多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2019年12月

2019年投稿終了&閲覧御礼

2019年は、7月の「天気の子」解析を含めて、大量に投稿したはずなのだが、気が付けば映画レビューブログみたいな状況になってしまった。
もちろん、このままで終わろうとは思っていない。これまで投稿せずに終わってしまっているいろいろな題材(特にダイエー系)については早急に記事を上梓していきたいと思っている。
何しろ、2020年3月にKOHYO系がダイエー入りする。三宮にあるKOHYO三宮店は、なんと、地下通路(40mくらい)でダイエー神戸三宮店(0622)と繋がっているのだ。ここまで近接しているライバル店がイオンの声かかりとはいえ、同一企業の系列下に入ることは想定外だった。
それも含めて、今現在、KOHYOの店コード(これは、イオンスタイルの店コードになっているので、出向いて確認する必要がないのがいい/WEBで完結)を順に拾っている最中なのだ。

2020年は、映画もさることながら、この、再編に伴う「全店制覇」に注力しないといけないと思っている。
まあ、目標があることはいいことだと思っている。
「中の人」でなくなってほぼ半年。それでも関係を持ったりはしているので、まだまだ終わることはないと思っている。

2019年はそう言ったわけで、いろいろバタついた一年だったが、2020年もご愛顧いただければ、作者としてこれに勝る幸甚はないものと思っております。来年もよろしくお願いいたします。

2019.12.22 久しぶりの洋画 「ヒックとドラゴン」鑑賞記

2019.12.20。
想像通り、「スターウォーズEP9」の一人勝ち状態。当方的には「これを押さえて2位分捕れるぞ」と意気込んだ「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、そもそも箱がなく10位にも入らない(18位)大幅な出遅れ。ヒロアカが原作持ち/ファン層に訴えかけたこともあって2位、アナ雪は大失速で、1000万人は厳しくなったかもしれない。

そんな20日スタートの作品の中で当方がひそかに押していたのが「ヒックとドラゴン 聖地への冒険」であった。予告の段階で、3Dアニメーションではあるけれど、光線の当て方とかは2Dを意識した動き、つまりそれほどてかりを過剰に表現していない。立体的に見せるよりは、動き重視にしたのではないか、と思ったりしていた。
なので当方もそこそこに期待する。ネガティブに考えるなら、3部作の3作目、物語の終焉をどう見せるのか、が焦点だった。

日曜日のOSシネマズミント神戸の夕方回は字幕。「うーん、字幕かあ」にはなったけれど、作品の第一印象を日本語で押さえてしまうのは違うと思い立ち、この選択にした。
まだ3日目、さぞや埋まるだろうな、と思いきや、ペア3組、ソロは男性3人女性一人。ぎりぎり10人は見てくれたわけだが、早くも公開末期症状で先が思いやられる。ちなみにロビーがごった返していたのだが、それもこれも、宝塚歌劇のライブビューイングのなせる業。「すべらない興行」という意味合いでも、宝塚というコンテンツは捨て置けない。

物語は、ドラゴンたちであふれかえるバーク島からの「引っ越し」とそれにまつわる二組のカップルの恋の行方、に焦点が絞られる。
特に気に入ったところは、トゥースとホワイトフューリーとのほぼ初めてといえる邂逅と、求愛である。ここをヒックのセリフ以外、余計なしゃべり無しで音楽と行動だけで見せ切ったところがすごかった。相手にうまく感情を伝えられない、表現できないトゥース。気が付けば、人間のヒックに助言を賜ろうとする始末。それだけ彼に野性味は失われ、人間との共生を果たせているはずなのに、恋の前には、そう言ったしがらみがかえって邪魔になる。
最終的に二人は結ばれ、「王」としても君臨するのだが、このシーンが、ライオンキングやゴジラKOMがよぎったりするので、あんまりいい演出とは言えなかった。
仮住まいのはずの休憩地がバーク島になっていく描写にはやや強引さと説明不足を感じたのだが、ここで言いたいのは、本来はドラゴンとの共生の話になっているのに気が付けば人間だけで話を進めていくという部分である。
この作品もご多分に漏れず、「文化の異なるものとの共生」「恋愛がもたらす効果」「強い女性」といった最近の風潮に影響を受けている。二つのカップルの恋の行方がメインテーマだから、ほかの事柄が全部脇筋どまりになってしまったし、悪役のその悪を行う大義=正義とは何かも弱く感じた。
というわけで88点どまりとした。山谷があまりに薄いのだ。クライマックスの、ハンターたちの船団を壊滅させるシーンも見どころはほぼなし。暗闇で戦っていることにしたおかげで全然上がらないのだ。
悪手しか目立たないかというとそうではない。バーク島でのワチャワチャする感じは満漢全席といってもいいくらいの色遣いと壊れていくものたちの描写に息を飲むこと請け合いである。トゥースのスピード感などもよく表現できている。

ラストシーンは、予定調和感ありありながら、3部作のラストをきっちりかざってくれてほっと胸をなでおろす。斜め上の結論とかがないだけでも、このシリーズはよくできたと思ったりする。

2019.12.16 現代劇に振りすぎた 「カツベン!」鑑賞記

私自身は、周防正行監督作品は初対峙である。地上波でも一度も見たことがないはずで、特に上白石萌音嬢主演の「舞妓はレディ」を見逃しているのは如何ともしがたい(まあ、このとき映画鑑賞が趣味にはなってませんからね)。
だが、「Shall we ダンス?」をはじめ、肩の凝らない作品を作らせたら、右に出るものはいない。なので、登場人物のいかんを問わず見る気満々になっていた。

月曜日、というより、16日はOS系のサービスデー。ナイト回では割引率としてもうまみはないが、1200円で新作も見られるとなったら、見ない手はない。
で、勇躍劇場に突撃するのだが……
ソロ男女2名ずつ、カップル二組、以上wwww閑散ぶりに驚くばかりである。

すでに映画は市民にとっての唯一の娯楽ではなくなりつつあり、一時期の不振を払拭したとはいえ、黄金期からは程遠い動員でしかない。その上、映画を取り巻く環境は日々進化している。スクリーンで勝負しないでも「売れる」と認識されつつあるNETFLIX専用のドラマや映画が勃興し始めている。劇場の中でも、普通にスマホが使われ、マナーの低下には歯止めがかかっているとは思えない。
そんな中でトーキーが出張ってくるまでの過渡期に活躍した映画を説明する「活動弁士」の存在。特別な役割であるとは思うが、トーキーが主流の今の状況では、完全に時代の遺物。彼らのまともな仕事ぶりが言われる、そっちに重きが置かれるのか、と思いきや……
思っていたのと違う、部分を差っ引いても、90点までしか得点できない。それは、別に演者がどうこう、というのではなく、どうしても現代寄りの解釈の元で映画を作っていると理解したからである。
詐欺師の片棒を担ぐことになってしまった弁士志望の男性の悲哀と実力をまざまざと見せられるわけだが、クライマックス手前、成田凌演ずる国定(偽名)が持ちだそうとした缶缶の中身でほっとするのかと思いきや、逆にがっかりしてしまった。
そこに本来入っていたのは、フィルムの切れ端。しかし、それは技士の想いのたまものでもあった。それを救出しようとした国定。だから、その中身の変遷ぶりに「想いのつまった」あの缶缶を救出しようとしたんではなくて??という考えに至らないともやもやしてしまうのは仕方ないかもしれない。もうひとつ。防火性能で劣る缶缶で、中身が焼失しないとはできすぎだし、仮にフィルムが紛れていたなら完全に燃えていたはずだ。ここはやはり無理があった部分だと思う。
ただ、「実際にあった無声映画」を使わず、ほぼオリジナルで劇中劇を作ってしまったのには驚いた。それに気が付いたのは、冒頭のシーンもそうだが、なんと!!モネネンが、「寛一お宮」を模した砂浜で演じるシーンに出ていたのだ。まさに周防繋がり。ここは映画ファンなら見逃せないところだったかもしれない。
それにしても、今年の映画は、子役でドキッとさせられることが多かった。冒頭の10数分間もただの捨てシーンかと思ったら大間違い。最後半に伏線となる重要なシーンも設定してあるのだが、このあたりのさじ加減はさすがだ。
締めのドタバタ、箪笥のシークエンス。笑いどころがもう少しふんだんにあったらよかったのに、と思わずにはいられない。
この期に及んで、大正後期から昭和初期のトーキーが出張ってくるまでの数年間を描こうとしたのは、監督が「変革期」を感じ取ったからだ、と邪推する。正統派弁士があの一件から、姿を消してしまうあのシーンで「もう時代は変わったんだ」を思わせるシーンにしたのは大きかった。これからスクリーンで見られる映画というものも大きく変容してしまうかもしれない。それでも、いろいろ盛り込み過ぎて、監督だからこそ伝えようとしたメッセージがきっちり伝わったかといわれると、難しい面は多々ある。
興行界の裏の部分にもやんわりと攻めた監督。それにしても、一介のヤクザの癖に射撃の腕前が良過ぎる問題は、どうしたものだろうか?
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