いよいよ「ごちそうさん」も戦後編(とはいってもあと2週で終わりなのだが)に入り、最終回の展開が見ものではある<戦後すぐの描写で終了と思っていたのだが、闇市のシーンやらいろいろあるようなので、戦後数年間は描かれると思われ、その部分では当方の予想としては外れてしまった>。
まあ、闇市のシーンなどはどちらかと言うとオープンセットでも作って、開放的にやっていただきたかったところだが(もうセット臭が半端ない/このあたりは大阪製作の限界か)、そんなに予算もない状況で作るのだから仕方ないといったところか。

さて、当方が日々巡回しているブログでおなじみのcoffee氏ブログが、なんと、当方の手法を真似て<イヤイヤ、チガイマスカラwwww>比較検討倶楽部をやってしまったのだった。とはいっても、違う視点からのものであり、どちらかと言うと問題提議に近いものであった。→こちら。

それに触発されたわけでもないが、ドラマの中の災害に関する描写や主人公達の心情と言うものは、比較に値するのではないか、と思い立ったのである。
実は「ごちそうさん」では、2つの災害・・・関東大震災と大阪大空襲を描いている。前者は、いわゆる支援をする側として、後者は実際の当事者(被災者)としてであるが、前者の場合、一人の女性をターゲットにして、その人の心が食によってほぐされていく、と言う形でとげとげしかった彼女を立ち直らせた。後者では、被災しながらも、闇市での商売や人探しに奔走する登場人物たちのけなげな姿が書かれるものの、それが安住の地ではないことが提示されて、視聴者に一種の不条理を提示していく。
ブログでは、「ごちそうさん」の主人公の夫が、防空演習中に消火せず逃げろと叫んだことで、命令違反を犯したとして逮捕される場面について書かれている。焼夷弾の威力を考えたときに、消すことに集中するあまり、逃げ場を失うと言うことをもっと早くに提示し(そもそも、演習の範囲内で収めようとしなかった夫のやりすぎの感はある/幼いころの自身の災害もトラウマになっていたと考えられるのだが)、根回しをしておけば、ああいう事態には至らなかったと見る。ちなみに焼夷弾の威力をまざまざと、見せ付けてくれる映画が、アニメーション映画「火垂るの墓」の前半のシーンである。
一方、「あまちゃん」は東日本大震災をあくまで背景と言う風にしか描写しないことで、2年前の出来事を極力「あったけれど、皆さん、ご存知ですよね」と言うような見せ方でとどめている。このやり方にした理由はただひとつ。大震災が主役や脇役になってしまっては困るからである。津波に襲われた町をあえて提示しなくても、十分に分かる描写で済まそうとした(ニュース映像はもとより、音声すらはっきりと見える/聞こえることはしなかった)ことで、事態の重大さを分かってもらおうとした高度な演出であった。なので、それこそ、自衛隊が出てくれば、ドラマの雰囲気も何もかもぶち壊しになる。出さなかったのは「そういう震災テーマのドラマと違うでしょ?」と言うクドカンの絶妙なツッコミが入りかねないわけで、この部分、coffee氏が言っていることが何でも正しいとは思えないところなのでもある(正確には、産経新聞のコラムに同調した記事と言うことになる)。

ドラマでの役割の違いを理解しているのならば、災害に対する向き合い方が変わっていて当然。新聞も、右系・左系は別にして、「ドラマを咀嚼してみていないことを堂々と書いてしまう」ようでは、早晩、お役御免を言い渡されかねないだろう。