奥寺先輩とのデート以降、入れ替わりがなくなる瀧。もちろん普通の生活に戻ってせいせいしていると思いきや、思いつめた表情でこの期間を過ごす。学校にも行き、バイトにも勤しみながら、それでも彼は今は亡き「在りし日の糸守町」のスケッチをほぼ独力で…記憶だけで書き上げていく。

そして、場面は、朝。
部屋に貼られたスケッチをやや引きちぎるように壁からはがし、リュックに詰める瀧。半ば防寒対策もしたうえで、一人で飛騨に行く…はずだった。だがそこには待ち合わせでもしたかのように、司と奥寺先輩がいたのだった。

・3人の飛騨旅行の「日程」はこれで確定。
セリフ/小説・そして本編映像から考えられることを羅列する。
○「俺は今日だけ学校をサボり、金土日の三日間、飛騨に行くつもりだった。」(p.111)
瀧の無謀に二人が同調できるというのもおかしな話(ちなみにこの三人、同じレストランで働いており、瀧の代役はできるとしても、この二人の代役はどうなっているのか、はわからない)なのだが、まあそれは置いておくとして、瀧は自分で作った3連休で三葉を探そうと試みる。
さあ。そうなると2016年10月2日以降の「金土日」を羅列すればまず候補は絞られる。

 10月 14日/15日/16日
 10月 21日/22日/23日
 10月 28日/29日/30日
 11月  4日/ 5日/ 6日

一応11月まで候補は広げてみる。理由は、スケッチの出来栄えが、数週間で仕上がるものとは言えないからだ。
○キーポイントは高木の許諾動画の日付
「バイトは高木に頼んだ」
さらりと答え、司はスマフォを俺の前にかかげる。まーかせとけ! と爽やかに言いながら高木が親指を立てている。(p.111)
このとき、画面上でも同じ情景が展開されていた。そして、このとき、動画ファイルのファイル名に「20161017_…」という記載があるのを発見したのである。 
動画のファイル名が撮影日付になっている、というのも、仕様なのかどうかはわからない。だが、これは監督の「一種の遊び心」が出たものと思われる。
○でも・・・
特急『ひだ』車内で食べている味噌カツ弁当の日付が間違っている、ということは既に言われていることでもある(特に年号)。何回も見ている中で、当方はどちらかというと日付の方に注視するわけだが…
どうも「日表示は二ケタの可能性が低い」ことが明らかになる。
ここは当方もしっかり把握していないので言及は避ける。ただ、当方の出した結論や、新幹線車内での出来事が無為になってしまうこともあるが、矛盾している部分であることも間違いない。瀧のセリフ等々からしてもせっかくの観客に「今がいつか」であることを見せるタイミングでもあったのに、ここをいい加減にしたことは少しだけ残念である。

○結論/飛騨旅行の日程
10月21日出発→ラーメン店で糸守を思い出す→廃墟に愕然とする→「飛騨山荘」という民宿で一夜を過ごす

翌日10月22日  瀧の単独行動が始まる。
ラーメン店店主に車を出してもらい、麓まで送ってもらう。途中雨に降られながらも、午後2時前(瀧のスマフォ上の時間表記は13時52分ごろ)にご神体に到着、口噛み酒を飲み、昏倒→口噛み酒トリップを行い、2013年10月4日の三葉の体に入ることに成功。このとき瀧の体には三葉が入っている。
<これ以降の記述は、書きすぎると後々に影響するのでここでは書かない>

さらに翌日の10月23日  クレーターの縁で一夜を明かした瀧は、書きかけの落書きのような線を右手に認め、どうしてここにいるのかすらわからない状態で目覚める。

これで確定したいと思う。
根拠はいろいろある。
1.高木の撮影日が2016.10.17とすると、その週の金土日と考えるのがより自然
2.当然動画日付より以前の10/14出発説はあり得ない。
3.図書館での瀧の発言「つい、二、三週間か前に」(p.128)のセリフから、10/2を起点としても3週間で23日。経過した日付を大まかに言うのが普通であり、一番範囲を広く取れるのがこの日程。
4.車内で食べた「味噌カツ弁当」日付は完全に設定ミス。日付が一けたなら、瀧のセリフとの整合性が取れない。
5.11月では気温が寒すぎる。またセリフの整合性も取れなくなる。
6.ラーメン店で背後に映っていたテレビは、あきらかに野球中継のよう。この時期なら日本シリーズの真っ最中なのだが、実は金曜日には試合自体が設定されていないという事実も明らかになる。

・「その瞬間」まで保持されていた三葉が書いた記録
「被災地」に降り立った瀧達一行は、廃墟と化した高校を背に、風景が一変してしまっている糸守町を見下ろす。3年前に死んでいるはずの人と交信した?入れ替わった? 司の嘲笑ともとれる声にあらがうように、スマフォを取り出し、交換日記を見せようとしたその刹那・・・
 『俺は目を強くこする。日記の文字がぞわりと動いたような気が、一瞬したのだ。』(p.123)
この後、「見えない誰かの手が削除アイコンを押し続けているみたいに」(p.123)、三葉の書いた、瀧にあてた記事は一切なくなってしまうのだ。
まず、この行動自体をこのときにした、というのが、私としては腑に落ちない、というか、「なぜこのときまで後生大事に持っていたのだろう」という感慨の方が大きい。
好きになりつつあった三葉との交換日記のようなもの。喪失感を思うのなら、それこそ、スケッチの一角でも書きながら、彼女に思いをはせる意味もあって、この文章を読み返していてもおかしくない。
ところが、それまで一切手を触れなかった三葉の記事にこのときに触れてしまう。それこそ、砂の城が風にあおられ影も形もなくなるかのようにすべて消滅してしまうという衝撃を観客にも与えるのである。

だが・・・
考えてみれば、タイムリープしてきている(過去から未来に来ている)三葉の書いた文章が、彼女の消失という事実に沿う形で消えていくのは至極当然の結果ともいえる。そして2016年は既に引き返せない道程を過ごしているため、仮に三葉が死ななくて済む歴史をやり直すことになっても、この記事は復活することは無い。
実際、この時点では、「三葉は死んだ」ことになっている。しかも、本来なら生きているはずのない時間帯で記事を残している。アプリを開かなかったせいで残っていたとしたいところだが、何度でもいうが入れ替わりがなくなって2週間程度。この文を読み返さなかった瀧も本当にどうかしている。

解析結果:
瀧・司・奥寺先輩の飛騨探訪の旅は、2016年10月21日の金曜日−2016年10月23日の日曜日の3日間行われたと確定する。そして、このストーリーの最大のトリガーでもある歴史改変の扉・・・口噛み酒を飲用したのは、二日目に当たる、2016年10月22日であることもこれで明らかになる。ただ、旅館で一夜を過ごしているときに、瀧がもう一度三葉の日記を確認しようとしたときにスマフォに触れる動作があり、その時に一瞬だが日付が出ているので、本来であれば、このときの日付が正解となる。もちろん、当方の出した結論と異なっている可能性は大いにある。
また、廃墟を背に三葉の書いたエントリーが消えていくのは、このときまでなぜ開かなかったのか、疑念は残る。