多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2018年10月

2018.10.25 名残鑑賞 ガルパン総集編 2回目鑑賞

正直言って、2016.10.1以降の映画館訪問は、トータル100スクリーンをはるかに超えている。それは、当時49歳の当方が今まで見た映画本数をとっくのとうに越えてしまっている(映画館という縛りであり、テレビ/BS等で見たものはカウントしていない)。
映画というエンターテインメント。「君の名は。」で体感した、感情の起伏と曲の織りなす映像とのマッチング。いまだにこれを越えうる作品に出会えていないのが、何よりの証拠である。

だが、素材という点で言えば、純度100%に近い、女子高生しか出てこないモチーフであるにもかかわらず、その圧倒的な作品力とメカニック、さらには砲撃、衝撃音と言った部分に一切手を抜かない「ガールズアンドパンツァー」が、ここまでヒットし、世に言う「ガルパンおじさん」の存在をここまで顕著なものにしたのは、ひとえに、彼女たちの戦車道を極める姿勢というものが、認められたからではないかとも思う。

テレビシリーズの、戦車道選手権大会の戦闘シーンだけをほぼ網羅しただけのこの総集編は、正直一回見たらそれで十分だし、前回の鑑賞記もそう書いたが、何か特別なことがあるわけではない。もちろん結果もわかっている。
だが・・・
特別音響で見たら、その迫力たるや、想像を絶するのではないか…
そう思った当方が、二の足を踏んでいた塚口サンサン劇場での特別音響上映を見ることになる。
同志は20名弱。しかし、Tシャツ(オリジナルかどうかは不明)に戦車がプリントされているものを着こんでいたり、ほぼ毎日のごとく訪問されているかのような御仁も数人の同志と歓談したりしている。平均年齢は40代後半ながら、前回OSシネマズ神戸ハーバーランドでも見たような60代までは拾えていない。

最終章第一話のウーハー上映もすごかったが、ところどころの砲撃音に心の臓まで震えるような感覚にとらわれる。マウスの砲撃音は、巨体の打ち放つものだけに特大サイズ。もうあれだけでお腹いっぱいである。
最後のチェイスに一騎打ちの場面。手に汗握る展開は、この作品の持ち味でもある。劇場版でもそう言った作劇がなされたわけだが、これをテレビシリーズでもできているというのが恐ろしくすごい。

エンドロールが終わる。期せずして起こる拍手。この人たちは、本当に作られた作品に対して感謝の念を忘れないのだと思い知らされる。私も、襟を正して、正装で向かったわけだが、志は全く同じである。もちろん、私も数回手を打って、この愛しき「ガルパンおじさん」たちに敬意を表したのであった。

2018.10.21 今日もお泊りW 「若おかみは小学生!」6回目鑑賞記

10/21は、この作品にとっての一つの分岐点になったといってもいい。
この日、各地(首都圏中心)で、おっこ役の小林星蘭嬢をはじめ、音響監督の三間氏登壇、シアタス調布では韓国プチョンの映画祭から帰国したばかりの高坂氏まで登壇してのサプライズ。公開一か月でここまで興行が盛り返したのは、アニメーション映画としても特筆すべき事象だと思える。
こうした関係者の舞台挨拶などは関東/首都圏に偏りがちなのだが、なんと、塚口サンサン劇場で10/27にあるというではないか。当方もスタンバイせざるを得ない状況に陥ったとみている。

さて、当方は久しぶりの日曜日のおやすみ、で何するとなくいたわけだが、結局二日連続の「春の屋」訪問と相成った。
場所は、あべのアポロシネマ。今年1月に新海監督特集を催行し、そこそこにヒットさせた「映画を分かっていらっしゃる」劇場である。
いつもは開場10分前劇場到着が基本の小生だが、なんと開演時間になっての入場。電車到着遅れが主原因だが、今回は少し反省である。なので劇場の中身はわかりにくかったのだが、100人越え/家族連れ多数/熟年カップル散見/男性ソロも比率高し となった。なにより、スクリーンの大きさはなかなかのもの。音の張り出しも納得のいくものであった。

もう6回目、ということで、ストーリーは完全手の内。そろそろセリフが諳んじられるあたりになるか、と言ったところ。ちなみに一部の作画ミスがそろそろっと提示できるあたりになってきた。
おっこの叫び声に反応する女将・峰子が廊下を歩くさなか。手前につつじが咲いているのだ。時期は4月中旬、と言ったところ。ちなみに初登校日は4月20日で、始業式からいたわけではないことが珍しい。仮に咲いていたとしてもぽつぽつなはずで、満開に近い咲き方はやや時期が早かったのではないかと思う。
その後おっこの部屋に入る峰子だが、カーテンを開けると、ヤモリがいるのだが、室内にいる体になってしまっている。入ってきてしまったのかどうかはわからないが、ちょっとこの経緯は不明だ。
翔太とエンカウントしてからの着替えを秒で済ませるおっこは、もともと下に着こんでいたのか、と思えるほど。ここはもう少し丁寧にやってほしかったとも考える。

ノベライズ版では、木瀬一家が来訪する際、父の文太は翔太の名前を呼んでいない。おっこは、予約名簿で翔太の名前を知っていることになっているが、映像になっている呼びかけで名前を知った、という風にしている方が納得いく。しかもノベライズ版では、峰子は体調を崩したことになっている。おそらく、長尺版というか、当初の計画/脚本ではこのあたりの部分もあったのだろう。このノベライズ版を正とするなら、映像の方はやはり、94分にまとめるべくいくつもの省略があるといわざるを得ない。

ともかく「名作は追いかけなくてはならない」と誓って公開一か月/自身の初見からだと、27日で6回鑑賞は、6回以上見ている君の名は。(2016.10.1-2017.1.13)、きみの声をとどけたい(2017.9.1−2018.3.14)の期間を大きく塗り替えることになった。そして複数回数鑑賞記録の単独3位に浮上。ほかにも気になる作品は山ほどあるのだが、まずはひとまず、この作品のブーストに関われただけで満足である。

2018.10.20 5泊目w 「若おかみは小学生!」 5回目鑑賞記

今でもファンアートをはじめ、劇場鑑賞記(それも大半が初見というのがすごい)がツイッターでも流れてきている「若おかみは小学生!」なのだが、この作品は、ある一定の回数を見ると、それまで泣きに至らなかったのに泣けてしまう部分が多く出てくる。

例えば、おっこの旅立ちのシーン。「行ってきます」と、誰もいない部屋に向かって言うおっこ。これが都会での楽しかった生活との決別と、新たな人生の始まりを示唆するシーンとして描かれているわけだが、この「行ってきます」がそれまでの苛烈な別れを想起させてしまい、ヤバくなってしまう。
ウリ坊が懇願しての若おかみになるという作劇のシーンも同様だ。ウリ坊は、子どものころから大好きで、添い遂げられなかった峰子(おっこの祖母であり、春の屋のおかみ)のことを一途に思い続けている。そして自分が住処にしている春の屋の行く末をだれよりも案じていた。おっこが渋々でも承諾した後のウリ坊の流す涙が天に昇っていくシーンは、ウリ坊の想いを感じてしまい少しウルッと来たりする。
まだある。あかねのためにケーキを買いに行くというおっこのシーンだ。なぜこの子はそこまで思えるのだろうか、という疑問より前に、「動けてしまう」彼女の後先考えない、結果は終わった後に考えればいいという、その即断即決の考え方に触れて、打ちのめされるのだ。
同じことは、木瀬一家のために調理法を真月に聞きに行くシーンでもそうである。だが、ここは、逆に真月の人の良さ、心を打たれて行動に移すというところにも感動するのである。
さて、この木瀬一家のシーン。文太=父親(山寺演)が、おっこのことをずぅっと「お嬢ちゃん」と言っていることが引っかかって仕方なかった。かくして数えるのだが、総計5回。しかも、あの名シーンで、宿に逆戻りする際に、一言も声を掛けなかった。ここで「ありがとう、お嬢ちゃん、いや、若おかみ」の一言があればもっともっと泣けたのに、と感じた。心のどこかに贖罪を感じているのなら、そして彼女を認めたのならこの一言があってしかるべきだが・・・千々に乱れている父親の心境がもう少し掘り下げられていたら、と思わずにはいられない。ちなみに…入手済みで、ほぼセリフも完璧なノベライズ版でも文太氏は語らず宿に納まっている。

よくよく考えられた脚本ではあるが、見る人によっては…というより、裏を探れば、確かに粗というか、描き足りない部分が多く出てくるのは仕方ないと思っている。その結果が、逆に出る…観客にゆだねることで別の考え方が出てくることはありえる話だと思う。
確かにネガティブ評だが、それを論破できる論客がどれほどいるだろうか… 
それでも、そこまで深く解析する必要があるとするならば、それはこの作品が、通り一遍のお子様向けの作品ではないということの証でもある。この作品の絵面やタイトルで食わず嫌い(映画なので見ず嫌い、というべきか)になっている層こそ、しっかりと見て評価していただきたいものである。

5回目は、初見場所である神戸国際松竹。実は、公開当初から夕方回を設置し続けている劇場で、朝一のみ、とか言う狂った配置をしなかったところは好感もてる。土曜ということもあり、家族連れも5組程度来館していたが、やはり多かったのは男性ソロ。ただ、年代はかなりばらついていた。カップルは、50代後半を中心にした年齢層高めで推移。40代後半に年齢層は上がってしまった。男女比は男性に軍配。
それでも、木瀬一家のシーンの一体感は、人数の多寡にかかわらず、気持ちがいい。この作品が凡作と一線を画しているところがここにもある。おっこの両親が現れて当方もこらえきれなくなる。あの「別れ」がおっこを一人の職業人として目覚めさせるのだ。

当方のYahooレビューの文言を抜粋する。
画面のおっこが泣いているから泣くのではない。彼女の想いが、両親の死を乗り越えようとする健気さが、そして何より、若おかみとしてやっていくという決意とひたむきさに感動するから泣いてしまうのである。

この一文にすべてが言い表されていると考えている。さすがに10回、まではなかろうが、あと数回は積んでみたいと思っている。
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