多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2018年07月

おそらく、この作品の出現はこの夏の一大事件だ

2016年の10月まで、ほとんど見向きもしてこなかったアニメーション映画にワンクールアニメーション。だが、「君の名は。」の鑑賞によって、眠っていた感性が一気に解放されてしまう。
当該作品は、現時点で45回。バージョン違いがあるとはいえ、ここまでの鑑賞に至った作品はない。

2017年の冬アニメから、本数は少ないながらでも名作然とした作品を視聴し始めるのだが、「よりもい」がいきなりのヒットを記録し、当方も俄然鑑賞のペースが上がっていく。2018年春アニメは、「ひそまそ」一択だったわけだが、そこまで大感動できる作品ではなく、まあ、スタッフ選びで鑑賞するのがハズレを呼ばない程度の選択肢でしかないとわかる。
なので、この2018年夏アニメは、テーマとしてのダイビングが重きにおかれている「ぐらんぶる」を一押しにしたのだが、今のところ、それほどバズっている感じは見受けられない。まあ、薔薇っている感じが受け入れられない人もいるだろうし、ちょっと観る人は選ぶかな、とは思っていた。
そこへ現れたのが、あまりの可愛さにロリコンは言うに及ばずかなりの男性を萌え死にさせ、第2話ではほぼ準主役の立ち位置にまで急伸した「血小板ちゃん」を擁する「はたらく細胞」。すでに台湾ではこのような有様である。
→FF32という催し。台湾のコミケみたいなもの。この再現度、恐ろしい…

まあ、それにしても。
擬人化の波が、とうとう人体にまで進出してしまった。女体化もひと段落したというのに、ここにきて細胞・器官を人になぞらえるとは…
とはいうものの、「よく描き分けられている」というのが実際である。実際の白血球(好中球)は異物は「貪食」つまり、食べてしまうのだが、このアニメ(原作)ではナイフで一刀両断して成敗する(殺すことが目的)ことに統一している。赤血球も空気交換作用だけでなく栄養も運んでいる描写で納得できる。
とはいうものの・・・現実は意外とシビアなもので・・・
主要登場人物(?)の寿命一覧。白血球が短命なのは意外だった。

とりあえず4話まで鑑賞済み。CM入り・明けのアイキャッチを当該回のゲスト(4話なら入り=好塩基球役の杉田、明け=好酸球役のM・A・O/なお2話は、入り=赤血球、明け=白血球だった)が演じるなど、しっかりとした感じを見せる。今後の展開も面白そうであり、一躍当方の一押しになっている。

くんちゃんがなぜ鉄ちゃんだったのかを紐解く。

細田守監督の「未来のミライ」のスタートダッシュは思いっきり決まらなかったようである。
なんと、前作「バケモノの子」の4割減は、危機的状況。

ヤフーのレビューでも、細田株はかなり急落しているのは間違いなく、時かけあたりで鮮烈に感じていた層が一気に細田離れしていくような予感すらする。
とはいうものの、そのレベルの作品であり、刺さる人があまりに少なすぎる。子育てが終わった、あるいは現在進行形の方が見れば腑に落ち、そういうことをよく表現してくれたとなる=高評価につながっているのだと思う。「君の名は。」は、誰もが一度は通る恋愛という大テーマに入れ替わり/3年のずれが起因しているからこそ、その謎に立ち入りたいと思った層のリピーターを必然的に生み、1900万人超を記録できたのだと思う。

そんな中にあって、当方がここまで低評価であるにもかかわらず、「もしかするとリピーター化するかも」と思える部分が実はある。それが「くんちゃんの鉄道ファンぶり」の解析をしてみることが何かの役に立つのでは、という根拠の薄い設定に対する疑問からである。

冒頭、祖母に言われて部屋をかたづけるよう言われるくんちゃん。だが次の瞬間、片付くどころか、プラレールのレイアウトが一瞬にして完成し、そこを数編成の列車がモーター音をうならせて走っていくのである。生まれてきた妹の命名では、「のぞみ」「つばめ」と新幹線の愛称をつけたいと言い始める始末。かんしゃくを起こしてプラレールで未来ちゃんを殴ったのも一度や2度ではないはず。201系のプリントされたトレーナーか、シャツを着ていたり、持っていたのはスーパーあずさだとぬけぬけ言ってみたり。
未来のシークエンスに到達した彼を待っていたのは、なぜかさびれた磯子駅から出発する、4両程度の見たことない電車。その列車にかぶさるようにこれまたデザイン的に見たことない電車たちが並走を仕掛けてくる。最後にやってきたのは「電子レンジ」ことE235系。
迷子になったくんちゃんが遺失物係の前で自分をさらけ出す。実は、自分の両親の名前もわからないという。これにはびっくりだが、仮にそれが言えても、時空が歪んでいるのだから助けに来られるはずがない。結局地下最深部の闇の新幹線の発着するホームに持っていかれる。ここには、まさしく鉄道ファンが泣いて喜びそうな旧車のオンパレード。くたびれた感じの0系、103(101かも)、クハ481、EF58 53。そして先頭車の口が動く闇の新幹線。まあ、このあたりの作画、というかデザインには実は裏打ちがある。川重のデザイン部がクレジットされているのを当方は見逃さなかったのだ。→もちろん専門誌の記事から抜粋。いくら架空とはいえ、そういうところに発注してデザインのひな型を作ってもらうことで、矛盾やバランスなどに気を使うことにしたのだろうと思う。ちなみに一瞬だがリニアも登場していた。

ここまで鉄道に傾注する理由は何なのか?4歳の男の子が「スキ」と思われるものを上げてみたら、というあたりが最大の理由と目されるのだが、今のところ、正解にはたどり着けていない。監督氏のインタビュー記事も漁ってみたが、くんちゃんがどうして鉄ちゃんだったのか、に言及している内容は見つけられていない。
4歳児の趣味としての、ステレオタイプ的なもの(いわゆるヒーローものだと版権がぁ、とかになるからなんだろうか/今回もご多分に漏れずJR東日本企画さんが製作委員会に入っているので、そのあたりはかなり重要な視点かも)としての鉄道、そしてプラレール。それが根底にあったとしても、物語にどこまで影響していたのか、を探るところにまでは至らない。

未来のミライで比較検討倶楽部 (3) 子供主役の作品は実際難しい

相変わらず、ヤフーのレビューには、一部の良心的なレビューもありこそすれ、★1や2のオンパレードである。もちろん、当方にしたところで、★3まで上げるほどの胆力は持ち合わせていない。得点自体は70点だが、内容は星2つが精いっぱいである。

でも、この評価に至った理由は歴然としている。
「タイトル詐欺」だからである。

未来のミライ。そう書くからには、いたずら盛りの4歳児のくんちゃんが高校生程度に成長した妹の未来ちゃんと絡みまくって、前に進んでいく、というストーリーを想起してしまっていたからである。ところが、終わってみれば、未来の未来ちゃんと絡むシークエンスはわずか。幼少期の母親と戯れたり、ひいじいちゃんと出会うことで少し成長したり…。まあ、それでも、未来のくんちゃんとの邂逅からの未来の描写は、うまく見せる場面でもあった。

子どもが主人公の作品は、意外と少ない。「クレヨンしんちゃん」は、その代表例と言えるし、家族が描かれていることも考えると、ひまわりという妹がいるところなども意外と類似点が多い。
それでもこの作品が、長寿と言える内容で、原作者の不慮の死後でもいまだに放送できているのは、しんちゃんの行動が抑制的であるから、といえなくもない。これがくんちゃんのように、わがまま放題し放題なら、ワンクール打ち切りも視野にあっただろう。
しんちゃんのような子どもとは真逆の、わがままが通っていたくんちゃんの傍若無人ぶり。どちらがこの年代の正当な描写かは、意見が分かれるところだが、くんちゃんがあの後、どう成長して、高校生になっていったのか、は見てみたいと思った。
そして、きょうだいを描いた映画ということになれば「となりのトトロ」「火垂るの墓」は忘れてはならない視点でもある。前者は自由奔放に生きれた昭和30年代前半、後者は、戦中を苛烈に生きざるを得なかったまさに激動の時代。どちらもが名作の誉れ高いのは、年上が10歳以上に達しているからである。さつき/清太がストーリーを引っ張り、メイ/節子がそれに肉付けをする。それが可能だったから、ストーリーもすんなり描けるのである。
今作で主体性を持ったくんちゃんがストーリーを作り出すことは不可能。擬人化したユッコ、幼少期の母親、未来のミライ、ひいじいちゃん、闇の新幹線にいざなう遺失物係…周りが物語を作っていかないといけない。それが物語のぶつ切り感を醸し出し、せっかくのひいじいちゃんのシークエンスの芳醇な味わいをスポイルしてしまう。

小学生レベルの主人公で物語を作り出すのは、至難の業である。まして今作は、さらに年齢の下がった4歳。そのくんちゃんが主役を張る映画。ホーム・アローンですら設定上8歳(カルキン少年は役当時10歳だったそうだ)。下手をすると設定とはいえ、最年少の主役ではないか、とさえ思う。だから、そんな難しい題材をあえて映像化しようとした意欲『だけ』は買えると評したのである。
「比較検討倶楽部」はいったんここまで。次作は「くんちゃんの趣味」に関して、書いていきたいと思う。
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