多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2019年03月

2019.3.14 立て続けの秀作 「天国でまた会おう」鑑賞記

毎度書いているのだが、予告編を見た後に「これは見た方がいいかも」「当たり発見ww」などとなる作品に出会えるから、私は、基本、開場時刻(予告編を含めた上映開始時間)に劇場に着いていることを基準にしている。

瀧と三葉のラブストーリーに端を発した「君の名は。」を鑑賞し始めるときから、この慣習は続いている。ちなみに第一回目の時は、電車の遅延に巻き込まれ、満席だったものの、予告など見ている暇すらなかった。
シネ・リーブルとか言う、「名画」「ニッチ」な作品しかやらない劇場がマイ劇場にならんかとする事態にまで来ているわけだが、今回も、そこのラインアップでビビッとくる作品を見つける。それが「天国でまた会おう」であった。
第一次世界大戦がバックボーンであり、それからの数年間だけが描かれていたわけだが、時代考証も含めて、素晴らしく手の入った作品であった。

モロッコで捕まる一人の中年男性の語りで物語が始まる設定。従軍時にあわや窒息しそうになったところを助けてもらった若き将兵は、銃弾の直撃を受けて下あごを失ってしまう。命の恩人の瀕死の重傷に心を痛む男性だったが、看病を通じて怪我した彼に家族とのわだかまりがあることを知る。そこで男性は、この将兵を「死んだ」ことにして、別の人生を歩ませようと試みていく。

では評価である。
実は『ギルティ』の100点は、すべての設定も、最後のどんでん返しも間違いなく一級品だったから付けられた点数である。しかし、この作品は、関わった人も多いうえに、むなくそ展開も若干ある。そう言った部分を判断して98点にしたのだが、ランキング上では、この作品がギルティを抑えてトップに現時点で立ったと報告しておく。

まず、前段の第一次世界大戦の戦闘シーンですら、一切の手抜きなしでやっていると思わせてくれる。特殊効果で表現できない時代なら全部リアルでやったものだろうが、それでもなかなかにリアルっぽさも出ているところが面白い。無一文に近い状態でパリに戻ってきた二人だが、ボロ家に身を寄せ厭世生活をするようになる。だが、ここで命の恩人の姉から招待を受ける。このあたりから人間関係の複雑ぶり…あの将校が、この家の娘婿に取り入り、さらに軍人墓地の事業で巨万の富を得ていることなどが明らかになっていく。
軍人生活を終えてですら付きまとってくる将校。だが、結果的にわなを仕掛けられて失脚寸前にまで追い込まれる。このあたりの落ちていくさまは今までのことを思えば「ざまーみろ」(報瀬 談) と言いたくなってしまう。最後も彼らしいといえば彼らしい。

慰霊碑の原案を書いたのが息子だと気が付いた総裁と息子との和解のシーンもいやがうえにも感極まる。そして、なんとなく読めてしまった・・・その先が。彼にはそれしか手がなかったのだろうか?
感動のラストシーンは「そうだろうね」となること請け合いなのだが、そこに至る前段の説明も腑に落ちる。「復讐してくれてありがとう」ではないにしても、この粋な計らいあればこそ、である。

エンドロール終わっても、このラストをかみしめてなかなかに椅子から立ち上がれない。こんな作品もそうそう出会えるものではない。でも、できることなら、ラストは『4人』でむかえてほしかったところである。

もう一度かく。作品に何か落ち度はあるのか?

最近当方も映画づいている。
いや、「づいている」なんて言う言葉では表現しきれないほどのはまりっぷり。すでに3/10時点で27作品には触れている格好である。

でも、今年は意外とハズレも何タイトルか見てしまっており、本数が多くなると合わない・評価できない作品に出会う比率も高くなるのでは、と思ったりしている。それでも、当方は映像そのものまで全否定したことは一度もない。あの「ちいさな英雄」であっても40点だし、アニー賞とったとやらでニュースにもなった「ミライ」が70点だったことからもそれがうかがい知れよう。

結構脇役でならしていた俳優の麻薬、それも確実に組織犯罪の匂いのする覚せい剤(コカイン)使用での逮捕劇が、芸能界にもたらした衝撃は確かに大きいだろう。
→第一報を聞いたときは「マジで」を何回言ったかわからない。そういうこととは無縁の存在だと思っていたから。こちらが第一報のニュース記事。
犯罪者が出た作品に対する対応にいつでも忸怩たる思いを強くする。「シン・ゴジラ」にも出ていた小出恵介、つい先ごろの新井浩文も、いろいろと取りざたされたりもしていた。

だが今回はあまりに影響が大きすぎる。なんてったって、NHKの大看板である大河に重要脇で出ているのみならず、ちょっとタイトルでググっと来ている映画 「麻雀放浪記2020」では、バッチリ主要メンバーに名を連ねている。そのほか、今年公開予定の作品が「麻雀」含めて3本。関係者が頭を抱えている事態が容易に察しが付く。ちなみに「麻雀」は4月5日公開という、もう編集も何も間に合わない状態。これでどうするのか、は興行界の一つのモデルケースになりそうな気がする。

前回の新井の時にも私はこう書いた。
これから公開・放送予定の作品のお蔵入りはまあわからないでもない。しかし、それまで善行?でならしていた彼の一度の間違いが作品にまで波及するという悪しき前例は、これっきりにしてもらいたいのだ。

例えばCMが打ち切られるのは、さすがに採用した企業にも理がある。イメージとしてその人を使ったのに悪いイメージが植え付けられるからだ。
しかし、撮影当時は犯罪者でなかった、参画した作品のすべてがその人が一度お縄を頂戴したことでとばっちりを受ける、現在のシステムには疑念を感じざるを得ないのである。
ツイでも私は発言したのだが「作品に罪はない」のだ。罪を憎んで人を憎まず。この精神にどうして立てないのかが今もって謎である。
新井の件からあっという間の逮捕者。「シン・ゴジラ」には328人もの俳優が出ているそうだが、ご多分に漏れずこの人も出ていた。全員がパクられることはないにしても、それだけ逮捕者が出れば、この作品も放送という舞台では危うくなる。もう本当にこれ以上世の中を惑わしてほしくない。

むしろ、今回の件ではっきりしたことがある。
「それだけ関わった作品が抹殺/消されていくなら逆張りをしても面白いんではないか」と。
死んだら追悼番組が組んでもらえる。だとしたら芸能界的に「死んだ」この人の功績を偲んで作品を放送することは不謹慎でも何でもないと思う。もちろん、それが最後で以後放送しなければいい。そして罪を償って出てきたら、また放送を再開すればいいのだ。
どうしてこういう方向に向かないのか、と思ってしまう。みんな揃って右に倣え。むしろこの統一感に気分が悪くなる。何度でも繰り返す。作品が悪さ・犯罪を犯したわけではないのだ。

そろそろ始めますか・・・店コード順解析

「訳わかりません」。
たしかに一定の基準・・・自身で考えていた想定と全く違う回答が得られたのだから、困惑して当然である。
だが、「この店舗コードの並び順に根拠が絶対あるはず」とは思っている。

だからこそのコード解析なのである。
おぼろげながら、このコード表を眺めてみると、少しだけ光明が見えてきた。
→こちら。
山陽マルナカ190226


それは、三国と此花の間のちょっとした断絶である。
そこまでの並び順は「50音順」だとほぼ確定できる。山陽マルナカがHPを作り始めた時に付けた、地域(府県)別/50音順の並びでほぼ間違いないとみている。

ここで新規に振られたダイエー版の店コードにも注目してみる。
→こちら
山陽マルナカ190301

もし、開設順だとすると、富雄南(0500/0870)がこの位置に居るのはややおかしい。摂津/三国あたりは確かに新しい感じはしたものの、富雄南の実質的な開店日である2014.10.17/屋号がマックスバリュから変わった2017.4.1 基準でもここにいることがやはり気になる。
もっとも、大東寺川(0508/0875)がこの位置にいるのは何となく察しがつく。つまり、今回移管店舗の殿はこの店舗以外に見当たらない、ということである。
あとは地道に各々の店舗の開設日を拾いながら解析するしか手立てはなさそうである。
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