長寿漫画の一角として、いまだに支持されている「美味しんぼ」。究極、と言う言葉を一気にはやらせた張本人であり、また、長寿化に伴って、登場人物の間にあった確執や恋愛といったものも描かれ、登場当時の山岡士郎の若々しさは幾分スポイルされていると感じた。

その美味しんぼだが、時折炎上商法まがいの問題を内包しながらストーリーを進めることがよくある。まあ漫画の中の一こまであり、「そこまで目くじらを立てなくても」と言うものもあるが、名指しされた業界としては黙っていられないというのが本当のところだろう。
そして今回、こともあろうに題材にしたのは、福島第一原発事故に揺れる地元・福島県での取材を山岡の目から通して語らせるというものである。

私としては、既に挙げられている山岡の鼻血のシーンとかは、別に気にしていない。センセーショナルに書きたいと思うのであれば、こういう、オーバーな表現も漫画としてはありだからである。だが、フィクションであるとはとても言い切れない、しかも日本国内の災害の被災地にあって、こういう表現をしてしまうということが漫画家(正確には原作者)として、正しいことをしているという認識があるのか、どうか・・・。本人にしてみれば「私は見てきたように言ってますが、何か?」と言う感じで、外野の騒ぎぶりも想定内と涼しい顔である。

もちろん、彼はこれから福島の真実を描くのだ、といきまいている。→根拠はこの記事。ここでの彼の言葉は実に振るっている。感動したので抜粋させてもらうww

---私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。---今度の「美味しんぼ」の副題は「福島の真実」である。私は真実しか書けない。自己欺瞞は私の一番嫌う物である

「見てきた真実」を誠実に語ろうとする雁屋氏に山岡。実にすばらしいジャーナリズムである。では、この「福島」を「朝日新聞」に変えて、取材するということはなさらないのだろうか?真実を知らされないで来ている我々に真実をお知らせするのが使命であるのなら、この嘘と欺瞞と捏造と反日に毒された「朝日新聞の真実」を取材するだけの胆力をお持ちなのだろうか?
「イヤイヤ、福島の食に関する取材をしている過程で・・・」と言う言い逃れが聞こえてきそうだが、真実を取材することに幾分の違いもない。もともと、山岡は新聞社の記者なのだから、取材内容がライバル会社の新聞社の捏造体質であっても、なんら問題はない。事実、彼は福一の取材に福島を訪れている。

福島ははっきり言って被害者である。地震による被害者、原発による謂れのない被害も含まれている。真実が果たしてどこにあるのか。うまく原作者に乗せられた雰囲気もある今回の騒動。下手をすると漫画そのものの寿命を縮めることにもなりかねないのを勘案しても、「真実」を語ることを優先したからには、よほどの自信があるのだろう。逆にその自信とやらを見てみたいと思う。