2016.10.1に初めて観て、その世界観にやられてしまった小生。とうとう25回という考えられない鑑賞回数を数えることとなった。
それだけ見ていては、実は『矛盾点』や「おかしなところ」、作画ミスと思しきところも見つかってしまうのだ。
もちろん「わかってあえて間違ったふりをしている」ところもあるだろうが、それも含めて、当方が見つけた、「こ、これはっっ」といえるような、トリビアやネタを上げていくことにする。

それにしても、当方が某アニメーションを徹底解析したときと同じように、出てくる出てくる。一応『これで終わり』と思いたいが、草稿からすでに6,7回書き加えたり修正しているが、収まる気配が見当たらない。
DVD/BD観てまたぞろ気づくのだろうが、遂に迎えた「2017.6.4」の27縄目が〆縄となった。そこまでで書き漏らしている一部の部分も含めて、小ネタ/おかしなところを書いてこの項も完成とする。
※基本的に登場順にはしてあるが、項目として挙げたところについては、順序が異なる場合がある。

・オープニングは情報満載っっ
満載過ぎて、本当の映像を携えてないときっちり漏れなく描き切ることはできない。ただ、「三葉は成長して大人になる」ビジュアルを見るだけで(もっと正確には彗星落下の後のすぐの場面で、東京で一人暮らしをしている三葉の出勤シーンがある)、悲劇的な過程はあってもハッピーエンドを想起できる。

・オープニングのラストの二人の動きに着目(4/12 追記)
夢灯籠が流れ終わる刹那、組紐に結ばれたかのような二人が、画面の外に向かって駆け出していく。(表記的には新海 誠 がババーンと出て、音響的には「君の名を今、追いかけ―るよ」ですとんと終わる。)ちなみに三葉は画面向かって左に、瀧は右に向かってフレームアウトする。残っているのは彼らの下半身、駆け出す感じの足の動きと組紐だけ、という状況だ。

このときの二人の動きに何か「意味があるのでは」ないかと思い続けて、実に半年。20回もの視聴を越えてですら、その画面での二人の動きの意図に今の今までたどり着けなかった。
だが、面白いもので、分かってしまうときは突然なのだ。二人がご神体のクレーターの上を走り回るシーン。三葉は左から右に走り、瀧は右から左に向かって走り、すれ違う。その結果、立ち位置は、向かって左に瀧、右に三葉、という配置になっている。

ここにも、そんな伏線を張っていたとは驚きである。ケンシロウに秘孔を突かれたくらいの衝撃を仕事中に感じ、慌ててブログを起こしているといった感じだ。
すれ違い別れるようなオープニングの二人。クライマックスでは向かった方向から駆け出しすれ違い、お互いを確認しようとする。もちろん、時間がずれているから逢えようがない。手を伸ばす。そこにいるはずなのに、手ごたえ無くなにもつかみきれない右手。我々も「そりゃそうだよね」と思わずにはいられない。奇跡なんか…
それがカタワレ時で可能となる。もうここで感極まる人もいることだろう。

だが!!!
手練れの新海氏は「もう一度」同じシーンを畳みかける。それがボタ雪の降りだした歩道橋のシーンだ。全く同一方向から向かい合う二人。すれ違ったときに風鈴まで鳴る。時間軸が同一になっているにもかかわらず、お互いがお互いを認め合えないもどかしさ。このすれ違いのシーンは特に「秒速5センチメートル」でも使われており、結果その映画ではそのままに放置されている。

歌詞にもある「追いつく」「追いかける」「追い越す」・・・。いやはや、これにはまいりました。

・協賛していないはずの会社製品がほぼデフォルメなしで登場している不思議
エンドロールでも、この作品には、いろいろな会社がある程度お金なり、協力したりして作成されている。CM繋がりのZ会(劇中の車内広告で確認できる)、栄光ゼミナール(Z会と同様)、そして製品がものの見事に出まくる明治(避難計画・コンビニでの買い物のシーンでは、FRAN/きのこ/たけのこ/マーブルチョコレートが確認できる)、電子地図のマピオンやゼンリンも名を連ねている。製作委員会に名を連ねるJR東日本やローソンは、そのものずばりがほぼデフォルメなく書かれている。
ところが、だ。瀧がベッドから起きる一発目のシーン。ベッドのそばには天然水がシレッと配置されている。宮守バス停のカフェは、まごう事なきBOSSの自販機。テッシーはレインボーマウンテンを、サヤちんはなっちゃんオレンジを飲んでいる。→実は、予告編では「プレボス」缶が自販機から吐き出されている。
→証拠動画。始まってすぐ/13秒あたりで確認できる
差し替えられたのは、プレボスが2014年発売だから。

勅使河原家の宴席には珍しいプレモルの瓶ビール。プレモルの缶ビールは、劇中でまくっている。しかも、彗星天体ショーのさなか、ある家庭でのシーンでは「トリス」まで確認できた。
三葉の入った瀧が、自分を知らせるために手のひらに書く「みつは」を書いたのは、間違いなくゼブラのマッキー。カタワレ時も同様だ。「うぬぼれるな!!」と赤で大書きしているシーンもあったが、あれは、ゼブラのマッキーの太/細で書かれたもので確定(ペン立てにその姿が確認できる)。
でも、実際、エンドロールには、サントリーも、ゼブラも確認できない。もちろん、サントリーに関しては、CM繋がりの部分があったりするので、次回作では、エンドロールに載ってこないとも限らない。だが、ゼブラの方は、一切そう言った関係を持っていないのだ。これは謎でもあるのだが、新海氏は、著名なコモディティをさりげなく使うことにあまり抵抗がないのかな、と思ったりもしている。もちろん、この映画の影響でバカ売れするほどのものでもないし、そんなことは今や世の中の人は忘れているはず。ただ、BOSS好き/筆記具はほぼゼブラな当方からすれば、なんか、監督さんと思考が似ているのか、と自己陶酔したりしている。

・ラーメン屋の軽、2013年町長選挙応援演説会場に出現していた。
2016年には瀧達一行を乗せている設定になっているあの軽。演説会場を立ち去ろうとする登校途中の三葉たちの背景として描かれている。
今頃で恐縮だが、ようやく車種を特定。→こちら2004年からモデルチェンジをしていないので、2013年当時にも存在していることも確定している。

・作画ミス
遂に入れ替わっていると思われる事象が語られる、3人での昼休み。
サヤちん「覚えとらんのぉ?(中略)制服のリボンもしとらんかったし…」
小説上では「私はその姿を想像してみる」(p.28)とあるが、映像上では、不気味に笑う三葉と、それをかなりドン引きで見ている早耶香・テッシーが描かれている。
だが、ここで三葉の胸元に注目。ちゃぁんとリボンはされているのだ。
実はこの描写、初見の段階で「ウワ、ミスってる」と理解できたほどのイージーミスだった。

・立花家の扉の怪(5/12鑑賞時発覚)
もう、この項目だけで「深掘れる」のではないか、というくらい、立花家の扉は、描かせてしまう内容満載である。瀧・関係者が扉を開けるシーンは4回。
‖蹐良秧討出ていくときのドアはレバー式
⊃隼拇戮靴峠个討るドアを、三葉の入った瀧はノブで開けている。
デートと知り慌てて出かけるときに開けたドアはレバー式。だが、開き方が今までと逆
せ依佞鵬颪δ樵亜⊇亢仍に開けた扉はノブ
「実に面白い」(ガリレオさん 談)。レバー式で描かれたのも、ノブでかかれたのも2回。しかも一回は、我々の鑑賞上では、逆に開くというあり得ない現象が起こっている。
もうね。いろいろと突っ込みどころ満載なのだが、結論から言うとこうなる。

結果:
デートに出かけるときに慌てて出て行くシーンがあまりにぞんざいに扱われ過ぎているところに疑念を抱く。ちなみにその時隣の部屋の扉も描かれているが、外から見て向かって左側にレバーがある。だが、レバー/ノブの差こそあれ、外から見て向かって右側にあることはこの一回以外は正解。ここは「夢を見とるな」で囲まれた場所に位置しており、この描き方が現実と違う・・・夢の中の描写とすればまだ理解できる。
よって、は、現実的ではない(わざと間違えて描写した)、とするならば、,、完全に描き間違いと理解できる。

・作画ミス?(5/29 追記)
これは意見が分かれるところだと思うが、三葉の入った瀧の初カフェのシーン。水の入ったコップがやたら比率的に大きく感じてしまうのだ。
ほかの客に出されているものを見てもあそこまで大きく見せているのは、若干おかしい。ちなみに内定社数を自慢されるシーンでも少しだけ水の入ったコップは大きく感じた。
もっとも、これは「観る人の感性」の問題であり、大きくミスとは言い難い。

・傷害事件も辞さないあの二人組の"魂胆"(3/31 追加)
イタ飯屋に難癖をつけてただにさせたあのチンピラ二人。だが、次の瞬間、カッターがキラリとひかり、不穏な空気が流れる。もちろん、終業後に瀧に刺繍をさせるためのスカート切りつけなわけだが、彼らのような詐欺師的な手法でただ飯を勝ち取る連中が、変質者同等の行為をすることに疑問が生じるのだ。
まあ強引にもほどがある「ピザに楊枝」は百歩譲るとして、もし手元が狂って足にけがでもしようものなら、いやでも彼らの犯行だと気が付く。被害が制服のスカートだけで済んだのは不幸中の幸い。そのあと防犯カメラの映像でも警察に提出してしかるべき措置を取っているだろうとは思うが、一歩間違えば流血の惨事もないとは言えない。
なぜそこまでの行為に及んだのか…ここはひとつ取り調べてみたいところである。
ただ飯が食えればそれでいいのに畳みかける行為。彼らの心の闇を垣間見たかもしれない。

解析結果:
傷害事件に発展する可能性を彼等が認識していなかったはずがない。ただ飯どころか「臭い飯」を食う羽目に陥ってでもあの行為をしなくてはならない理由が存在するはず。

・CWF、カメオ出演しまくりww
製作サイドが、映像で”遊ぶ”ことは、実写であってもよくあることである。ヒッチコック監督が画面で見切れるかどうかと言ったところで出てきたりするのは有名な話だし、クレジット記載なしでゲスト出演する俳優なんかもざらにいる。
このアニメーション映画を作ったのはコミック・ウェーブ・フィルムである。略称はCWF。実はこの名称があちこちに姿を見せているのである。
それは主に瀧の携帯のキャリア表示に現れている。ばっちりわかるのは、三葉の入った瀧がベッドの上で携帯を触り、日記を確認したり、写真を見たりしている場面。その他にも、一部携帯を触っているところで発見できる。
その次は、画面上での古川図書館。ここでは、URL表記が「CWF-SEARCH云々」と書かれている場所があり、サーチするサイトの表記がグーグル様を模したものになっている。
ちなみに2013年テッシーが重畳周波数を検索する際には、嘘サイトではなくなぜかGoogle様が使われている。ここは謎な点でもある。

・あ、こんなところにwwwww(5/12 発見)
瀧の携帯に日記を書きつけてご満悦の瀧に入った三葉。だが、次の瞬間、ノートに書かれた「お前は誰だ?」を思い出す。ふっと思った三葉は、自分の名前を瀧の手のひらに書こうと考え、左の手のひらに「みつは」と書くのである。
その時!!
奥に映ったマグカップのキャラクターに見覚えがあったのだ。そう。自画像とまで言うつもりはないが、新海監督のトレードマーク的な猫のデザインされたマグカップが置かれているのだ。→新海さんのツイッターのサムネイルがまさにこのデザイン!!
まあ、こういう発見こそ、小ネタというべきところでしょうな。でも25回目まで気が付かないというwww

・媒体に存在しない劇中の「前前前世」の存在
主題歌として挙げられる4曲。実は、movie ver.と銘打っておきながら、実際に劇中で流れているものとは似ても似つかないのが「前前前世」なのである。
「ニコニコ大百科」の前前前世の記述を読むと、劇中Ver.の存在が明らかになる(媒体未発表)。では、CDなどに収録されている曲をどうしてmovie ver.としたのか?
理由としては上記のニコニコ大百科上の記述を読んでもらった方がわかりやすい。

・作画ミス
物理的におかしなところはどうあっても直してもらいたいところ。
3人でご神体に行き、遂に!「ここから先はカクリヨ」「えっ」「あの世のことやわ」
そして四葉は「あの世やぁぁ」と屈託なく、小石を飛び越していく。
次のシーンである。
「此岸に戻るにはあんたらの一等大切なもんと引き換えにせにゃいかんよ」と言いつつ三葉に手を引かれながら小川を渡る一葉が描かれているのだが、一葉の足元に「影がない」のだ!
浮いているようにしか見えずかなりの違和感。これも実は当方初見の段階でやらかしたな、と気が付いている。

・うそぉ。誤字発見/確信犯?
「郷愁」という写真展を訪れる瀧と奥寺先輩。飛騨の写真が展示されている場所で瀧は、吸い込まれるように写真に見入ってしまう。実は入れ替わりがまだ続く状況(正確には既に入れ替わりは終わってしまっている)であったにもかかわらず、まるで失った何かをそこに見出したような表情だった。
このとき奥寺先輩から「今日は、なんだか別人みたいね」と言われるシーン。背景で恐ろしい文字を発見してしまった。

        山 陸
振り仮名として『SANRIKU』の文字もある。「そんなバカなぁ」とお思いのそこのあなた。是非ともスクリーンでご確認をwwwwww少なくとも、日本人ならこういう誤字はあり得ない。だが、「別の視点」つまりあえてこの文字にした、という言質も存在する。そのものずばりを提示せず暗喩とした、という見方である。そうした理由として、この写真展自体が災害で被害を受けた場所の「在りし日の姿」を展示しているとするならば…でもあえてこの文字にした理由がよくわからない。逆に三陸と正確に表示しなかった理由が知りたい。

これから先は、その2に譲ります。
改訂記録
2017/5/13 5/12の25回目鑑賞で噴出した部分を含めて記述。小ネタ集を2タイトル化。
2017/5/29 描き漏れていた部分を追加。
2017/6/9 サントリー/ゼブラの謎を追記。
2017/6/24 予告編での設定ミスを発見/記述(本編では修正されている)