多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2019年10月

2019.10.27 またしても スタートゥインクルプリキュア 劇場版鑑賞記

私が劇場で映画を見ることをいとわなくなって、3年余りが経過した。
結果的にこのブログも、映画レビューブログ化してしまっており(まもなくいろいろ記事は上げます)、そろそろ方向を戻さないといけない状況に陥っている。

それでもスクリーンに対峙することを止められないでいる当方。
12月は「片隅」だけでお腹いっぱいになりそうなのだが、それ以外も良作続きでどうしたものか、と思ったりしている。その意味では、「天気の子」は「アナ雪2」直前で終焉がほぼ確実。つまり、世代交代はなされ、私を含め積めなくなることは必至となるのだ。

洋画大作にも触手を動かしたかったサービスデーだったが、結局「大きいお友達」の一員としてプリキュアの新作映画をターゲットにする。
実は「オールスターズメモリーズ」を越えうる作品って現れるのか、と思っていた節があり、春先の作品はスルーしていた。なので今回も、特に単体であるがゆえに、どこまで話を持っていけるのか、が焦点だった。で、結果的に見ない方向に公開当初はなっていた。ただ、何人かのツイ主が「見るべし」というメッセージを残しているのが気になってしまっていたのだ。

ストーリーは、比較的簡単。新星爆発の際に生まれた星の子供……スタードロップを巡って、守るプリキュアとハンターたちとの争いが描かれるのが本編となる。
だが、この作品は、どちらかというとストーリーよりも、音楽の持つ意思疎通というものに重きが置かれている。言葉の通じないUMA。しかし、彼女たちは、このUMAが音楽には反応することを見出す。そして、落ち着かない彼をララは歌うことでおとなしくさせたのだった。
このファーストコンタクトが、その先の大きな伏線になっているとは夢にも思わなかった。邪悪な心に触れてしまったことで、自身も巨大な暗黒惑星を作り出してしまうUMA。それを収めようとするひかるとララ。このシークエンスは、以前のミデンの暗黒面に落ちていくキュアエールと同じ作劇にしてあり、いわば、本物のピンチに館内が立ち上がるべき演出になっているのだが、あまりに高尚過ぎて館内は追いついていなかった。
そして、またしてもエンディングで私はしてやられる。「Twinkle Stars」は、このUMAが落ち着いた旋律が冒頭で使われ、たださえ涙腺がやばくなっている私を追い込んでくれた。ここ最近のクロージングのレベルの高さには脱帽である。
得点は、ズバリ93点になった。もう少しずっこけ系の笑いとかはほしかったし、犬型警察もレギュラー陣かと思いきや、今回の特別設定(しかも、知念里奈という忘れ去られた方が使われたのみならず、エンディングも彼女が歌唱したバージョンが使われている)。ストーリーが薄くならざるを得ないのがプリキュアなのだが、それでも演出、そして音楽面に大いに振った作風に感服する次第である。
音楽で、異星人/言葉の通じないものとの交流を描く、といえば、名作「超時空要塞 マクロス」シリーズということになるのだが、いみじくも「物語る亀」さんがそのことに言及しているではないか?!
もちろん、プリキュアの場合、歌は後付け。それでも、名作のエッセンスをうまく取り込んで、分かりやすく咀嚼できる製作陣の凄さは本物である。

半年に一作というハイペースで送り出される作品。70分余りながら、ハズレがほとんどないというのは本当にすごい。単に「多様性」だけを追い求めているからではない内容に、大きいお友達はもとより、親世代にも十分に訴求する内容である。

2019.10.27 21回目の「天気の子」鑑賞記

じっとりと頬を濡らして、「空の青さを知る人よ」を見終わる。
ここから1時間以上間が空く。願ったりかなったり、で当方は少し早めの昼食にあり付く。久しぶりのカツどんだったが、なかなかおいしかった。

昨日10/26は、公開100日目だったそうだ。実は当初無理してでも行く気になっていたのだが、21時公開の「グランドエスケープフルバージョン」に出会うために、ほぼ何もかもすっ飛ばしてパソコンにかぶりついたのだった。
結果は……言うまでもない。鳥肌が立つ、なんてものではない。PVには、新作カットも挿入。中でもラストシーンは、もはや「その結末しかないですよね」といいたくなる〆を持ってこられて、喜ばしい半面、当たり前すぎて意気消沈する。
だが……
私も物書きの端くれ。いま仕上げつつある帆高の島での生活編は11月までには仕上げたいところだ。

話が脱線した。
回数を見るごとに、号泣ポイントが前に前に移動している。ラストシーンはそれほどでもなくなりつつあるのに、グランドエスケープ……帆高が陽菜を追い求めるシーン、あのアツいセリフあたりで堪えられなくなりつつある。
帆高に感情移入することが難しかった序盤の鑑賞回。そこにあるのは、帆高がやはりそれなりに犯罪を犯していることに寄る部分が大きかったとみる。それにもまして、やはりストーリーがストレートすぎて、時系列の混濁もなく、いわば中盤の中だるみも影響している。
でも、それらを完全に回収した後半、ラスト。もうこの作品が生涯ベストにしてもいいくらいの心境に至っている。館内は、70人程度が参集。それでも、10代後半から20代前半の集まりの良さに少し胸をなでおろす。やっぱり、この手の作品は、とうの立ち過ぎた私らみたいなおっさんが支持するのではなく、まっとうな、未来ある若い人たちに支持されないといけないと思う。

2019.10.27 今日も3連チャン ゞの青さを知る人よ 2回目鑑賞記

ハロウィーン動員をもくろむTOHOシネマズが、1200円で一週間連続で見られる週間を設定してきた。仮装する/お菓子をもらえるという子供向けのイベントだったはずだが、今や、騒動になるくらい、日本に受け入れられている。

一週間限定とはいえ、その中に日曜日も含まれているとなったら、はしご不可避である。
新規開拓も含めて、今回は、TOHOシネマズ伊丹を鑑賞地に設定する。
もともとダイヤモンドシティだったこともあり、イオンモールの中に入っているTOHO系という変わり種。だが、いつも思うのだが、ここはそんなに大混雑するイメージがない。何度か「君の名は。」鑑賞時に赴いたし、今のシネマイレージカードを作ったのもここ。結構曰くありな場所でもあるのだ。

朝イチは、「空の青さを知る人よ」の2回目鑑賞。平易なストーリーで、別に見直し必至、というレベルではなかったのだが、今回の鑑賞は、いわば「完全に手のうちに入れる」ための鑑賞であった。
特に、「なんでしんのがあのお堂に居たのか」を確実なものにしたかった。答えは簡単で、彼こそは、ギターの精だったのだ。13年放置され、弦もさびている。オープニングでケースを触る描写があったので気になっていたのだが、そこに入っていたのは、ギター本体ではなく、想い出たち……ライブ告知のチラシや、メンバーと幼いあおいと撮った写真などが入っていて、ギターはこのお堂に置き去りにされていたのだった。
だからお堂から出られないのも導き出せる。そして、遂に脱出が可能になったその時、彼は、ギターの束縛から解き放たれるのだ。

うーん。なかなかにいい見せ方ではないか。
しんのと慎之介の対峙シーンは、ここ最近のアニメーション演出の中でも屈指のレベルのセリフの応酬だった。みんな熱い。だから我々も感じ入ってしまうのだ。
ラストのあおいの泣き。私が同じ立場でも泣いてしまっているだろう。「泣いて……ないし」と強がるあおいの、本当の弱さと、泣くことで前を向くことに舵を切った決意を見出すのだ。

及第点には少し足りない成績に終わりそうな「空青」。それでも、かなりの人に良い印象を植え付けたこともまた事実である。私自身が複数回観る=良作認定 なのもうなづけるところである。
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