多趣味・マツキヨの落書き帳

2013年(平成25年/皇紀2673年)1月、タイトル含めて大幅刷新いたしました。 現在、ダイエー店舗訪問記録/映画鑑賞記/即席麺試食記/ラーメン店訪問記がメイン記事となっております。画像/引用/リンク等は、ご随意に。

2020年06月

2020.6.21 「エジソンズ・ゲーム」鑑賞記

6/19封切作の中では、一番人気に推していたのが、この「エジソンズ・ゲーム」である。
もっとも原題は「THE CURRENT WAR」。電流戦争と直訳できるのだが、交流か直流かが、論争になり、実際競争に見舞われていた電気普及の黎明期のお話に、発明王・エジソンと、事業家・ウェスティングハウスが真っ向からやり合う痛快活劇を期待していたのだ。

ところが、序盤で、直流エジソンと、交流ウェスティングハウス(WH)が提示されているのだから、もう勝負は決まったも同然なのだ。そしてそれは、「エジソンズ・ゲーム」という邦題と大きくかけ離れていることを示している。エジソンは、少なくとも電流戦争では敗北するからだ。

結果を知ってしまっている歴史の真実に、どう抗うのか、というところを書きたいのか、と思いきや、「交流は人殺しの電気」としか強弁できないエジソンのなんと哀れなことか。そして、彼は「悪」とまでは言いきれないが、交流をまさしく死の電気に向かわしめる電気椅子の開発に加担してしまう。武器開発には一切手を出さなかった彼が、直流売りたさに交流sageをしてしまうのだ。このあたり、彼も嫉妬深い一人のにんげんだと思い知らされるシーンだ。

シカゴ万博でのエジソンとWHの会話が少しだけわだかまりを解いてくれたわけだが、今普通に使っている電気の黎明期に起こったAC/DC論争を知る上で、エジソンが直流にこだわったわけとかが序盤でもっと言われていないといけなかっただろうし、全体的に駆け足過ぎたところは否めなかった。

というわけで、87点までとした。

原題たる「The Current War」を前面に押し出すなら、すべてをこの電流戦争に充ててほしかった。もちろんその間に起こったことも合わせているのはわかるのだが、ラストも含めて、うまくまとまった、と感じなかったのはちょっと減点だ。

2020.6.21 新作も見ましょう 「水曜日が消えた」鑑賞記

旧作ばかりに気を取られている場合ではないことも事実だ。
そして、一本の映画に目が留まる。
中村倫也主演の映画「水曜日が消えた」である。
中村といえば、「屍人荘の殺人」では、悲運な役どころで彼のファンには消化不良だったところだが、今回は主役である。しかも、曜日ごとに人格が変わる一人の男性を演じるのだから、かなり難しい役どころといえなくもない。

だが映画を見始めていくと、この当初当方が思っていた設定が大きく裏切られていることに気が付く。映画の設定は「曜日ごとに同じ人間が7つの性格・趣味嗜好を保持して生活している」というもの。だから、当然曜日間で引継ぎをしないといけないわけだが、一番性格的に破たんしていない火曜日が、消えた水曜日を担当できるとなって恋バナにも発展していく序盤の持っていき方はホッコリさせられる。
彼がこうなった経緯は、交通事故である、といきなりのオープニングで提示されるわけだが、このときのサイドミラーに写る鳥の数は実に良い伏線になっている。そしてどんどん淘汰されていく別の曜日の人格たち。
それに反旗を翻した月曜日が火曜日に対峙し始める中盤以降は、少しホラー的な面も見せているのだが、携帯の動画を使いながら、シームレスに見せたあたりは、映像的にはうまくても、突っ込みどころだらけになってしまう部分もあった。

思っていた以上に大きな山谷もなく、むしろ平穏無事に過ごせていた7人が巻き込まれていくカタルシスに物足りなさを感じてしまった。というわけで85点どまりとなった。
全体像からすると、「一人(一つの人格)になりたくない」というラスト付近の月曜日らしい言質がこの作品を物語っている。つまり、16年間も別々の人格で生きてきているものが今さら収斂するなど難しい、というものだ。
とはいえ、見た目はひとり。教育は?税金は?まあ両親は事故で死んでいる設定だろうから、どうやってあの生活が維持できているのか、も謎解きはない。幼馴染を標榜した彼女の存在も、実は裏があると知れると見方も変わってくる。

低予算で、いわば「中村倫也を愛でる映画」にした監督の意図はすごく感じられた。脇役も、著名どころは何と主治医(教授?)役のきたろうだけ。しかも押さえキャラではなく、彼を利用しようとした(治療をしていない)役どころになっているところは愕然とする。せめてもう一人くらい、真の押さえキャラがいてくれないと締まらない。ただ、エンドロールでは、7人の僕が個々人の領域を侵すことなく生活できている風に感じられて「そう言う〆にしたんですか」となった。
結局「水曜日が消えた」理由もなにもわからないままに進めたストーリー。いろいろと突っ込みどころはあった作品だった。

2020.6.21 4本固め鑑賞 初手は節目の「君の名は。」

依然旧作でスクリーンを埋めなくてはならない状態は続いている。
それでも、その旧作たちのラインアップに苦心している興行主も結構いる。面白いのはいわゆる鉄板コンテンツの多いTOHO系。「君の名は。」「天気の子」といった作品とは早々に決別し、今現在は「PSYCHO−PASS」や4Kにアップデートされた「AKIRA」を上映したりしている。
本記事を書いているさなかでも100数十館で上映されている「君の名は。」。あの名作がいまだに見られる僥倖に浸れるのもそう長くはなかろう。

前日のヒトカラオールから2時間弱の仮眠を経て、勇躍OSシネマズ ミント神戸に降り立つ。だが、午前中からすでに閑散とした状態。結局ソロ4人にグループ5人の9人/すべて男性という属性で幕を開ける。平均年齢は、グループが30代前半だったこともあり、30代中盤まで。

50回目の節目の鑑賞は、またしても、涙腺の調子がよすぎて、たびたび決壊する事態にあいなった。今や、オープニングの「多分、あの日から」あたりからおかしくなってくるのだ。普通なら前半30分は捨てシーン的でもあるのだが、手の内に入っているだけでなく、やはりあの二人がどうして恋仲になっていくのかを饒舌に説明しなかったことが大きいとみている。
「あんた今、夢を見とるな?」
このフレーズの持つ神秘さに最近になって気が付くほどたった一言に秘められた意味と理由が重くのしかかる。
瀧入りの三葉が自転車をこぎ出すあたりから、そろそろとおかしくなり始める涙腺。「あのさぁ、あんたの名前?」この何の気なしの中学生の瀧の呼びかけ、そして、自分の名前を告げるときに上気した高校生の三葉。3年前にムスビが完遂していたことを我々は知り、そして「5次元での邂逅」までひっぱられるのだ。

目の前の三葉に驚き、ほっとした表情を浮かべ、そして「よかった」と安どする瀧。この芝居が、今鋭意製作中のアメリカ版の実写で再現されているかは注目してみたいところである。
カタワレ時がそう長くないことを利用したあのペンが落ちるシーンは、瀧の慟哭を引き出す舞台装置として完璧だった。だから、我々も彼に感情移入してしまう。何度も書いているのだが、神木氏はほとんど素のまま(少なくとも泣くという感情は見せず)演じている。だからストレートに響くのだ。

すべてにおいてエンタメにもなっているし、劇中で号泣できる作品はそうそうないのだが、登場人物になりきってしまうほど感情移入させられたのは後にも先にもこの作品しかない。のべつまくなし泣こうと思えば泣ける作品。こんな作品をスクリーンで見られることは幸せでしかない。

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