NHKでやっていた、「その時、歴史が動いた」でおなじみの松平アナウンサーの声が、またしても私の脳裏に響いてくる。

  「そして皆さん、いよいよ今日のその時がやってまいります・・・」

これが「いよいよ」という時に発する、松平アナウンサーの導入セリフなわけだが、彼がそのあとに続けて言うなら、こんな具合のセリフになるだろうか。

 「度重なるリストラに、大株主の変動と、疲弊を重ねるダイエー。売り上げは伸びず、利益も上がらない状態は、イオンが完全子会社化しても改善する見込みすら立たなかった。
 2015年4月、イオンは、ダイエーの店舗の統廃合を発表。北海道と九州地区・名古屋市内の店舗の大半をイオン本体に吸収することで、事業の再構築を図ることを決定する。また、翌年にも、関東・近畿地区の一部店舗を合流させることも発表した。

 そして、2015年8月31日。

 翌9月1日にイオン店舗として再出発を図る、北海道地区16店、名古屋地区5店、九州地区38店の合わせて59店舗が、ダイエーとしての最終営業日を迎えることになったのである。」

私にとってみれば、確かに既存店が減る=訪問対象店が減るのと同意義であり、完全踏破をもくろんでいる当方としては、複雑な心境ながら「行かずに済むわ」という方が勝っている。
もちろん、企業としてのダイエーの未来予想図を描こうとしたときに、一部は黒字店舗もあったであろう、地区の店舗をまるまる飲みこまれるのは、正直、完全敗北に等しい屈辱的なものである。

コングロマリット化したイオンは、ダイエーがそうであったように、仮に傾いても完全に斃れることは考えにくい。しかしながら、堅実という路線からは離れつつある企業の太り方は、脳血栓でも患えば、一撃で死に至ってしまうであろう。1999年3月時点では、他社の軍門に下ることなど、ダイエーともあろうものが・・・という筆致も見え隠れするのだが、失われた20数年は土地本位主義・GMSへの固執で自らの寿命を縮めたダイエーの末路そのものを映し出しているようで仕方ない。

前回の命日は「株式上場廃止」の2014年12月26日。今回の59店舗の命日…2015年8月31日も、ダイエーシンパとしては記憶にとどめておかなくてはならないのだろうか…