもない。飲食にしたところで、コーヒー100円(税込)でも利益がでるからこそ、拡販に動いているわけであり、それに付帯する焼き立てパンのラインアップの充実も、納得できるところである。

ダイエーの良さが出てきている。これはいい傾向である。
レシート時刻は11:37。かくして、一応の全国制覇達成を維持することに成功する。


【店舗訪問データ】
 店舗名  瀬田店(建て替えによる再出店)      店コード   0854
 購入品  店内焼成パン3点ほか計6点         購入金額   697円

2017.8.18 完全〆縄宣言 35縄目@塚口サンサン劇場

本当は、2017.8.16に回っている店舗訪問の記事が山積みなのだが、こちらを先に仕上げて、確実に完了させたいと思う。

私のアニメーション映画鑑賞は、10代後半に、自身のお金で行くようになってから、で計算しても、30タイトルはくだらない。「うる星やつら」全タイトル/銀河鉄道999全タイトル/ジブリ系はラピュタから千と千尋まで(ナウシカは、リバイバルでスクリーンでも見た。千と千尋以降は全く触らず)、単発もの・ディズニー系も幅広く抑えてきたつもりである。
しかし、いずれも一度見てそれっきり。いや、映画なんて何度も見るもんじゃない、とまで自身で規定していたかのようである。
ところが、全ての概念/掟/感情を打ち砕く作品が現れた。それが「君の名は。」だった。
2016.10.1の初見でその世界観に引き込まれ、疑問を解決すべく、生涯初めて複数回鑑賞。だが、それでも疑問は、解き明かしたい謎は深まるばかり。2017年に入り、ようやく「そうだったのか」が少しずつ明らかになり、三葉の処遇や根幹部分をえぐりだせたのは3月に入ったころ。2月は毎週のごとく劇場に向かい見ていたのが記録に残っている。

大規模公開が終わり、円盤発売までの端境期に上映していたシネピピアの存在で、君縄ロスを発症せずに済み、7月は他のタイトルも含めて10回スクリーンに対峙する記録も打ち立てる。
そして迎えた8月。
塚口サンサン劇場の一週間限定上映は、僥倖以外の何物でもなかった。そして何といっても、これが終わると、「劇場」と名のつくところで見ることは国内ではほぼ不可能となる(8/25まで延長しているところこそあるが、それで完全終了)。

大規模公開当時の関西最終といえる、T・ジョイ京都の最終回には参加しなかった。終電に近いこと/経費もばかにならないことが足を遠のかせたわけだが、今回は逆に「最終回に行ってこそ、完全に〆られる」との思いの方が強かった。

かくして最終回に臨む。劇場・塚口には早くも4時半には到着。さっそくラスト回を買い求め、その時点で42人(私が43番目)買っていることを確認。雄大な時間つぶしも、「そこにダイエーがある」おかげでそれほど困らず時間を使える。
7時過ぎに劇場待合室に。実は、ここは、いわゆる「ロビー」というものが存在しない。チケット販売場所の隣がいきなりもぎり場/コンセッション発売場所であり、実にせまっくるしい。待合は地下に別であり、そこで少しだけ座って時間つぶし。
7:30には、劇場前(歩道)に。販売状況は遠目からでも確認できるので実にありがたい。同時期に上映のもう一本は「鋼鉄ジーグ」だったりするが、これも意外に買っている(20人弱程度だが)。7:50頃にちょっと覗くと86名という表示。それからでも次々買われていったので当方試算は100人弱とする。

観客の中身は「ものの見事に」おっさんだらけ。当方はいつものように上着/ネクタイ着用の正装で臨むわけだが、会社帰りと思しき軽装のサラリーマン風の人も多い。とはいえ、何度も書いているが、全世代に訴求し、激しいリピーターを生んだからこその1900万人超/250億円だったのだ。もちろん、初見と思しき人はおらず、最低でも数回はスクリーンに対峙した人がほとんどではなかろうか。
夫婦/カップルも散見。金曜日のラスト回で安く見られるところもあるのだろう。20代前半の、いわゆる本来の主観客層の人もいるにはいたが、比率は低め。平均年齢は40歳前後、男女比は2:1で男性優位とする。

「私は、いや、日本国民は、とんでもない映画に巡り合ったのかもしれない」。

この感想を言い続けて8カ月。結果的に邦画2位という記録を打ちたてたわけだが、遠征組も何人か認められる中で、この作品のもっているポテンシャルの高さは、今までのどんな映画をも凌駕するものを持っている。それは何か…作劇的には大団円であること、演出的にはベタでありつつも感動できたこと、劇伴の能力の高さ/歌詞のもつ凄み、演者の鬼気迫る演技…ほぼすべてが高い位置でシンクロし、響き合う・・・「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、又繋がり…」まるで組紐のごとく、作品が出来上がっていることに気づかされ、又感動するのである。
伏線だらけだったわけだがすべてが回収されている。特に「夢灯籠」からの「なんでもないや」につながる、恐ろしいまでの歌詞による伏線効果。これに気が付き、大感動できる素地が出来上がってしまった。もう、ここまでの作品は、簡単に作られないだろう。

比較的、感情の発露の少なめだったラスト回。「拍手はありやなしや」と思いきや、パチ…パチで尻すぼみ。苦笑しながら帰路を急ぐことにした。

2017.8.13 圧倒的な質感 「言の葉の庭」鑑賞記

大ヒットしてしまった、と言ってしまってもいい「君の名は。」。それまでの新海誠ワークスからすれば、「よくて30億、まあ15億いったら御の字」という、配給側の目論見もあながち控えめに受け取れるわけだし、「そんないきなり大ヒットなんかできるはずがない」と思っていても不思議はない。

それは、アニメーションウォッチャーとしての当方の目から見ても同様の想いしかない。確かに「きれいな映像」は見せるが、作劇や言いたいことの表現というものに若さ/不十分さを感じ取るのである。
それにもまして、彼は「好きになったものどおしが結ばれない/鬱エンドこそが至高」とさえ思っているかのようなまとめ方をする。世に言う「新海節」である。だから、これまでの新海シンパが「君の名は。」を見ると、「おいおい、ラストが全く違うじゃねーか」と拒絶反応を示す人も出てきてしまうのだった。

「君の名は。」に至る彼の軌跡を語る上で、避けて通れないのは「秒速5センチメートル」と「言の葉の庭」である。特に直前作である後者は、彼がメジャーデビューに至るステップとしての位置づけでもあり、仮に短編/1時間弱とはいっても、これがどう影響しているのかは現物を見ないと評価できないと思っていた。

34縄目の直後にこの作品を見る。すでに言われているように、この作品、大規模公開をしなかったこと/短編でブロックバスターにはなりえなかったこともあり、なんとわずか1.5億の興行収入しか挙げられていない(データはwikiより)。
それはどこに原因があったのか…スクリーンに対峙してみる。

そこで展開されていたのは…
まさしく開始1秒マジック。
彗星の落下シーンを「あーきれいだなぁー(棒)」とみていた「君の名は。」の、さらに上を行く、「え、これって実写取り込んだの?!!」と錯覚するような、美麗すぎる雨のシーンで幕開ける。
舞台は新宿御苑のあずまや。タカオとユキノの、人知れぬ密会が、「雨の日」には展開されていく。6月のつゆから、それが明けるまでの逢瀬。そしてタカオは9月に入って驚愕の事実を知ってしまう。ユキノが自分の高校に勤務する教師であり、しかも生徒のいじめで退職を余儀なくされる展開を知ったのだった。決して褒められない、タカオの"対決"は、結果的に無意味に終わる。
まるで二人の未来を暗示するかのような、嵐の描写はかなりぞくぞくする。こういうことをやってのけるのか…そして、ユキノの家での告白、破たん、別れ。タカオのあまりに大人びている考えと、ユキノの、それこそ15歳から何にも成長していないかのような姿勢には疑問符がつく。それでも、罵倒され、本心を見抜かれたユキノは、しがみつくようにタカオに抱き付く。バックには、秦基博の「Rain」が流れている。ということは…

実質46分。1時間ドラマとしてみる分には、実際、芝居の部分はそれほど大きく感情を揺さぶられるところにまでは至らない。それはひとえに、大人と子供/教師と生徒という部分もあると考えている。ラストシーン手前でも、ユキノがタカオを好きになっていたのかどうかはわかりづらい。それも、制服を見て、同じ高校だな、ということは感じられるはずなのに、そういうことを隠してしまっているあたりにユキノの闇を感じずにはいられない。

そう。作劇的には、詰め込み過ぎているわけである。いや、あるいは書かなさ過ぎている、といった方がいいか。もっと正確に言うと、尺が短すぎて、独白に頼ったり、書き切ることができなかったりしたせいかな、と思ったりもする。根幹としての部分はあまり評価できない。だが・・・
その失点を補って余りある映像美は、それこそ、椅子から立ち上がりそうになるくらいの美麗さで迫ってくる。雨が当たる路面、跳ね返る水滴、風雨を伴った嵐のシーン。ラストに当たるマンション踊り場での背景描写は、彼らの演技ほったらかしでそっちに目を奪われてしまいそうになる。

とにかく、あまりに風景が、描写が写実的で、美麗すぎる。もちろん、予算がないから、バンク(要するに使いまわし)しまくっていることは一目で分かってしまう。尺が短くてこれをやらざるを得ないほどの予算のなさを浮き彫りにする。しかし、ワンシーンに魂を込めるかのような筆致に度肝を抜かれる。そればかりに気が向いてしまうのは、いかんともしがたい。

「君の名は。」は、正直「言の葉の庭」ほどの透明感で迫ったわけではない。もし言の葉レベルで迫っていたとしたら、もっと観客が呼べていたかもしれない。だが、その一方で、「そこまできれいにすべきか」という声も出て来る。予算が潤沢ではない当初の計画から、言の葉レベル=金がかかる ことを容認できるとは思っていないからである。IMAX版の完成、すなわち「金をかけてもいい」となった時の、この作品の美麗ぶりは、「言の葉」レベルに達する直前にまで高められた。

映像表現にしかとりえを見出せない。それはそれで困ったものである。面白い、感動できる・・・何かあまりにも足りなさ過ぎて、満足には至らない。映像だけなら98点だが、総合だと75点くらいと言ったところか。
livedoor 天気
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Amazonライブリンク
  • ライブドアブログ