当方の「君の名は。」解析は、自分でも思っている以上に止まらなくなってしまっている。完全に憑りついている状態であり、であるがゆえに「こんなこと」にもなったりしているわけでもある。
しかし、ここまでハマることはほとんどなかった。なぜなのか…
そう。当方が罹患しているRADWIMPS病と言える、主題曲4曲がその原因ではないかと思い始めたのである。

そう思って、カラオケでも何度も歌いながら、歌詞を紐解いてみると、その恐るべき情景とのマッチングに鳥肌が立つのである。

例えば「夢灯籠」でも、"君の名をいま/追いかけるよ"と、きっちり映画タイトルも入っているし、先に人生を歩んでいる三葉を「追いかける」という表現にも無理が感じられない。
大ヒット曲「前前前世」にも映画の要素は垣間見える。"君が全然全部なくなって/チリヂリになったって"の部分。そう。「第一の結末」がこんなところにも出ていることは驚きである。ただ、そのあとは、"もう迷わない/また一から探し始めるさ"と、逆境をものともしない決然とした意志を感じるのである。まさに何かを探すために飛騨に行った瀧の心情そのままである。
そして、私をとらえて離さない「スパークル」にもそれなりの歌詞は存在する。
後半の歌詞がそのまま感動を呼び起こす。
   運命だとか 未来とかって言葉がどれだけ手を 伸ばそうと届かない 場所で僕ら恋をする
   時計の針も二人を 横目に見ながら進む そんな世界を二人で 一生いや 何章でも 
   生き抜いていこう
あの、時空を超えた出会いこそ、第一のフレーズで言い表していることだし、もはや時間軸などどこ吹く風、未来は自分たちが切り開く、という強い意志が第二のフレーズに感じられるし、ずっと二人で生きていくことを宣言した最後のフレーズが、「ハッピーエンド」を示唆もしている。ちなみに「うんめーいだとーか」のところでは、CMと同じく、隕石が割れて落下していくさまがスクリーンでは映し出されている。まさにクライマックス。だから、私の心の中から離れようとしないのだ。
ラストシーンで流れる「なんでもないや」(movie edit)は、まさに歌詞が情景を映すかの如く変わっている。
   離したりしないよ 二度と離しはしないよ やっとこの手が 君に追いついたんだよ
階段ですれ違う二人。まさに「奇跡の再会」を数年ぶりに果たした瀧と三葉。この歌詞が、彼らの行く末を暗示しているとは考え過ぎだろうか…


さて、映画のトップでは、なんといってましたか?
   君の名をいま/追いかけるよ
 そして…
 やっとこの手が 君に追いついたんだよ

オープニングで流れた曲の答えがラストシーンで流れるなどと誰が考えるだろうか? 長いながぁい伏線と言ってもいい歌詞の存在。これにはしてやられた、と思わざるを得ない。


歌詞の解析をしようと思い至った背景には「追いつく」「追い越す」「追いかける」というフレーズがやたらと多いことに気が付いたからである。
実際、2013年当時中学生だった瀧が、当時高校生だった三葉を「追いかける」設定になっていること、そして、一応、ハッピーエンドになる=同じ時間軸に「追いつく」ということが表現されていると言ったところが大きいと思うのだが、こうしてみてみると、やはり、企画段階から、彼らに声をかけ、作風に合う音楽/歌詞を醸成させたことが、大ヒットにつながっていると考える。

ここまでの微に入り細に渡った楽曲がアニメーションの情景を見事なまでに言い表し、楽曲と映像をありありと思い浮かばせることに成功した彼ら。監督も、そしてRADWIMPSのリーダー・野田氏もなかなかの手練れであった。