イオンフードスタイル中崎町を終えて、高架沿いを大阪駅方面に向かって歩く。
今までは、茶屋町方面に上がって、横移動、しかルートがないと思っていたが、なんのことはない。高架沿いを歩けば阪急の梅田からなら、道一本でたどり着ける(戻っていける)。もっとも、高架のどちらかを歩くか、にもよるわけであり、正しくは、環状線側、ではなく東海道線側(北側の道)を歩けばいいということになる。
まさに青天の霹靂。迷わず阪急梅田駅に向かえ、しかもショートカットした体になっているから面白い。もちろん、ここまで戻れれば、TOHOシネマズは目と鼻の先。
17:00過ぎに到着したのだが、館内はやや混雑しているかのような体を見せる。まあ、金曜日で、当日封切の作品も多いからなぁ、と思っていたのだが、忘れていた。今日は14日でTOHOのサービスデーに当たっていたことを。
こんなアドバンテージがあるにもかかわらず、封切初日の「グリンチ」の4回目上映回は特筆するほど大量な観客で埋め尽くされるほどではなかった。時間帯のせいもあって、カップルがかなりの比率を占め、組数的には最多。お子様同伴の家族連れも5組ほど。ペア客はやや女性優位で、逆にソロは男性陣に軍配が上がる。ほぼ男女比はイーブンながらほんのわずか女性優位。平均年齢は、50代がほぼ見当たらず、30代後半が多く、20代もかなりいる。というわけで、30歳前半に位置しているとみられる。
幼少期のトラウマのせいで、クリスマスが大嫌いになってしまった、「53歳」のおっさん・グリンチ。犬のマックスとの二人暮らしだが、クリスマスの時期が近づくと、グリンチは不機嫌になる。街に繰り出しては、あの手この手でクリスマスを妨害しようとする。
そこへ現れた純真な女の子。サンタさんにお願いするべく…プレゼントを欲しがらず、母親を楽にさせることをお願いするという。でも、そう言ったことすべてがグリンチには疎ましい。
ツリーの点灯式の妨害も失敗。そしてとうとう、グリンチは、町中の家という家からクリスマスそのものを盗み出すという破天荒な計画を編み出す。
ラストに選ばれたのが、なんとシンディ・ルゥの家。まんまと罠にはまる偽サンタことグリンチ。それでも、彼女の心の美しさに感動するグリンチがそこにいた。
「心の中にクリスマスはある」という一言で、プレゼントや飾りではない、ということを具現化したラスト前の合唱シーンは、あれだけの熱量を持てている村の人たちの原動力だと知らされ、グリンチは180度態度と心情を入れ替える。
非難も誹謗も村人から受けないグリンチの謝罪シーンは、現代社会ではありえないカット。打ちひしがれるグリンチは今までの自分の行い…そもそも「クリスマスを祝えなかった」自分を責める。
でもパーティーに呼ばれ、そこで完全に和解するグリンチ。エンドクレジット内では、エキセントリックサイエンティストを生かし、村人と交流していくさまが描かれ、溶け込めている感じもうかがえる。
この作品も笑えるところは多々あるのだが、太っちょのトナカイの家族との遭遇シーンに「ああ、グリンチってただのひねくれ者ではないんだな」と思わずにはいられなかった。
ズバリ言います。「HUGっとプリキュア×ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ」といっていることはほぼ同じだった、ということである。グリンチとミデン。まさしく「さみしいから」「満たされないから」犯行を起こしてしまったのだ。でもそれをしても結局無意味だと知らされ、最後に和解する。カメラのミデンは使われ、グリンチはパーティーにも呼ばれる。エンディングは「そうなるだろうな」という、クリスマス系のお話の安定の予定調和なので、ぐっとくるとか感涙にむせぶといったところまではない。
だから、大傑作かと言われると厳しい。グリンチの造形によるところが多かったのだろうが、感情の起伏がもう少し大仰に描かれていた方が記号的にも面白かったのにな、と思う。
ファーストインプレッションは85点にしたが、童話が原作であり、やはり山谷の起伏が不十分。もちろんクリスマス映画としてみる分には安心して見られるので駄作でもない。レビューを書きながらの気付きがあったので88点とやや加点しておく。
吹替えキャストに関しては、全く問題なし。ミデン役と本作のナレーションが奇跡の同一人物と言ったあたりもなかなかできないキャスティングだ。大泉洋氏はもっともっと毒を吐くレベルのいやらしい演技を期待したが、そこまでではなく、でも及第点。シンディ・ルゥ役の女の子もめちゃくちゃ光っていた。
さて、年末進行と同時にお正月映画がこれから目白押しになる。とりあえず一発目から「ハズレ」でなかったことは幸いなスタートを切ったと思っている。
今までは、茶屋町方面に上がって、横移動、しかルートがないと思っていたが、なんのことはない。高架沿いを歩けば阪急の梅田からなら、道一本でたどり着ける(戻っていける)。もっとも、高架のどちらかを歩くか、にもよるわけであり、正しくは、環状線側、ではなく東海道線側(北側の道)を歩けばいいということになる。
まさに青天の霹靂。迷わず阪急梅田駅に向かえ、しかもショートカットした体になっているから面白い。もちろん、ここまで戻れれば、TOHOシネマズは目と鼻の先。
17:00過ぎに到着したのだが、館内はやや混雑しているかのような体を見せる。まあ、金曜日で、当日封切の作品も多いからなぁ、と思っていたのだが、忘れていた。今日は14日でTOHOのサービスデーに当たっていたことを。
こんなアドバンテージがあるにもかかわらず、封切初日の「グリンチ」の4回目上映回は特筆するほど大量な観客で埋め尽くされるほどではなかった。時間帯のせいもあって、カップルがかなりの比率を占め、組数的には最多。お子様同伴の家族連れも5組ほど。ペア客はやや女性優位で、逆にソロは男性陣に軍配が上がる。ほぼ男女比はイーブンながらほんのわずか女性優位。平均年齢は、50代がほぼ見当たらず、30代後半が多く、20代もかなりいる。というわけで、30歳前半に位置しているとみられる。
幼少期のトラウマのせいで、クリスマスが大嫌いになってしまった、「53歳」のおっさん・グリンチ。犬のマックスとの二人暮らしだが、クリスマスの時期が近づくと、グリンチは不機嫌になる。街に繰り出しては、あの手この手でクリスマスを妨害しようとする。
そこへ現れた純真な女の子。サンタさんにお願いするべく…プレゼントを欲しがらず、母親を楽にさせることをお願いするという。でも、そう言ったことすべてがグリンチには疎ましい。
ツリーの点灯式の妨害も失敗。そしてとうとう、グリンチは、町中の家という家からクリスマスそのものを盗み出すという破天荒な計画を編み出す。
ラストに選ばれたのが、なんとシンディ・ルゥの家。まんまと罠にはまる偽サンタことグリンチ。それでも、彼女の心の美しさに感動するグリンチがそこにいた。
「心の中にクリスマスはある」という一言で、プレゼントや飾りではない、ということを具現化したラスト前の合唱シーンは、あれだけの熱量を持てている村の人たちの原動力だと知らされ、グリンチは180度態度と心情を入れ替える。
非難も誹謗も村人から受けないグリンチの謝罪シーンは、現代社会ではありえないカット。打ちひしがれるグリンチは今までの自分の行い…そもそも「クリスマスを祝えなかった」自分を責める。
でもパーティーに呼ばれ、そこで完全に和解するグリンチ。エンドクレジット内では、エキセントリックサイエンティストを生かし、村人と交流していくさまが描かれ、溶け込めている感じもうかがえる。
この作品も笑えるところは多々あるのだが、太っちょのトナカイの家族との遭遇シーンに「ああ、グリンチってただのひねくれ者ではないんだな」と思わずにはいられなかった。
ズバリ言います。「HUGっとプリキュア×ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ」といっていることはほぼ同じだった、ということである。グリンチとミデン。まさしく「さみしいから」「満たされないから」犯行を起こしてしまったのだ。でもそれをしても結局無意味だと知らされ、最後に和解する。カメラのミデンは使われ、グリンチはパーティーにも呼ばれる。エンディングは「そうなるだろうな」という、クリスマス系のお話の安定の予定調和なので、ぐっとくるとか感涙にむせぶといったところまではない。
だから、大傑作かと言われると厳しい。グリンチの造形によるところが多かったのだろうが、感情の起伏がもう少し大仰に描かれていた方が記号的にも面白かったのにな、と思う。
ファーストインプレッションは85点にしたが、童話が原作であり、やはり山谷の起伏が不十分。もちろんクリスマス映画としてみる分には安心して見られるので駄作でもない。レビューを書きながらの気付きがあったので88点とやや加点しておく。
吹替えキャストに関しては、全く問題なし。ミデン役と本作のナレーションが奇跡の同一人物と言ったあたりもなかなかできないキャスティングだ。大泉洋氏はもっともっと毒を吐くレベルのいやらしい演技を期待したが、そこまでではなく、でも及第点。シンディ・ルゥ役の女の子もめちゃくちゃ光っていた。
さて、年末進行と同時にお正月映画がこれから目白押しになる。とりあえず一発目から「ハズレ」でなかったことは幸いなスタートを切ったと思っている。