この映画とつきあうことができて本当によかった。今だからはっきりとそう言える。

スタッフロールが流れ終わり、場内が明るくなる。だが、いつもと違う感情が当方を支配する。

  「いままで、ありがとうございました」

観てよかった、楽しめた、泣けたぁ…だが、自分の中で最終回は、それこそ一瞬たりともスクリーンを正視できないほどの感情が押し寄せると感じていた。

あのシーン。当方はとうとう嗚咽に近い発散する方向にかじを切った。今までだらだらと流されるままにしていた鼻をすすったのだ。すでに感情を解放すると誓っていたこともあり、序盤で早速じっとり来るわ、三葉上京編で早くも涙腺崩壊。再会してからのイチャコラも後のあのシーンがすでに見えているので準備する。
ペンが落ちる。もう止まらない。いや、むしろここで止めてしまっては、最後にふさわしくないではないか!! 
セリフを言いながら…いや、そのセリフすらまともに口ずさめていない完全に崩壊している自分がいる。本当に「三葉に会えなくなる」。その現実が圧倒的な力で当方に襲い掛かってきたのだ。

この作品を微に入り細にわたるほど解析をしてきた。しかし、その過程で私は彼・新海誠の仕掛けた罠にまんまとはまり込んでしまった。
奥の深さ。計算しつくされた作劇、感情を揺さぶる楽曲。今までのすべての作品のいいとこどりをし、それをエンタメに高めた監督氏を見抜けなかった私を含む評論家諸氏は猛省すべきだろう。

そして、今までのジブリ的などこか説教臭い作風を綺麗に払しょくし、アニメーションであっても恋愛ラブストーリーは描けるのだ、と高らかに宣言した監督氏の手腕に脱帽するしかない。
その映像を目の当たりにし、時には笑い、時には唄わされ、そして時には感情移入すら飛び越え、登場人物になり切って泣かされてしまう。1800円でここまでできる映画は、そう多くを知らない。かのリメイク版「美女と野獣」であっても、ここまでの感動や大泣きできるほどの要素はもっていない。

見るたびに発見のあったこの映画。そういうことが実際に起こりえたことも特筆に値する。だからこそ私は何度もスクリーンに対峙したのだ。それでもIMAXがどこかで上映されたら「もう一度逢いに行くって」言う心境にとらわれるのだと思う。
→〆縄が伸びましたので一部文言・タイトルを訂正致しました(2017.5.12)