「アイスバケツチャレンジ」も一時のはやりものだった模様で(ていうか、これから気温も下がる時期だというのに、氷水かぶるバカは、さすがにいないだろうと思われ。政治家やら企業が宣伝アイテムに使い出した時点で終了なんですけどねww)、どこでどう収束したのかわからないけれど、一向に話を聞くことがなくなった。

この企画のすごいところは、なんといっても、指名されたら、拒否権が発動できないこと(つまり、氷水の刑が嫌なら寄付はしないといけないという悪魔のルールが存在するところ)。仲間内で回す分にはさほど問題もなかろうが、拡散したときに物議を醸し出すと考えつかなかったところが、企画を考えた人の詰めの甘さである。

さて、今日お披露目する当方の企画は、だれにも迷惑がかからず、しかもチャリティーの側面は忘れていない。そしてもっと重要なことは、「ギャラが発生しない」という部分が存在するということである。
トリガーになったのはこの記事である。→「24時間テレビでチャリティーマラソンに挑戦したTOKIO・城島茂 テレビ業界評は」
そもそも「チャリティーマラソン」と言っておきながら、ランナーにはそれ相応のギャラが発生する。しかも、24時間で走破した距離は101キロ。仮に寝ないで行ったとしても時速4キロ強でしかなく、事実ほとんどの区間で「歩いている」。仮眠をとったとしても、本来、ランニングを業・趣味としていない芸能人には未踏のものであり、行く先々で募金をサポートするとか、呼び掛けることもないまま、走っている画が映るだけ。時々噂される"ワープ"も取りざたされるなど、どう考えてもチャリティーではなく「芸能人の仕事」としか見て取れない。

しかしながら、今や、地区マラソンを始め、各地のマラソン大会は、抽選になるほどの盛況ぶり。これほどまでにマラソンがブームになるとは思ってもいなかったし、それが経済効果を生み出すことまでには考えが及ばなかった。
この市民のマラソン熱とこのチャリティーマラソンが合流したときに導き出される答えは、ただ一つ!

 "今や抽選で、当選することも難しくなった東京マラソンに並ぶ一大マラソン大会にしてしまえばいい"

テレビ局がお金を出してまでマラソンランナーを映す必要はこれっぼっちもないのではないだろうか、そして、それって本当にチャリティーに資する行為なのだろうか、というのがこの企画の原点である。そして、お金を出してでも走りたいと思っている人は多いはずである。まして、参加費を丸ごと寄付に回したとするなら、5000円でも1万人集まれば5000万円になるではないか!
もっともここまでの大会にすると、さすがに運営側の持ち出しがないとも限らないが、一定の参加者が確保できるのなら、沿道の交通整理等もきっちり警察にお任せできるし、ゴール地点を武道館に設定できればなんの問題も発生しない。本格的な大会ではなく、市民が走るだけなので、先頭集団の動向を追っかける程度の機材/人員でよく、それならば「一人」で走っている人を見ているだけより、十分に盛り上がる。もちろん、プロの選手が調整代わりに使うということも考えられるから、ほおっておいても視聴率はついてくる。

おおお、意外に「ただギャラもらって一人が走る」より、すごいエキサイティングになるんじゃないの、と書きながら思ってしまっている。一人がマスターベーションしているさまは、"痛い"のである。それでなくても「ああ、仕事で仕方なく走っているのね」と思ってしまう層が居れば、行為自体の効果も半減する。そして実際にギャラを寄付に回すことは誰一人していないと思われる(すでにこの番組でギャラが発生することは知られており、帰国子女で海外のチャリティー番組のシステムを知っている西田ひかるさんも、「ギャラが出ることに驚いた」と語っている)。
それでなくても、2020年には東京五輪が開催される。内外に向けて、スポーツに関心が高いこと、チャリティーにも真摯に取り組んでいるという姿を見せつけられる、絶好の機会でもあると考える。

芸能人にしか与えられない、「一人旅」の特権。マラソンブームがそれほどでもなかった時代なら、目新しい企画だと思うのだが、義務化しただけにしか見えない企画にはうんざりである。確かに高視聴率も獲得したらしいから、来年もまた誰かが一人旅をするのだろうが、むしろ、一人より二人、二人より大勢、と考えた方が絵的にも盛り上がると思うのだが…。

日テレの担当諸氏には、チャリティーマラソンを「芸能人に走ってもらう」という固定概念から一度解き放たれて考え直してみていただきたいものである。