Forbes 1999年3月号を”発掘”したときの当方の驚き様と言ったら、ない。
そもそも、2代目ロゴをここまで目の前で明らかに見とれるような雑誌を購入していたことすら忘れていたからである。
メインに据えたダイエーの特集以外でも、いちいち内容も香ばしかったりするのだが(特にメガバンクになる前の、一昔前の行名とかがそこかしこに出てくるのだから、苦笑と同時に時代を感じずにはいられない)、まだCEOがご存命の時期(とはいえ、晩年に突入していたわけだが)であり、しかも、このときはまだ産業再生機構入りなどがささやかれている、危機的状況でもなかった時代。つまり、このときに「たられば」とはいえ、かじ取りを間違わなければ、今のような、少なくとも自主性すら失われ、飼い殺し同然の立ち位置にまで没落することはなかったのではないか、と考えるのだ。

というわけで、52ページから81ページまでの実に30ページ分がダイエーの”再建”について書かれている。
とっぱしには、この当時にダイエーが抱えていたいろいろな問題点をあぶり出す、という目的で、経営評論家の澄田氏と、経営ジャーナリストの森氏、そして司会(雑誌の編集部)の3者による座談会で幕を開けているのだが…。
これがまた、「このときちょっとでも彼らの言うことを聞いていれば」と言っちゃってしまいたいほど、なかなかにいい正答率を出しているのである。
・『その変化に企業構造の抜本的な作り直しから取り組み始めた大手流通業もある』(澄田氏/以下S)
・『質的革新を伴わない単なる量の拡大は、買い手が評価してくれない限り、デメリットさえ生むんです。』(S)
・『ダイエーの店舗を回ると、アメリカの実例を含めて他店のいいところは様々取り入れているが、これが"売り"という決め手がないような気がします。』(森氏/以下M)
・『GMSのような総合店はもっと大胆にスクラップ&ビルドしていくべきでしょう。ダイエーの食品売り場以上は必要ないという議論にもなります。』(M)

もうね。15年後のダイエーがこの通りになっていることにこの人たちの先見の明、というか、これくらいは言い当てられるわ、といいたげな「未来予想図」を書かれてしまうほど、ダイエーの魅力がこの間にそがれてしまったところは疑いようがない。
特に、もし仮に、ということになるが、森氏が指摘していた通り、2000年初頭にでも「食品スーパーの雄を目指す」という風に方向転換していたとしたら、ライフや関西スーパー/マルエツ(まだ当時はグループ傘下だった)やカスミと言った、地方スーパーの台頭を許していなかったと思われ、少なくとも、イオン系が触手を伸ばしてくるにしても、もう少しやり方は穏便だったと思われる。

ダイエーにとっての大誤算は、「土地本位主義」がバブル崩壊によって成り立たなくなったこと。今でもその片鱗を今池(0127)店の広大な敷地に点在する駐車場に見ることができるのであるが、自前主義=所有にかなり執着していたところ がよもや晩年になってブレーキになるとは、本人も気が付かなかっただろう。
事業拡大に伴う旺盛な資金需要をすべて借入金で賄ったところにも深謀遠慮を感じられないところでもある。「頼まれるといやと言えない」性分から、幾多の案件を引き受けられたのも、「人間・中内功」に魅力があったからに他ならず、お金のことは二の次にしていったあたりに、彼の見えざる拡大への野心…ハイリスクハイリターン型の経営者な部分が浮き彫りにもなる。

99年当時は、こんな戯言でもダイエーは何とか立ち回っていた。だが、2000年代に入ると、急速に、それこそ浦島太郎が玉手箱を開けたかのように老化していってしまう。その挙句が産業再生機構入りのひともんちゃくである。

某国を引き合いに出して恐縮だが、過去は事実と真実でのみ構成されており、現在から振り返ることは可能でも、過去の時点で未来を作ることはできない。「未来志向」などという妄言こそ、歴史を直視していないという自己紹介である。当時のダイエーも、「何とかなるさ」と言った、楽観主義が蔓延していた可能性は否定できない。