スーパーマーケットは、その黎明期、「スーッと現れて、パーッと消える」と揶揄されるほど、参入が相次ぎ、その多くが淘汰されて現在に至っている。
現在巨大チェーンとして生き残っているイオンにしたところで、母体はジャスコ。そのジャスコも、岡田屋や兵庫のフタギなどが合流してできた会社である。
由緒正しき一代で続いているのは、今やイトーヨーカドーくらいではないかと思うのだが、1975年、碑文谷店が登場したときには、ダイエーが流通業界を牛耳ってしまうのではないか、というくらいの勢いがあった。

関西発祥のチェーンストアでまともに営業できているのは、SM系ばかりになってしまっている。ぎりぎり、イズミヤが何とか生きながらえているとは言うものの、こことて、安閑としてられない状況もある。

そんななか、イオンリテールに異動しながらダイエー名義として営業を続けていた碑文谷店が、屋号ともども完全閉店することになったわけだが、全国ニュースになるほどの驚きを持って受け入れられている。
→ほぼ全キー局が取材に訪れたとみられ、リンクのヤフーニュースは、ANN(テレ朝系)のニュース映像を使っている  映像はこちら。

こんなことを言ってはナンだが、営業終了するからと言って、いちいちニュースにするほど、ネタがないのか、と思ってしまったほどである。当時としては、ダイエーという企業からしても一大チャレンジに等しい巨大店舗であったわけであり、最盛期には200億近くも売っていた店舗でもあった。
確かに当方のようなシンパからすると、寂寥感を禁じ得ないわけだが、単なる一消費者にしてみれば、「店舗が姿を消す」ことそのものがニュースになることに違和感を感じている人の方が多いのではないだろうか…


私自体が何かを創業したとかそういうことがないので、実感がわかない部分もあるのだが、創業者でもあるCEOがもしご存命でこの報を聞かれたら、どんな顔をするのだろうか、と思わずにはいられない。身ぐるみはがされていくさまを指をくわえてみている気性ではないだけに、その結末に至るまでに何らかの手は打っただろうし、とにかく悪あがきはしたであろうと思われる。
流通業界の礎を作り、一大グループにまで育て上げたカリスマ・中内氏。その象徴ともいえる店舗の営業終了は、ダイエーという企業の終わりの始まりを象徴しているかのようである。
碑文谷店