多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2018年06月

2018.6.11 羊と鋼の森 鑑賞記 ※読んだら観に行くことww

予告編で「良作臭」を感じ取れた作品を見た時の当方の打率はかなり高いと思っている。「キミスイ」などは浜辺嬢の熱演をあの短い予告編で感じ取れたし、「さよ朝」も、音楽面や岡田氏と言うスタッフ側面がありこそすれ、そこまでの感動作とは、というのが実際である。

そして、5月中旬ころに、一度だけ「羊と鋼の森」の予告編を見る。山賢人に上白石姉妹、三浦友和に鈴木亮平と、そこそこにビッグネームが名を連ねる。ピアノの調律師の話で原作は「本屋大賞」をとっている。「君の名は。」三葉役の上白石萌音嬢が実体で動く初めてのスクリーンでの拝見。そして何よりも、ピアノ関連にあの盲目のピアニスト・辻井伸行氏が関わり、エンディングは久石譲氏(音楽そのものは別人がクレジットされていた)。音楽映画になることは必至だったので、これは、という思いを強くする。

幼少期の思い出話になるのだが、当方の実家には、生まれた時からアップライトピアノが、姉が芸大で音楽を専攻するようになるころには分不相応ながらグランドピアノが一室に鎮座していた。当然、使う使わないにかかわらず調律という作業は必要になってくる。彼らの仕事が正確無比であったかどうかなどは今からでは振り返ることもままならないのだが、そういうわけで、調律師とピアノに青春をささげる姉妹の話は、私にもすんなりと受け入れられる素地があった。

暗い高校生活を終わらせようとした外村の元に現れる、ピアノ調律師の板鳥。彼の仕事ぶりに引かれていく外村。それを仕事にしようと板鳥の経営する楽器店に弟子入り同然で就職する。
彼のトレーナー役になったのは柳という先輩調律師。某大河では南の地で孤軍奮闘頑張っている鈴木亮平だが、この作品自体が北海道・旭川周辺が舞台。もちろん、クランクアップ後に大河に入っているだろうなので、あのような恰幅の良さはこの作品では披露していない。
いくつかの得意先に柳と同行して技や技術を会得していく外村。そんな彼らが訪れたのが佐倉家。ピアノ大好きの姉妹がいる御宅だった。けして美人ではない上白石姉妹だが、ピアノの前に座ると豹変するから面白い。役者であると思い知らされるシーンである。
独り立ちを勧められ最初に訪れた御宅は、引きこもりの男性がいる家。だが、この作品の最大の鑑賞ポイントを持ってくる。
そう。外村が言う営業セリフ以外、何も言葉が紡がれないのだ。あるのは、調律の終わったピアノを弾く男性の生き生きとした表情だけ。ピアノの間から出てきた、その男性の幼少期のトロフィーを持った写真で「そこそこの腕の持ち主」だとわかり、それでも14年間ピアノに触っていないことを調律記録から探り、影をまといほこりまみれだったアップライトを光り輝く仕上げで男性を迎え入れるシーン。まさに映像表現だけでこの間の男性の今まで(両親がどうして亡くなったのかの言及はないが)を想起させて見せたのである。
子ども時代の男性がピアノを弾くシーン。私は思わずスクリーンを指さす。こんな演出を持ってこられたら、私はどうすればいいのか…グジョグジョではないものの、あまりの出来事にじわわっと出てくる涙を止めることができなかった。そしてその瞬間、外村はこの仕事の重要性を悟ったのだと思った。
あらすじばかり書くと鑑賞の妨げになるのでここらで止めておくが、まずこの中盤のシーンは一つの山であり、感動もできるシーンであるとだけ言っておく。

それから佐倉姉妹の異変や、それに伴う自信喪失、祖母の死、職場への復帰や柳の結婚など、外村を取り巻く環境が矢継ぎ早に変わっていく。
最後は二次会パーティーのピアノはどうあるべきか、を外村が自分で答えを見つけ出し、「一人前」になれたと周囲らに納得させ、コンサートチューナーを目指すと言うところで終幕となる。

先に得点を発表する。見事100点である。
正直言って、途中に貼られた伏線が回収される最終盤。それだけでもうお腹いっぱい。「リズ」「さよ朝」などと同様に、ピアノのソロだけで感動のあまり泣いてしまうほどの出来だった。
何より、セリフの無い芝居の多いこと。ドイツ人のコンサートチューナーを終える板鳥の元に現れる外村。辞めるといって飛び出した際においていったハンドルを板鳥からつき出され、それを受け取る。去り際の板鳥も、ハンドルを抱える外村も、一切言葉を発しない。このシークエンス自体がほとんどセリフがないのだが、それだけですべてが伝わるのだ。
ああ、なんという「無言の重さ」よ。その最たるものは、外村の祖母役として出演していた吉行和子である。今までの映画で、出演したらなにがしかのセリフがあるのが当たり前の興行界にあって、吉行クラスに「一言もしゃべらせない」という大胆にもほどがある演出をやってのけたのである。これには度肝を抜かれた。
もちろん、先述したように「無言の重さ」…多くを語らずとも、外村を見守っている、唯一の理解者という書かれ方も納得がいくし、そこでの語りが余計なドラマを生み出しかねない。映像を見せることに傾注した監督の思いがひしひしと伝わってくる。

調律という仕事のストイックさ。それが伝わるからこそ、この映画は見てよかったといえるし、かなりの衝撃を持って迎えられた。興行という面で言えば、4日目/夕方回であるにもかかわらず、10名足らずというびっくりするほどの入りの悪さ。多分に犯罪者一家(血がつながっていないから連中でいいか…)を描いた映画にすべてを持っていかれているのだろうと思うが、この映画に悪人はだれ一人登場していない。こんな芸術的な作品があまりに入っていないのは「きみの声をとどけたい」がさっぱりなままで埋もれてしまったのに等しい。

なので、ぜひとも見ていただきたいのである。この作品の肝、というものは、あちこちにちりばめてある。それを探るべく、もう一回くらいは動員を積んでみたいとさえ思っている。

2018.6.10 デトックスされる 「あさがおと加瀬さん」鑑賞記

とうとう、小規模公開しかできない(映倫を取っていない映画というものがあるとは知らなかった)実写の世界にまで踏み込んでしまった。
映画沼にはまり込むまで没入しているとは感じていないが、気になった作品を複数回見ているのは、その端緒に立ってしまった証左なのかもしれない。

劇場に立ち入ることにかなりのハードルを感じていた2000年代後半からつい最近まで。それがどうだ。良作という嗅覚が機能すれば、ほぼ即座に劇場入りができている。
そして、その嗅覚が、またしても一本の作品を嗅ぎ分ける。それが「あさがおと加瀬さん」である。

どっからどう見ても百合要素満載。今までの私なら、確実にラインアップには上ってこない。しかし、惹かれるものを感じたのである。それは「きみの声をとどけたい」を知った時とほぼ同じ感覚と言ってもいいだろう。
陸上のエース・加瀬さんに淡い恋心を抱く同級生の山田由依。だが、それは、加瀬さんも同じだった。二人がなれそめに至る部分は、回想にしてオープニング部分にセリフなしでまとめるという手法を取る。
山田に"彼"ができる…初めてお付き合いするのが女性だったわけだが、それは山田にとってはどうでもいいこと。付き合いたての初々しさが画面からもひしひし伝わってくる。
付き合い始めて何日目かのバス停のシーン。乗り込まない山田。行ってしまうバス。だが、次の瞬間、自転車が倒れ掛かるのもいとわず、山田の元に駆け寄る加瀬さん。そして熱いキスを交わす。うわぁ、となった。求めていたのは、加瀬さんも同じだったのだ。
山田の家に遊びに来る加瀬さん。このシークエンスの人物描写と心情変化は、まさに一線を越えようとするタイミングまでは緊張感を持って描かれていた。だが、お母さんからの電話で緊張感がふっと途切れる。ここの持っていき方は、なかなかのものである。
修学旅行のシークエンスも、乗降口の芝居はこの作品の最重要シーンだと断言したい。二人が一緒に歩んでいけると認識できたシーンでもある。美ら海見学時に二人で語らう海辺のシーンも、「何時間おんねん」という野暮な突っ込みを打ち消す演出で感情を持っていく。
だが、現実的に別れは刻一刻と迫っていた。進路の問題である。地元重視の山田に、東京での推薦に望みをかける加瀬さん。しかし、よもやのラストシーンが用意されていたとは!!

LGBTなる、いわゆる男女間ではない、同性どおしの愛情に関しては、最近映像表現もなされてきているように思う。「グレイテスト・ショーマン」でも、いわゆるオカマちゃんのダンサーの活躍なども忌み嫌われる対象として描きながら、感動作にしてしまうわけだし、「僕の名前で君を呼んで」はBLそのものだった。
一時間強とはいえ、LGBTにつながりそうな、百合要素満載の作品がスクリーンで見られる。日本も、アニメーション映画も、変わったものである。

さて採点だ。
初々しい初恋。相手が"たまたま"女性の加瀬さんだっただけで、男性っぽいし、実際彼女はトランスジェンダーっぽいところがないわけではない(部屋の描写が男っぽいところとか)。ホテルの大浴場で脱いだ加瀬さんにショックを受けた山田の想いは、「彼は女なんだ」と認識してしまったからに相違ない。つまり、山田は、「異性」だと加瀬さんを見て思っているきらいがある。
二人がどう進むべきなのか。ラストシーンの山田の突拍子もない行動は、今まで踏ん切りのつかなかった彼女を一歩前進させた。そしてそれは「二人はいつでも一緒でないといけない」という思いに支配されていたからなのだと悟る。
そう思ってエンディングが流れる。90点あったらいい方かな…だが!!
ラストカットでガツン!!と、また誰かに殴られたような意識にとらわれる。そんな締めがあったのか…いきなり93点まで伸長する。あのワンカットで一気の加点。実際、私はあまりのことに放心状態になってしまった。

百合アニメかぁ…なんて表現は言葉足らず過ぎる。山田という女性と加瀬さんという"男性"のれっきとした恋愛ストーリーであり、二人の掛け合いも、時折吹き出しそうになったりするなど、青春の一ページとしてみる分にも、十分にその役割を果たしてくれる。
深夜アニメテイストがふんだんに使われていて、その分では賛否が分かれるところといえなくもないが、大規模公開でもなく、観た人にだけは理解してもらえたらいい、レベルの作品なので、手数を重視しなかったところもむしろ割り切って書いていると理解できて、納得できる。

ちなみに舞台はなぜか関西ということになっている(加瀬さんが乗る新幹線のホーム番号が23だった。また、出て行く新幹線に、ホームを覆う大屋根が写り込んでいる。列車名はのぞみ/ひかりと少し違えていたが東海道であることは間違いない。見送りに来たコーチ?も「終点まで乗っていればいい」などといっていることなども支援)が、訛りは一切なし。舞台となっている土地も明示されておらず、今回ばっかりは「聖地」を探すのは一苦労と思われる。尚、公開3日目/時間帯が悪いとはいえ、19時過ぎ始まりで10人いるかいないか、なので、期間限定は正解なのではと思う。


2018.6.9 久しぶりに見る盛況 「かぞくへ」2回目鑑賞記

映画は「観られてナンボ」であると気づかされる。それは「君の名は。」を鑑賞した初見の時に抱いた感覚であった。ただ、面白いだけではない。スクリーンの特質を分かっているからこそ、オープニングで、あの彗星落下シーンをほぼ無音の状態(風切り音程度)で我々に提示し、きっちり捕まえているのである。しかも、それは伏線にまでなっているという。こんな作品を知ってしまったのである。

映像表現には限りがない、とは「リズと青い鳥」でも感じたことだし、今後出てくるあまたの作品でも様々な実験と検証が繰り返されることだろうと思う。だが、この「かぞくへ」が我々に突きつける「選択の重要性」はいつ誰の身に起こってもおかしくない日常でもあった。
詐欺師に翻弄され、人生を破壊されたに等しい仕打ちに打ちひしがれている旭を最後救うのは、その要因を作った洋人である。この雄大な舞台装置に私は度肝を抜かれる。
普通に考えれば、完全に仲違えしていてもおかしくないし、実際旭はラスト直前、洋人の連絡をほぼ拒絶している。犯人を捕まえ、念書まで取らせた二人だったが、そこにあるのは、虚無感でしかなかった。最初ピントのあっていた洋人から奥にいる旭にピントが合い、そのままの状態で洋人は煙草を吸い続ける。「俺のやったことって何か意味があったのかな」と思っている洋人の心象風景をぼやけさせる映像で想起させる。こういうことができるのだ。

そして、それは旭・佳織のカップルに決定的なダメージを与える。なぜか嘘をつく旭、そしてないがしろにされたと知り激高する佳織。黙ったままの旭は、叱られている子どものようでもあり、言い訳はしないが嵐が過ぎ去るのを待っているかのようにも受け取れる。「私と洋人とどっちが大事なの」とズバリと言ってくれた方がすっきりするのだが、そうは言ってくれない。もどかしいし、まるで自分が責められているようにも感じるシーンだ。
良かれと思って佳織の母に手紙を出した旭に「親ってそういうもんなの」と、言外に親を知らないできた旭を佳織がDISってしまうシーンがある。「ああ、言っちゃった…」親を知るものと知らないものとのとてつもない隔たり。実は彼らの別れは、後の試食会の流れがあったとしてもこのシーンで決まったも同然だった。

言葉・セリフや音楽はいったい何なのか…またしても、監督氏の術中にはまってしまっている自分がいる。華を去り実に就く。予算がないならないなりに表現することに舵を切る。こういう采配が随所に見られるのだ。
最後のシーンも余計なセリフはない。深夜、人通りの途絶えた橋でのワンシーン。なんのてらいも無く芝居する二人。愛おしすぎるのだ。

2回目の元町映画館は、監督/洋人役の梅田氏/佳奈役の下垣嬢を迎えての上映となったが、私の整理券番号として41を渡され、驚愕する。そう。9割超の満員御礼といっても過言ではないレベルの入りになったのだ。監督氏が来るということで、山ほど聞きたいことがあったので当方は、めったに座らない最前列/左隅に席を取る。だが、Q&Aは無く、ラストでの登壇でも基本監督氏がしゃべりっぱなしに終始してがっくりとなる。
観客動向は意外な側面を見せる。女性ペア以上のグループが意外なほど来場していたことである。別に監督が好きで来たわけでもなさそうで、現に親しげに語っている人はほぼいない。つまり、口コミ+勧誘でここにきていると思われるのだ。男女比はそういうわけでやや女性優位。平均年齢は50代前半で、当方が中心レベルと見る。

ラストの登壇では、パンフレットをかなり力説してプレゼンしていたのだが、実際私はこれほどまでに内容の濃いものを見たことが無い。その最大の特徴は、後半にかなりのページを割いている、台本が刷り込まれていることなのだが、それ自体がエポックではないかとさえ思う。前回の鑑賞時に購入していたので、今回は監督氏のサインもほしかったがパスする。
それにしても胸に残る作品。もう佳織と旭の復縁は望むべくも無かろうが(ムスビが無かったと思っているし、お互いの隔たりも解消するには程遠いと思える)、これから先の旭と洋人に心からエールを送りたくなる。
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