ご神体については、一葉でさえ「繭五郎のせいで、ワシにも分からん」(p.85)と言われてしまっている。
実際、小説にはかなりの情報が記載されていてもおかしくないこのご神体については、映像以上の情報はどこにも語られていない。

奉納が終わり、意識が現代に戻った瀧。だが、「三葉は隕石落下で死亡している(友人らとともに)」ことを知りに飛騨に向かったも同然の結末を迎える。
澱んだ空気が場を支配する。組紐にまつわる話を記憶の中から掘り返し奥寺先輩に語りだす瀧。だが、その次の瞬間、「あの場所なら…」とつぶやき、隕石が落ちる前の糸守の地図を引っ張り出す。それを痛々しそうに見つめる奥寺先輩。

この描写と、小説のある部分が気になってしまった。というわけで、ご神体にまつわるネタを上げていく。

1.ご神体のあの窪地はいつできたのか?
小説の第五章 記憶は、あの「口噛み酒トリップ」の部分と言っても差し支えない。その冒頭部分は、いまだに私の中で?が多く出てくる場所である。
大まかに言うと「この列島に人が棲みついてから、二度、それは繰り返された。」(p.148)の記述にもあるように、2013年以前に2回彗星落下が起こっている、というのである。
そして、この小説では、1回目で湖(糸守湖)ができ、2回目でおそらくご神体のある場所が形成された(もともとはそこそこの規模の山だったとみられる)という順序で記述されている。まあこんなこと言っては何だが、深読みでもしない限り、ここはスルーすべきところである。

ところが、糸守湖は隕石湖である、という町のHPでの記述では、『千二百年前の隕石湖』(p.171)の文字が躍っている。画面上では、ノートパソコンをテッシーが操る中で、サヤちんを説得する際に見せたりしている。
一度目の隕石が糸守湖を作ったとするならば、「2回目はいつでどこに落ちたか」は論じられてしかるべきである。
ご神体の祠の中に、彗星を描いた壁画があることなどからも、この場所が彗星と何らかの関わりのある場所であることが提示されてはいる。だが、2回ともティアマト彗星が"犯人"とすれば、小説の順序からしても、湖ができたのは2400年前、ということになってしまう。しかも今回で3回目の中心核の破壊が起こり、見事に糸守町にヒットするのである。

あまりの偶然、確率のありえなさが浮き彫りになる。同じ彗星が、同じような中心核の破壊を起こし、その破片が、ほぼ数キロ四方の中に確実に落下し被害をもたらす・・・それも三回!!
自分で書いていて、「そんな奴おれへんやろぅ」(By 大木こだま師匠)と突っ込みを入れたくなってしまった。
なので、糸守湖を作ったのはティアマトだとすると、このご神体を作ったのは「別の」彗星としないと、整合性が取れない。さすがに学術的に「1200年前の隕石湖」というお墨つきがあるからこそのHP掲載なのであって、1200年も年代を間違えるとは到底思えない。

では、そろそろ回答を導き出していこう。
ご神体のある位置は、先述したとおり、元は大きな山。それに彗星からの隕石が衝突して、ぱっくりとえぐられたような形になっている。フラットになっている底面は、春にはお花畑にでもなりそうな、草原という言葉が似つかわしい表現がなされている。そして重要なことは、「うっそうとした森林というもの」は存在せず、ご神木と言ってもいい木がご神体の近くにそびえているだけである。
なぜ森林の存在を「重要」としたのか。森林と言えるほどの木々の林立を見るためには、千年単位とまではいかないが、それ相応…数百年の時間が必要となる。その昔の植林事業が盛んなころの日本では、成長の早い杉をやたらに植えてしまったがために、花粉症というアレルギー症状を発生させることにもなったわけだが、その杉にしたところで、いっぱしの林と言えるレベルになるには数十年かかる。人が手を入れて、単一種で森を作るのでもこれだけ時間がかかる。まして、ほとんど人の出入りのないご神体の場所で、森レベルのうっそうとした木々が覆い尽すまでに途方もない時間がかかることはこれで分かる。そして「それがない」ことは、この場所が形成されてから、さほど時間が経っていないことを意味する。

もちろん、これは一般論であり、この場所の特性を加味したものではない。それは「窪地になっている」という点である。見た感じ、数haはあろうかという大きさの窪地。森林の基になる、木々の種子などが比較的侵入しにくい環境下であることは映像からも明らかである。また、ここは飛騨。気温の高低にも気を配る必要がある。えぐられたりとはいえ、そこそこに標高もあるこの場所が、森林を形成するにふさわしい高さだったかどうかも議論されてしかるべきである。ちなみに山肌は、森林という言葉とは無縁のガレ場であり、これが指し示すのは、かなりの標高である、ということである。
以上のことから、当方は、「1200年よりはかなり後だが、ご神木の成長度合いから仮定して300年弱」前に形成されたと推定する。これでも本来なら、記録に残る→繭五郎さんのせいで焼失の順序があるので、もう少し後(300〜400年)の可能性も十分考えられるところだが、いずれにせよ、湖を作った隕石とは別物、と考えないと『二度』隕石が来訪したことにならない。

解析結果:
二回目の隕石が形成したと思われるご神体のある窪地。植生などから、歴史を感じることはできず、せいぜい300〜400年。しかし、別の隕石の影響としても、宇宙から見てほぼピンポイントに落下してくる隕石って、どんだけ糸守が好きなんだろうwww

2.地図にご神体の地形がかかれていなかった謎
地図というものは、それこそ、観光名所マップとか言うもの以外は、正確に、あるべきものはあるがままに描かれていてしかるべきものである。
ところが、瀧が、ご神体の位置を確認しようとしたこの地図にはあの特徴的な地形が描かれていなかったのである。
それが証拠に、瀧はそれを見つけられず、赤ペンだったか、ぐるぐると円を描き、「このあたり?」的な漠然とした位置特定しかできていない。
たしかに人も住んでいない場所を詳細に地図にするのは少々ばかげている。そもそも、瀧が最終的に資料にした地図にしたところで、国土地理院発行の詳細なものでなく、私製のものであり、大幅にデフォルメされていてしかりである。あるいは、糸守町という境界からも離れている可能性すらある。

ここで当方は二つの仮説を用意する。
仮説1 ご神体はだれでも見えるものであるべき/物理的に存在する
このご神体の存在は大昔から知られている。古文書の類を読んでいた人たちが大勢いたであろうことは察しが付くし、神社の関係者だけしか立ち入らなかったとは考えにくい。その昔は大勢が寄ってきて祭事をしていた可能性すらある。地図に載らなかったのは単に載せてなかっただけ
仮説2 宮水の血を引いたものしかたどり着けない/物理的に存在しない
画面上、ご神体にたどり着けているのは、瀧の入った三葉/四葉/一葉(2013年の奉納時)、瀧本人、瀧の入った三葉と入れ替わってしまっている三葉の入った瀧(2016年)だけである。
あそこまでの特異な地形を地図として載せなかったのは「ご神体=聖域」で、容易に近づいてもらっては困る以前に、
宮水家しかたどり着けない
ほかのものから見ると「存在しない」から地図に書きようがなかったとする。

仮説2はかなり大胆な発想である。先ほどの1、では、隕石でできたあの窪地は「ある」という風にしていたわけだが、地図に載せられなかった理由を「それは存在しない」…結界か何かが張られていて、あるように感じられない と仮定してしまうというとんでもない説といえなくもない。そして「瀧が上ってこれている」ことがこの説を少しだけ揺らがせる。
だが、この時点で、瀧自身は来訪するのは『二度目』であることを忘れてはならない。三葉と”共に”ご神体を訪問しているからだ。このとき、ご神体に「三葉の半分」を奉納したわけであるが、その時三葉と瀧が”二人して”奉納したとも考えられる。そして、それは、一種の「神の許し」「認められし存在」=宮水の血筋を引いていなくても、彼にはここに再び訪れる資格が備わった とすればどうだろうか?

引き寄せられるかのようにご神体に訪問できた瀧本人。画面上でも小説上でも、
「・・・・・・本当に、あった! ・・・・・・夢じゃ、なかった・・・・・・!」(p.141)
と嘆息する。地図にかかれていないからこそ実体がないと思っていたご神体の存在。また一歩、前に進んだ瀧を応援したくなる雰囲気にスクリーンがなる瞬間でもある。

解析結果:
もちろん、物理的にあるべきものがなぜ書かれていなかったのか、は論議すべき点だが、一般の人間には見えない存在とするなら、地図には書きようがない。あまり考えにくいが、宮水家だけしかたどり着けない特別な場所という風に判断できなくもない。
瀧がそこにたどり着けたのは、三葉との入れ替わりがあり、精神的に一度訪問できているため、実像としてとらえることができた。