さて、最終章を迎えつつある「ごちそうさん」。
大阪大空襲も乗り越えた現状で、当方の答え合わせを早速してみたいと思う。
当方の勝手予想記事はこちら

○和枝が押しかけてくる→×。それどころか和枝のところに疎開に向かう
結果的に和枝のいけず、と言うか嫌がらせがここに来て炸裂し始めるわけだが、もともと一家団欒を考えていなかっただけに、「向った」と言う設定にした事はかなりすごい結論と見ている。
○悠太郎、出征、帰らぬ人に→△ 現状ではまだ判明せず
ただ、満州に向っていること、国家命令に背いていることなど、本来なら死罪のところをまぬかれているだけのこと。最終週に帰ってくるかどうかは見もの。
○子どもたちの運命や、いかに→◎。ただ、死亡したのは次男のほう
海軍に志願したというだけで死亡フラグの立っていた活男。「あ、死ぬの次男じゃん」・・・Orzとなったわけだが、長男の行方は次週以降に持ち越しになった。ちなみに当方は、長女・ふ久の結婚・出産までは予想しておらず(しかも、長男の野球部の先輩と言う相手関係も含めて)、そこは残念なところ。

いよいよ最終章が近づいているわけだが、実は、最終放送月に大転換を促すストーリーがここ3作続いている。しかも、よくよく考えると、直近3作とも、「破滅的」な場面転換である。「純と愛」では、台風に襲われた石垣のホテル、「あまちゃん」では東日本大震災、そして「ごちそうさん」では大阪大空襲である。唯一、人災、と言うか天災でないのはこの「ごちそうさん」だけなのだが(実在していないのは「純と愛」と言う設定)、影響の大きさ、そして破滅度から行っても、「純と愛」のかわいさぶりが際立つ結果になっている。ホテルの雨漏り?ロビーの絵が汚れた?「あまちゃん」「ごちそうさん」のカタルシスに比べたら、ちっちゃいちっちゃい、ってな感想になってしまう。
※もっとも、「あまちゃん」の場合、ふかぁく、描写することは一切せず、一種の背景的に扱っている。そのことで、画面上ではほとんど顔を出さない演出にしてあるところはすごい。
今回の「ごちそうさん」では、戦時中の描写をどうして行くのか、当方も気にはしていたのだが、食卓に上る食材がどんどんしょぼくなっていくことで戦時下の食事情を反映していったと考えられ、当時の資料の分析から見ても、それほど逸脱していないように感じている。
子どもを育てていくという成長物語にしている「ごちそうさん」が、実は母親の成長期にもつながっている後半戦。いよいよ最終週が目の前である。