多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2019年06月

2019.6.30 まさかのごぼう抜き 「劇場版FF14 光のお父さん」鑑賞記

今年に入って、早くも50タイトル超の鑑賞を終えた。
いくつか、あまりに凄すぎて、場内が明るくなっても素直に立てないといった、余韻の凄すぎる作品があったのだが、せいぜい外国映画どまり。そんな、雰囲気の出せる邦画が出てくるのなんか10年早い、とおもっていた。それでも、「羊と鋼の森」「長いお別れ」「かぞくへ」と、その片鱗は見せてくれていた。

しかし、である。
ゲーム業界の一大名跡である「FINAL FANTASY」の最新版を通じて繰り広げられる人間ドラマと、熱いゲーム中の動画がここまでシンクロし、大感動をもたらすとは、想いもよらなかった。
もちろん、触発させたのは、この人のブログである。「物語る亀」さんの当該作品のブログ

実は、配役の時点で少しだけ触手は動いていた。父役の吉田鋼太郎は、「帝一の国」(未見)でのコミカルな演技からこっち、目が離せなくなっている俳優の一人だし、坂口健太郎といえば、「今夜、ロマンス劇場で」での、綾瀬はるかとのギャップがすごすぎたものの、芝居の面では及第点を上げられるレベルだったので、このダブル主役がどう影響するかは見ものだった。
主人公は、タカオ(リアル)であり、マイディー(FF内)である。序盤の幼少期のタカオと父の思い出話の部分は、そこまで必要なのかな、と思っていたのだが、ここの伏線効果がすごいことになるなんて、夢にも思わなかった。
専務昇格を人づてに聞いたのに直後に会社を辞めてくる父。でも母は、その決断に恨みごとひとつ言わない。二人の子供も同様の感じ。要するに、父親の存在が、それほど大きく描かれていない一家であるともいえる。
父の内面を知るべく、以前二人でやったFFの最新版をゲーム機と一緒にプレゼントするタカオ。ゲームの中のギルドの面々に、「父をよく知り、一緒にプレイしたい」という「光のお父さん」計画をぶち上げるのだった。
しかし、とっつきの悪い父。しかし、何かが動いていく。かくして、ゲームにはまっていく父。
その父を中心に、タカオの会社での活躍や、妹・ミキの彼氏問題、そして何といっても、自身の病気罹患問題。これらがまとまって描けるというのだろうか……そして、最大の敵・ツインタニアは倒せるのだろうか……?

初見の段階で、私は最後の父の告白部分で感涙にむせんでいた。だが、息子・タカオが今まで隠してきた正体を明かした時の父の(リアルな)表情に感じ入ったと思ったら、チャットでこんなことを言い出したのだ。
「今度は一緒に倒せたんだな」
この瞬間、私の感情はどうしようもなくなった。いまでもこのセリフをかきながら、その時に襲われた感情に流されている。
そう。父は、以前のバージョン(ファミコンのFF3)で、息子と一緒にクリアすべきラスボス戦に参加せず、タカオが一人でクリアしてしまったことに引け目を感じていた。それを今までずっと覚えていたのである。
父は、よそよそしくなったんではない。まして忘れているわけでもない。常に子供のことを思っているからこそ言い出しにくい本音がゲームの中で吐き出せるのだ。そしてそれを知る我々は、父の偉大さ/奥ゆかしさを同時に味わい、感動させられるのである。
実は、前日譚がある。「一緒に戦うとこ、見ててくれへんか」といった父に、タカオは「仕事が忙しいから」と、幼少期の父が言ったそのままに、意趣返しのような返答をしてしまう。この見せ方の素晴らしさ。今や主従が逆転した関係をここで浮き彫りにし、そして父が言った言葉がそのままコピーされて口から出てくる。それでも、無理強いしない父。つまり、これは自分がしたことを今自分がされていることを理解したからこそ、目も合わせず、ツインタニア戦の予習に没頭するのだ。父にしてみれば、あの時の約束がいまだに尾を引いているのか、と思っていた部分もあるし、同じこと確かあったな、ということの振り返りもあったと思う。だから、自分が(ゲームの世界の中で)自立するためにも、この戦いは負けられないものだったはずである。

もう、この辺でいいだろう。

6/30。よもや、上半期の締め切り当日に、「一位」作品を見ることになろうとは、夢にも思わなかった。採点は100点なのだが、心の中では125点くらいである。
今まで親子関係を描いた作品は数知れない。子供青年/親父中年以上という設定が過半を占めるが、父が、世界と向き合い、人として成長する作品は意外なほど少ない。だが、それは不器用だからこそ、また、想いを素直に表現できないからこその結果であり道しるべだ。この作品は、図らずも本心や内面がゲームによって曝け出されたことが大きい。だから、表に見える現実と、実際の考え方を語るゲーム内のチャットシーンはものすごく重要な意味を持っている。








2019.6.28 「きみと、波にのれたら」2回目鑑賞記

朝一をガルパンで決めたこともあり、すんなりと三本目の鑑賞と相成る。それが、当方も傑作のレッテルを張らせていただいた「きみと、波にのれたら」である。

返す返すも、前半の描き方があまりにイチャラブ過ぎたところが評価のわかれるポイントになってしまったのが痛い。実は、濡れ場こそないものの、二人が愛を確かめ合っているシーンは描かれている。も・ち・ろ・ん、全裸を想起させるレイアウトで、である。ここらあたりで妙に醒めてしまった人もいたんではないか、と思ったりするのだ。

ここをこのようにしようと思った理由はいくつか挙げられようが、やはり私は「ここまでくどくどと書いたことで、二人の絆は固く、永遠に続いていてもおかしくなかった」とする設定を見せつけたうえで港を死に追いやったのだと思っている。そしてそれをオーラス手前のメッセージの代読まで引っ張ったことで、ひな子の涙腺を一気に崩壊させることにしたんだと思う。

死を受け入れられないとはいえ、港が亡くなってから、画面上は一度も泣いていない(携帯ロックが解除されて、本来送るべきラインの内容を確認したときに上を向いて、涙をこらえている描写はあった)。泣かずに何とか気丈に過ごしてきたはずのひな子。でも、「ずっと、ずっと」の連呼を聞いてしまう。永遠に続くはずの港との関係の「最後」がこのメッセージで締めくくられる。そりゃあ、今まで押さえていた喪失感、隣にいない実感が一気に勃興しておかしくない。

泣きの演技が下手、という指摘もあるし、そこは否定しない。だが、これまでの大泣きのシーンで比べると、やはり、一年目の片平嬢の泣きのシーンとは一線を画する。泣けばいいというものではないが、こんな風にうまく演じないことも重要なのかもしれないと思ったりする。上手いだけではなかったところを大きくほめたいと思う。

監督が初めて挑んだラブストーリー。うまくなくて当然である。もっと言えば、初回から大傑作を出そうものなら、大変なことになってしまう。湯浅監督だから、次は、もっともっとエモーショナルで、我々のハートをがっちりつかめる作品にしてくれるだろう。

2019.6.28 ひらパー兄さんの本気度w 「ザ・ファブル」鑑賞記

V6・岡田准一といえば、今やジャニーズ事務所きっての演技派であり、大河の主演だけにとどまらず、日本アカデミー賞ながら、主演/助演をダブル受賞するなど、ひとたび出ればその活躍ぶりや演技は、かなりの評価を得られている。
「海賊とよばれた男」(未見)でもかなりの好演だったし、「散り椿」(未見)の殺陣は美しいとまで表現されるほどだっただけに見逃したのはいたかった。

そんな岡田クン主演の映画「ザ・ファブル」は、そのタイトルのスタイリッシュさもさることながら、単調なピン芸人のギャグに馬鹿笑いするそんな殺し屋がいるのか、というギャップ差にどういう反応が出てくるのかが見ものだった。
冒頭。海外マフィアと手を組むやくざ組織。そこを急襲したファブルこと岡田。のちに佐藤明という偽名を与えられるのだが、このワンシークエンスだけで20人近くを血祭りにあげる。
だが激しすぎる仕事っぷりに、佐藤浩市演じるボスに、大阪に一年殺しをせずに生活しろ、と命令される。自分が愛用し、肌身離さず持っていた拳銃は、禁を犯して大阪に持っていくが、これが功を奏する展開になる。
大阪で面倒を見ることになったのは、ボスと昵懇な間柄の真黒組。表向きは組を標榜していないが、やくざそのもの。面接も終えてファブルの殺し屋の素質を見抜いた組の若頭(的な立ち位置だろう)・海老原(演:安田顕)が世話をし始める。
殺せないとなった時に彼の頭によぎるのはへたれた一般人を装うこと。でもそこにプロとしての計算高さも提示される。瞬時に相手勢力の技量を見極め、対処するなど、殺し屋だからできる芸当である。そこへやってきたのは、以後大きく絡むことになるミサキ。海老原とも関わりがある様だった。そしてそこに今作最大の悪役が出所し、姿を現す……

胸糞展開もさることながら、簡単に人が死んでいく展開はさすがにやくざ映画である。しかし佐藤はとことん命令に忠実である。海老原に誘われ向かった倉庫のシーンでも、息の根は止められるのに瀕死止まりで殺しはしない。最後にクーデターを図った砂川(演:向井理)のアジトでも、殺していないとわかる描写にとどめてある。ファブルを襲名しようと殺しにかかった別の殺し屋・フード(演:福士蒼汰)にしても急所は外してあった。
そして何といってもストーリーに絡みまくった小島(演:柳楽優弥)の恐ろしいまでの悪党ぶりが目を覆う。悪行は数知れないが、結果的に砂川の逆鱗に触れ、たまたま一緒にいたミサキまで巻き込むことになってしまう。

得点は88点だ。
個別の演技はなかなかいい。例えば、海老原役の安田顕なんか、いつの間にここまでバイプレイヤーを確立したの?と言いたくなるし、柳楽優弥に至っては、ほかの作品(響だとか、銀魂)の演技が嘘のような、くずっぷりを披露。このまま悪役のイメージが付きかねないほどの怪演だった。
そのかわり、大きく足を引っ張ったのは、向井理だったり、ミサキ役の山本美月。向井はこの手の作品には向いていないし(やくざには到底見えない)、山本に至っては「しゃべんなっっ」と言いたくなる始末。決定的にスキルや量が足りないとわかってしまうのが残念だ。
某作品で物議をかもした佐藤浩市も、影があるように見せながら、彼自身のバックボーンをもう少し見せておかないと、どうして明を育てることになったのか(実子かどうかも含めて)といった基本的な部分がわからないままで終わってしまう。しかも、彼はご丁寧に大阪に出向いて後始末までやってのけている。どんだけ子離れできていないんだ、と思ってしまう。
岡田演じる明は申し分ないが、妹を自称した洋子を演じた木村文乃がなかなかいいキャラとして描かれている。立ち位置を理解している彼女らしい演技は明をサポートするのに十分だった。
ストーリーは、あまりの出だしに中盤中だるみしそうになったが、そこを幼少期の明の回想をインサートすることで持たせたところは評価したい。そしてジャッカル富岡で大笑いする明は実は人間臭いただの人だったと知らされるのである。

最後に苦言を言うなら、せっかくのレディー・ガガの曲。エンディングだけでなくほかの箇所でも流そうと思えば流せたはず。曲が流れてショータイムが始まると思っていただけにかなりがっかりした。
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