多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2018年07月

未来のミライで比較検討倶楽部 (2)「さよ朝」の描く家族愛との相違

細田守監督の「未来のミライ」のスタートダッシュは思いっきり決まらなかったようである。
なんと、前作「バケモノの子」の4割減は、危機的状況。

この映画の凄い特徴は、ほとんど「一族」以外の人間が登場していないことによる。序盤で出てくるのはおそらく母方の両親。回想で出てくるのは4・5歳くらいの母親の幼少期。つづいて、若かりし頃の曽祖父。最初に登場するユッコ(ダックスフント)の人間体も、家族の一員という考え方からすれば、腑に落ちる。
つまり出来上がった系譜の中の閉鎖空間の中で構成されており、それ以外はほぼガヤである。物語を構築する上で、ここまで簡素に絞っておきながら、加齢による心情の変化も描けなかったせいもあり、特にくんちゃんの精神的な成長ぶりをもっともっと書いておけば「何とか救われた」になるところだが、最後の怒鳴りで解放された気持ちにさせられるレベルで、「やっちまった」となってしまう。

その一方、みなしごを拾い、母親の真似事をしていく、マキアとエリアルの「母と子」の描き方は、血がつながっていないという、致命的な欠陥を抱えながらでも、「僕がお母さんを護る」という意思表示をエリアルができるところに救いがある。そして青年期になり、お互いを意識しながらでも、やはり育ててくれたマキアに対する感情の爆発がラスト前で見られたから、我々も感動させられるのである。

ヤフーのレビューでも、家族愛が、という記述が結構多い。確かに、描いていないわけではないし、むしろ絆、ルーツを重視している部分というのはすごく感じられた。だが、この作品が問うているのは、くんちゃんと未来の行く末(もちろん、どちらも成長はしていく)に過去の人間はどう影響しているのか、という部分であり、また、見習い父が、一人前に育っていくさまを見せたかったのだと思う。
他方、「さよ朝」の描く家族層・家族愛は、マキアが成長しないせいで、マキアの目から見た年を取っていく人間が主に描かれる。年齢的にも精神的にも成長していくからこそ、マキアとエリアルの関係が別の方向に向かおうとしたり、受け入れられなくなっていく。

血のつながりが重要か?「さよ朝」の投げかけた命題はとてつもなく重い。だから幼馴染と結ばれたエリアルに子供ができるシーンは、今までのマキアとの関係ではなく、新たな絆を感じさせてくれる。育つのに血のつながりは必要ないが、継承には血のつながりは重要・・・。同じことは「ミライ」でも言われている。
だが、系譜が出来上がり、断絶が感じられない「ミライ」の方に、そこまでの重さは感じられない。そこがもう少し言いたいこととして前面に出てきているのなら評価も変わったことだろう。

未来のミライで比較検討倶楽部 (1)「打ち上げ花火」との共通点 

細田守監督の「未来のミライ」のスタートダッシュは思いっきり決まらなかったようである。
なんと、前作「バケモノの子」の4割減は、危機的状況。
夏のオリジナル系のアニメーションの勢力図をおもいっきり変動させた新海監督の出現は、細田氏にとってもかなりのプレッシャーになっていただろうと思う。"人の金城湯池を邪魔しやがって…"

しかし、新海監督は、実質メジャーデビュー1作目で100億の壁をあまりにもあっさりと越し、200億までも突破してしまった。一方の細田氏は、今まで公開したすべての作品を寄せ集めて初めて150、とかというレベル。50億の壁すらもやすやすとは越えられないところにこの人の限界を感じ取ってしまう。

「君の名は。」の大ヒットを受けた翌年には、岩井俊二氏の原作と言ってもいい「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のアニメーション映画が公開されたが、これも結果的には公開館数の割には大爆死に等しい興行収入しか上げられず(上記記事では、「メアリ」の半分以下=15.9億(Wikiより)と言う惨状)、「ミライ」もこの流れを取りそうな予感すらする。

ちょっと富裕層のお子様(4歳児)の、ちょっとした成長物語が、どの層にビビットに訴えかけるのか?中学生の青臭い恋愛物語と、歴史をやりなおせる特殊能力にどれほどの需要があるのか?
この爆死(ミライもほぼ同様のルートが確定している)2タイトルに見受けられるのは、間違いなく「テーマ選定の失敗」にある。
大きくなった未来ちゃんがそこそこに頑張ってくれているのなら、もう少し評価も変わっただろう。だが、出てくるシークエンスは、顔にクッキー貼りつけられた時と、お母さん絡みの時、そして未来の東京駅のシークエンスと、それにつながるルーツを見ていく時間帯だけである。もっとのべつまくなし、未来のミライが絡むと思っていたら、このありさま。そりゃぁ、4歳児のわがまま、「好きくない」ばかり見せつけられたら、いやな気分にもさせられる。
「打ち上げ花火」も、よくよく考えたら、短い尺の内容を90分程度に引き伸ばさなくてはならず、そのたびごとにガラス玉による巻き戻しが可能になっている。くどいうえに、成果も上がらない。ラストシーンのほったらかしぶりもなんとなくもやもやしたままだった。

映画の論じるテーマ。これが作品の良しあしを左右するのは間違いない。あの犯罪者一味の映画にしても、元はといえば、死んだ母親の年金を搾取した息子の逮捕劇が構想の始まりだという。ストーリーの膨らませ方が、この2作品は、致命的に悪かったが故の爆死・低興収になったとみている。
それでも「打ち上げ花火」の方は、光る一手や特殊効果がかなり効果的だった。今作はいたって普通で、製作費をケチったんではないか、と思われる節もあったりする。
とりえがどこにもない「未来のミライ」。「打ち上げ花火」は越えてくれるだろうが、最近作の中ではケツから数える方が早いのではないかとさえ思う。

2018.7.28 思うところはみな同じ 「未来のミライ」鑑賞記

公開初日から行くべきだったか、という思いをしているのが、この「未来のミライ」だった。その理由は…
レビュー記事が酷評に次ぐ酷評だったからである。

どうせ口さがない、アンチの戯言だろう、と思っていたのだが、それにしては、★1や★2の量が多すぎる。昨年の今頃、といえば、「打ち上げ花火(略)」がこれまたトンデモレビュー数値をたたき出して騒然となっていたものだが、比べてみると、ほぼ同等、あるいは、今作の方がやや下に感じられる事態となっている。

さて、実は当方、「初細田」なのだ。スクリーンで対峙することも含めて、今までの作品にはどれにも触れていない。それゆえ、「ポスト宮崎」の急先鋒たる氏の作品の出来が市井の声では低評価なのが納得できなかった。
いずれ当方の名物コーナー「比較検討倶楽部」は、この作品を軸にいろいろな作品とたたかわせていくことになるとは思うのだが、それにしてもここまでひどい映画だったと思えるのか…

仕事が押してしまい、16時スタートのOSミント神戸3番にはギリギリの入場。しかし、白△で、ほぼ満席を感じ取る。隅っこの一席を認めて購入。三人並び席でとなり二人は女性ソロ二名だった。観客の中には、小学生レベルを連れた家族連れも散見。カップルも意外に多く、2週目土曜日と考えるなら、このくらいは入っていないと先が思いやられる。平均年齢は、大人層が大半であったこともあり、30代後半とする。いわゆる著名俳優の声を聞きに来たと思しきファン層は少なめだと推察する。

このストーリーの最大の欠点は・・・と、いきなりの書き出しなのだが、「4歳児」の描写がこれで正しいといえるのか、どうか、ということである。夏井先生風に言わせてもらうなら、「この作品の評価のポイントは、「好きくない」です」ということになるだろうか?
確かに妹ができて、そちらに気が向き、くんちゃんがないがしろにされることに反抗する気持ちもわからないではないし、男の子といえども嫉妬してしまうのもわかるような気がする。さて、それがわかったとして、ききわけのないくんちゃんがずぅっとそのままで居続けることに徐々に精神がむしばまれていく。まあ、時系列的には冬の出産から半年くらいが描かれているので(自転車のくだりで7カ月で、とかお父さんが言っているのも勘案)、人間的にくんちゃんが成長するのも無理といえば無理だし、いつまでもぐずり、自分を出しっぱなしにするしか、書きようがない。
だから正解なのだが、いちいち「もうわかったよ」と言いたくなる描写の応酬で、すべてのエピソードがくんちゃんむくれる→庭で異変→落ち着く という経緯をたどっているのだ。どこかで違う着地もあればよかったのだが、それもなく、挙句の果てに最後の「家出」のシークエンスのラストの落ちは、あきれてものも言えない状態にさせられる(パンツのところね、そこは誤解無きよう)。

「幼子主人公でやったろ」と思った監督氏のチャレンジ精神は正直に言って買う。それが成功するとかしないとかは二の次。「やる」ことに意義がある。現代を生きる、物も潤沢にあり、プラレールで遊び倒す鉄ちゃんのくんちゃん。基本今まで両親の愛を一身に受けていたのに、妹ができて奪われた思いにさせられるのはわからないでもない。だが「しつこい」のはちょっと違うと思う。
ラストに向かうシークエンスの「ネタばれ」箇所。未来から過去に降下していくわけだが、そこは時系列をしっかり整えていてほしかった。直近のはなしから戦時中に飛ぶわ、敢えてひいじいちゃんが結婚したときのエピソードまで挿入するわ…「それ、要りますか?」そこでの未来のセリフも余分。もっと早回しで見せるとか、おおっと思わせるだけにしておくべきで、敢えて回想的に全部を見せる必要性はない(他がそうなのだから)。
「ははーん、尺が余ったな」。あるいは「もっと説明しとかないとわからないお子様とかもいるだろうからな」というおせっかいのたまものとも受け取れるわけだが、こんな風にくどく見せる監督さんなのだろうか…

さて採点である。実は音楽が…なのだ。ここ最近、音に傾注した作品ばかりに気を取られていたこともあるせいか、劇伴は全く乗れなかった。絵のタッチは、まあ中の上クラス。新東京駅の地下深くに降りるシーンや、その逆に飛び上がっていくシーンの美麗ぶり、大きなエンジンの排気に顔をゆがめるくんちゃんの描写などは特筆すべきところだが、光る一手がぽつぽつでは、大きなプラスになりようがない。
声のキャスティングも、ぎりぎり許容範囲。萌歌嬢の未来ちゃんが見たかったのは偽らざるところ。ていうか、そこで監督、間違ってますわ。
ということで、70点(大まけにまけて)とする。配点の大半は、先ほども書いたが「難しい題材にチャレンジした」ことに対するものであり、だからこういう作風にせざるを得なかったと好意的に解釈した結果である。

家族のルーツに触れていくくんちゃん。ギリギリ駄作に落ちなかったところは、さすが自力で持ちこたえたとする。まあ興行的にはおそらくコナン越えは難しいとみるのだが、これから先のほかのアニメーション映画に触手が動かされている。
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