多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2018年05月

2018.5.20 呼べていることに感動 43縄目@パルシネマしんこうえん

5月19日の「きみの声をとどけたい」のオフ会は、実に15名余りが参加する、恐ろしく濃い内容となった。
そして当方は、強行軍を取る。当日発の夜行バスで神戸に戻り、その足で勤務。そしてその日のパルシネマでの2回上映を押さえるという本当に隙のない、いや、詰め込みすぎだろ、と言われかねないスケジュールにした。

さすがに夜行バス2連チャンは眠気を誘って仕方ない。まあ、これもまた一興ということで何とか業務終了。その足で地下鉄に飛び乗り、三日前と同じ場所に降り立つ。
今回は、遠路はるばるお越しのフォロワー氏もいる、しかも一面識ある方なので話が早い。ギリギリだったこともあって当方は最後列で万全の体制を取る。
かなりカウント等が難しい館内状況だったが、初日に比べてがぜん多い40名余りの着席を確認。カップルも散見される中で、やはり「ここにきて劇場で見てみるか」という層を拾っているのではないか、とさえ感じる鑑賞回になった。

その証拠が雑音の発生のタイミングである。訓練されているものからすれば、カタワレ時あたりでガザゴソ不規則なビニールの擦れる音を出すことなど考えもつかないからである。時間配分的にもクライマックス直前だというのにこの場を読まない行動。これこそ、初見ならではと感じ取れるのだ(今までの鑑賞会では感じ取れなかった予期せぬ行動。今回が初めての体験だったわけだが、そうなることもありえると言ったところか)。

しかし、当方は、その妨害をものともしない。前回ではそこまでの感情の吐露がなかったわけだが、今回はきっちりとカタワレ時の二人の邂逅からジンワリと来てくれた。まさに5次元の2013年10月4日に出会う二人。これがあるから「そういう気持ちに憑りつかれたのは、多分、あの日から」というこのせりふ=どういう経緯であれ、あっていないと始まらない/組紐を渡すタイミングではない が生きてくるのである。

ペンが落ち、瀧の独白、そして私の独演会も始まる。前回のすんなり流れたのが嘘のようになく、泣く、哭く。「お前は、誰だ」でまたしても自我崩壊。何度でも書くが、このシーンは反則である。
「離したりしないよ 二度と離しはしないよ やっとこの手が君に追いついたんだよ」
二人の行く末、そして逢って終わらせることができることへの賛歌。三葉の最後の笑顔もまた同じく反則である。

確かにいろいろある鑑賞回だったが、「これもムスビ」(老婆 談)と考えれば、腹も立たない。スクリーンで見る感動は何物にも代えがたい。前列で陣取っていたフォロワー氏2名を従え、夕暮れ時の湊川商店街界隈を散策する。

2018.5.17 遂に一つの到達点 42縄目@パルシネマしんこうえん

同一劇場での3連続鑑賞。
いままでの小生からするとこのこと自体が特殊な事柄である。
しかも、本来なら一本ずつの料金がいるところが、ここ・パルシネマしんこうえんなら、1200円でぶっちゃけ全興行が堪能できてしまうというのだから恐ろしい。
しかも、だ。普通なら2本立てであってもどっちかしか見ようとしないのが通例であり、その方が劇場サイドとしても儲かるはずなのだが、ここは「もう一本もぜひご覧ください」というプレゼンのチラシまで扉に貼ってあるという、あくなきまでの映画愛に満ちている。

まさに地元・徒歩圏内にあるといっても過言ではないこの劇場のここまでの営業ぶりに感服する。一気にファンに、とまではいかないものの、何を上映するかのチェックは怠るべきでない一館がまたしても浮上したことは間違いない。

上映最終回の君の名は。に対峙する。さすがに終了が10時前、ということもあり、6名のみ。女性も一人いたが、これまたおばちゃんで、結局年齢層は50代前半は揺るぎがない。

勇躍スクリーンに対峙するわけだが、今回ほど、感情の発露が抑えられた上映会は初めてだった。自転車に乗り山を登る、組紐の受け渡し、なんと、カタワレ時の二人の邂逅ですら、おおっとは思ったが、泣きにまで至ることはなかった。
セーフのジェスチャーすら自然に出てきてしまう。確かに、すでにストーリーはおろか、セリフすら完全に手の内。とは言うものの、最後の難関で泣かずにいられるはずが…

ペンが落ちる。だが、ここでもなんとか耐える。「おおおっ」再びセーフのジェスチャー。これは始めて泣かずに鑑賞ができるのか…



「お前は、誰だ」
まさにラスボス。この攻撃にはついに堪えていたものが一気に噴出してしまい、むしろ変な嗚咽すら出してしまっていたのではないかと心配してしまうほどの感情の発露があった。ここから落ち着くまでにしばらく時間を要してしまう。

こうなってくると、三葉の手のひらが開くあたりでももう駄目。あとはまさに流されるままに鑑賞を終える。
「泣いたりしたその後の空は やけに透き通っていたりしたんだ」
「なんでもないや」が流れる。また見てしまった、感動してしまった。もはやこの作品を越えうる青春ラブストーリーアニメーションは輩出しないんじゃないか、とさえ思う。新海氏もすごかったが、やはり奇跡のようなスタッフたちの高め合いがここまでの作品に仕上げたのだと改めて思う。

鑑賞が終わり、あらぬところが開いている。見ると、メインの入り口はシャッターが下ろされ、待合にあった2枚扉が開いているではないか。ここから出ろ、ということらしかった。いやあ。最後の最後まで面白い鑑賞記になったものである。

2018.5.17 サスペンスじゃん! ゴッホ 最後の手紙 鑑賞記

油絵のような原画をアニメーションさせる。やってやれないことはないだろうが、それをやろうと思った時に、考え得る障壁や障害はいくらでも出てくる。
そもそも「ゴッホの描いた絵」のようなタッチが原則であり、単にトレースすればいいとか、パーツだけ動かせばいい、という話ではない。一コマごとに色彩を変えたりしているその手間暇さ加減に、あっけに取られてしまう。

なので、ファーストラン当時で見ておきたかった作品ではあったのだが、綺麗に流れてしまった。「君の名は。」の併映とはいえ、私にとって初見を対象に選んでくれたことはなかなかできることではない。

君縄からの連チャンで見る人は意外に少なく感じられ、結局10人程度が対峙するにとどまった。意外にも女性が4人とかなり女性の比率が高い。「そういう作品なのかなぁ…」と思った。

郵便局長が、届かなくなったゴッホの手紙を相手に届けるように、息子に頼むところからストーリーはスタートする。息子はすぐさま届け先に向かうのだが、弟である相手は死去してしまっていた。そこから、彼は、ゴッホの死に至る最後の数日間を検証する旅を始めるのだった。

絵柄もさることながら、再現フィルムの主人公たちにも抑え気味とはいえ、同じようなエフェクトをかけてくるものだから、始終同じトーンで見せられてしまい、非常に目が疲れる。ゴッホは自殺なのか、他殺なのか?それとも事故だったのか…登場人物たちの、腹の底を見せない演技・言動についつい引き込まれていく。
友人だったはずの医師が何の措置もとらないと証言する宿屋の娘、口論もしていたという家政婦。そういった状況証拠が医師に疑惑の目を向けさせる。

結果として、その医師がすべてを打ち明けることで、疑惑は消え失せ、彼は彼なりに弟に気を使っていたのだと知らされる。

手紙は届けられ、そしてその返信も受け取る郵便局長とその息子。一つの「結論」はわかったつもりだが、やはり、演出手法が重すぎる。もちろん、世界初の手法ということもあり、それ自体を貶めるつもりはない。ゴッホの最後の何日間を描くのだから、油絵でやろうか、となるのはわからないではないが、実写の取り込みにそういった演出を取り入れるという時間のかかる手法に気が行ってしまい、肝心のストーリーには没入しにくかった。

別に駄作ではないが、この作品を何度も何度も見ようとは思わない。人物に関しても、そのエフェクトが、正確な演技を邪魔してしまう。特殊効果は映像美という観点から見ても、逆効果だったともいえる。
ゴッホの晩年、特にこの死に至る数日間は謎に包まれている部分が多いようだ。それを油絵で描き、ゴッホが描いたかのように見せる手法は高く買いたい。82点としておく。
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