多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2020年01月

2020.1.11 国内最後の鑑賞になるか? 「天気の子」32回目鑑賞記

1/11−13の三連休までは、それまでやっている劇場なら一週間くらいは伸ばしてくれるだろうと高をくくっていたのだが、ほぼすべての大規模上映館が1/9で完全終了。近畿圏では、この間行ったカナートホールレベルでしか見られないというのだ。

私としても、1/11からの東上の際には、少なくとも都心部でやっている劇場の朝イチ回を押さえられるだろうと思っていたのだが、1/9で終了の文字ばかりにしてやられ、どこも私の浮いた時間を埋めてくれるところはなかった。

それでも、土曜日の朝からやっている劇場が2カ所見つかる。茨城の笠間ポレポレホールと、千葉のイオンスペースシネマ野田である。
笠間は何気に遠いと感じたので、野田市に向かおうと画策する。
意外に初乗りになったつくばエクスプレスを利用するべく、秋葉原まで。ここのワンカラ店を利用すると決めていたので、ここで着替えて衣服関係をコインロッカーに収める。
秋葉原のメインストリートにある「富士そば」でいつものを食し、万全の体制を整える。
流山おおたかの森まで660円。そこそこに高速で走っている(120キロ越えもしていたんでは?)様は、エクスプレスを標榜するにふさわしい。
接続駅の流山おおたかの森は、今の人口から考えるとかなりオーバースペックのように映らないでもないのだが、余裕が感じられる作りになっている。ここから野田市まで200円。
降り立つ前に、あのしょうゆメーカーの工場や倉庫たちが車窓に出張ってくる。土曜日ということもあり、工場自体は稼働していなかったようで、そこまで醤油の香りを満喫できなかったのだが、いかにもな感じの街並みがそこにあった。
だが、驚いたのは、東武野田線って、完全複線でなかったところである。流山おおたかの森では、対面式のホームだったので、全て複線だと信じて疑っていなかった。野田市に降り立った時、なんでその各停が長いこと止まっているんだろうな、と思ったら、交換のための停車だったと知って驚いた。それなのに、高架化工事が行われており、恐らく、それの完成と同時にまた複線区間が伸びて、運用も改善するんではないかと思った。
工場群の間を抜けること10分強。これまた工場っぽい風貌のイオン ノア店が姿を現した。
なんでノアなのか、気になっていたので検索したら、私の店舗周りの師匠のようなこの方のブログにこの店舗を丸裸にした記事が載っているのを見つけて、さらに興奮!!
→今回は映画だけが主目的で遊園地等には行かなかったのだが、あの閑散ぶりでかなり香ばしかったと知って、少し凹んでます。記事はこちら。尚、「ノア」の由来は、この方の記述しか確認のしようがありませんでした。

概要を知らないで訪れた当店だが、まさにバブル期の落とし児、と言った感じの強くする店舗だった。吹き抜けに大きなからくり時計(動いている風には見えなかった)、創設当時はジャスコだったわけだが、ダイエーやヨーカドーに追いつけ追い越せでやってきた歴史を感じずにはいられない。店舗の中は、ほぼ改装もされていない状態のひなびた感じで、地方イオンらしいっちゃあらしい店内。まあ、イオンまで、店舗訪問の範疇にいれたら、時間がいくらあっても足りない(それこそ無職・自由業でないと無理)ので、今回は軽く記録にとどめるまでにしておいた。
だが!!
本命の映画館も、2スクリーンしかないとは言うものの、入ってみて、かなりの設備で驚く。なにより、音響がかなりいいのだ。
10:30の開始15分前に開場。当然、私一人である。

この時点で私は震えた。
今まで幾多の映画鑑賞をしてきたが、「ボッチ鑑賞」は一度も経験がないのだ。
こんなことを言っては何だが、「天気の子」を朝からやっている劇場が千葉ではここだけになっているから、フリークたちが大挙して乗り込む未来しか描けていなかった。それは、ヲタの多いガルパンやラブライブ、最近ならキンプリやアイマスと言ったどぎついファンが推す作品と同様に思っていたのだった。
なのに、関西勢のガチ勢が、それも私一人……映画として終焉が近いとはいっても、ここまで人気が落ち込むとは思っても見なかった。
10:30。遂に照明が減じられる。この時点でも私一人だ。一番後ろで立って状況を見ていた私は、態勢を整えるべくそれでも急な観客の来訪に備えて後ろ寄りの座席に腰かける。
しかしその位置取りは功を奏す。予告の最中に後ろ扉の開く音がする。お二人さん来訪。これにて、ボッチも、一人合唱上映もかなわずとなってしまった。嬉々として最前列に陣取っていたら気付かなかったかもしれない。

しかし、声には出さずとも、応援上映とほぼ同じ感覚でストーリーを追っていく。31回目があの音響だったからか、あるいは観客が居なさ過ぎてストレートに伝わってくるからか知らないが、音だけは本当によかった。もっとも、スクリーン自体は、あまり状態はよくなく、最下部は少し切れているし、真ん中にシミだか影だかが映っていて、少しだけ興ざめする。完全黒の背景の時でも目立つドットは気になった。
それでも、私はとうとうこの局面に到達する。
「大丈夫」の流れるシーンを完全にこの目に焼き付けることができたからだ。帆高の泣きが危うく号泣を喚起しそうになるが、堪える。陽菜さんのはじけるようなあのほほえみもきっちり脳裏に記憶される。二人が「僕たちは、もう、大丈夫だ」と宣言して終わるこの作品。しかし、「君の大丈夫になりたい」が言われるところではさすがにこらえきれなくなってひとしきり頬を濡らしてしまった。

もう本当に、国内でそこそこの設備で見られることはないであろう。それでも、最終回といえる32回目は、記憶にとどめておきたいと思う。

2020.1.5 複数年観賞達成 天気の子 31回目 観賞記

2020年の正月もあっという間に終わってしまった。
当方は、期間限定の「中の人」で復活。当然いきなり「行くわ」なんていうことはせず、12月初旬から十分に根回ししてのことである。
貧乏暇なし。普通なら初めて中の人でなくなったのだから、満喫するのも一興だったが、動けば金は出ていくばかり。それだったら、たとえいくばくかでも身銭になる方を選ぶのは当然といえた。

最終日の日曜日は、案外にも仕事は早く終わってしまう。「ならば何か見ようか」。そこで一躍候補に上がってきたのが、もはや全国で50程度でしか上映していない「天気の子」である。当初はこの三連休に首都圏で見られればいいかと思ったのだが、大半の劇場が1/9で終了。残っている場所にしても、うまい具合に時間帯が合わなさそうと判明。「これを最後にしてもいいか」という気概の方が上回ったのだ。

向かったのは、イズミヤ西神戸店内にある「カナートホール」。三宮からJRで大久保まで、大久保駅から神姫バスで「天郷」まで向かうという段取り。安上がりを選ぶなら、市営地下鉄で西神中央まで行き、そこからバス、という手段もなくはなかった模様だ。
着いたのが、2回目スタート直後。仕方なく、遅めの昼ご飯を今年初の回転寿司で済ませる。
スーパーながら、拡大路線にほぼ走らず堅実な経営で地道な商売を続けるイズミヤ。一時期神戸市内ではあのハーバーランドにも店舗を構え、ポートアイランド二期地区にもスーパーセンター様の店舗を持っていた。
この西神戸店も、訪問したのは初めてだったが、低層階/大きな敷地面積が作り出すワンフロアの大きさ/エントランスホールまで備える余裕のある設計 は、恐らくバブル期の建築かと思うのだが、そこまで古さを感じない。

カナートホールは2階に位置していた。併設している文化教室のカウンターと同一であり、この地区の一種カルチャー的な部分を一手に引き受けているようにも感じた。
16時前にカップルが一組購入する。16時5分にやおら腰を上げて購入するのだが、直前にカップルがもう一組。結果、私で5人目となりこれにて完了する。二組とも30代前半。よって、平均年齢はギリ40代行くか行かないかレベルとした。

舞台のしつらえてあるまさにホールであり、映画をやらないときは、劇や催しをしても面白いのではないかと思う。その部分では、シネ・リーブルのアネックスと作りは全く同じだ。よって、音響は望むべくもない設定。さらに椅子も平成初期の香りが漂う、横幅の不十分な作り。ここだけでも改装居ていただければ、かなり変わってくると思うのだが。
自由席ということで、真ん中あたりに5人が固まるのだが、 直前に前に居たカップルが最前列に座り直した。「いや、これはこれで正解ですよ」と当方はうなづく。この作品は、前で見てナンボだからである。

前回の鑑賞は、邪魔が入ってしまった。だから一切泣くという感情が起こらなかったのだが……やはり、平常心で見ると、すんなりすべてのことが入ってくる。今まで感情の発露のなかったシーンですらうっすらと泣けてくるから面白い。
そしてそれは、グランドエスケープで頂点に達する。帆高のどなりが私を慟哭の谷へと突き落とす。そして二人が手に手を取るシーン。泣きながら、彼らはそれでいいんだ、帆高の選択は間違っていなかったんだ、と追認する。その選択ができる帆高がうらやましく、頼もしく思えた瞬間だ。
ラスト。今までなら「せかいがー」から泣いてしまっているのが常なのだが、今回は、きっちりと陽菜さんが振り向くまでは平常心を保てた。ただ「僕たちは、きっと、大丈夫だ」のセリフで一気に涙腺が崩壊する。歌詞を口パクでつぶやきながら、どうしようもなくなっている自分がいる。31回目もこうして、体力をほどほど使って鑑賞を終えた。
劇場を出る私に、風の冷たさは堪えた。しかし、それでも心の中は、相変わらず、あの二人の残像が温めてくれている。彼らの行く末は約束されたものかどうかはわからないが、それでも二人があの狂った世界の中で生きていけることにいくばくかの希望を見出さずにはいられない。
32回目は、ちょっとは小ましな設備で見たいと思うのだが、それが叶うか、どうか……


2020.1.4 設定に無理がある 「男はつらいよ お帰り寅さん」鑑賞記

日本映画の金字塔。それは、ギネス記録も持っている「男はつらいよ」シリーズである。
渥美清演じるフーテンの寅こと、車寅次郎。彼が「とらや」に帰ってきて、マドンナとの出会いと別れがあり、また「とらや」から旅立っていくというこのルーティーンが延々と繰り返された50作近く。ゲストであるマドンナ役との恋模様に国民は一喜一憂していたのだった。
寅さん映画は、年末年始にしかやっていないと思っていたら、実はお盆と正月の2回撮り、しかも黎明期にはなんと一年に4作品も公開していたというんだから驚く。渥美清の体調が思わしくなくなり始める平成期に入ってから、年末映画が定着することになる(1989.12公開の42作目から)のだが、正直シリーズものには関心の薄い当方がこれを見たい、と思うほどには触手を動かされなかったのも偽らざるところである。

2019年でシリーズ50周年。50作品目のメモリアルをどう料理するのか……山田洋次監督との初対峙を終えた当方だが、もっともっと寅さんが活躍するのかな、と思いきやそうではなかったばかりか、出演陣のトンでも演技に口をアングリさせることもたびたびであった。
平成期から、渥美清をメインで話を作ることができなくなっていることを逆手にとって満男(吉岡秀隆)が主体でストーリーが紡がれていることは、Wikiなどでの後追いで知ることになった。だったら「ああ、納得だわ」と言いたいところなのだが、彼が主人公になるストーリーは、正直言って「寅さん」ではないのだ。ましてや、満男が恋に戸惑うのならまだしも、今や家庭持ち(妻とは死別)の満男に、寅さんの助言や至言は重みを持たない。結婚していない満男に、これまた恋愛遍歴なら右に出るもののいない寅さんだから釣り合うのだ。
だから、結局、お互い家庭を持っている泉と満男が出会ったところで、どうなるものでもない。山田監督が不倫を堂々と描くはずもなく、せいぜい別れのキスが精いっぱい。それでも、演技で感情を持っていかれるのならわからないでもないが、キスシーンすらまともに撮れない(正確にはほぼ一回撮りOKになっているのがバレバレの、唇の重なっていないキスシーン)演技を見せられるとは思いもよらなかった。
序盤の小林稔侍のクソ下手な関西弁に大きく萎え、セリフが多いのに滑舌も怪しい後藤久美子の棒読み、これまた主役を何作もこの作品で撮っているはずなのに、オーラを一切感じない吉岡。渥美清のネームバリューと、彼独特の人生観がこの作品の主柱であることが、図らずも露呈した50作品目であった。
もちろん、一作目から追っかけている人も少なからずいるだろうし、この作品でも☆5個を普通に与えているファンもいる。だから、作品として個別で見た時にそれまでの積み上げてきた歴史に理解を示している人とそうではない人とで温度差が半端ないのだろうな、とは感じた。私は言わずもがなな、後者の部類だ。

得点は77点まで。老いて切れ味のなくなっているレギュラー陣に、うるさいだけの美保純。蛾次郎さんは存在感もほぼなく、夏木マリはおどろおどろしく変身。リリー役の浅丘ルリ子くらいがこの作品の良心といえなくもないが、結局、寅さんの幻影を追い求めていた人たちがもっともっと出てこないと、この作品はいけなかったように思う。
要は、マドンナたち勢ぞろい、的な作品の方がにぎやかだし、我々も楽しめたはずである。満男と泉に固執しすぎたあまり、彼らの思いのたけが完全にすれ違う……それも未婚で別れるのではなく、許されない恋になってしまってからの別れになることを強調する必要があったのか、というところである。
だからなのか、ラスト前で、今まで出てきたマドンナたちが銀幕の上に姿を現す。「これで勘弁してください」。監督のエクスキューズが聞こえてくるようだ。せっかくの「お帰り」が全然生きていない。50作目なのに晴れやかしいところが感じられないのは残念を通り越して悔しい限りだ。   
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