前書き省略。引き続き、小ネタを上げていく。

・新幹線の座席配置が逆、もだが!(4/23 追記)
山側(下り進行方向だと右側)が2人席、海側が3人席なのだが、名古屋(下り)に向かうのに、画面向かって左側(進行方向に向かって右側)の3人席に座っている瀧御一行様。まあ、これは既に指摘されている事柄。
だが、伊達に回数だけ積み上げたわけではない。車内アナウンスに注目した。
なんと、田園風景が流れている車窓を尻目に、『途中の停車駅は、品川、新横浜、名古屋、京都です』と、機械音声が告げるのだ。またしても、変な事象に出くわす。
品川が入っている、ということは東京駅を出た直後、というわけだ。言っとくが、首都圏の、それこそコンクリートジャングルの中を走る東海道新幹線。それなのに背景は明らかにのどかな田舎のような風景。もちろん、新横浜−名古屋間ならこういった風景はまああり得なくもない。ということは、明らかに品川、新横浜は停まった後、と言える。なんですでに停車を済ませた駅をアナウンスするのか、と思わずにはいられない。

・鉄ちゃんサイドから飛騨旅行の往路を考える(4/23 精査の上、追記)
当方、毎年「ダイヤ改正号」は時刻表を買い求めるほどの鉄道ファン・・・鉄ちゃんである。とはいえ、その情熱も何もかも大幅に失われつつあるのだが、列車の描写に定評のある新海監督なだけにどういう描かれ方をしているのか、は非常に興味があった。
飛騨旅行が計画されたのは2016年10月21日の金曜日。瀧の出発時刻は「普段の通学よりも早い時間とあって、電車は空いていた。」(p.110)とある。ここで当方は、下りの始発、もしくは6時/7時台の新幹線を想起したのだが、「新幹線の自由席は、ほとんどがスーツ姿のサラリーマンで埋まっている」(p.111)とある。実際の画像の乗車率は、頭があまり見えなかったので低めとしていたが、実質8割強。ただ、自由席車両だったとは知らなかった。
その後、最寄り駅と思われる飛騨古川に向かう一行。飛騨古川に停車する「ひだ」は、3号/5号/7号/11号(以後は夕方以降の停車となり除外)。
そして、列車の特定に至る最重要シーンを発見する。タクシーに聞き込みをするシーンで、後方の時計が1時半過ぎを示していたのだ。これに該当する列車は、「ワイドビューひだ 7号」(飛騨古川着 13:28分程度/ダイヤ改正の度に数分程度の早着・延着はあるが、大筋でこの時間帯に到着している)しかない。
ここから逆引きすると、意外な事実が明らかになる。
「瀧はそんなに早く家を出る必要がなかった」という点である。ひだ7号に乗るためには、名古屋にはせいぜい10時についていればいい(名古屋発は10時48分)。言わずもがな、東京−名古屋間は『のぞみ』であれば1時間強だ。ところが、名古屋駅の在来線の地下通路を歩く3人が映っているそばには、出発の電光掲示板が表示されていたが、そのどれもが9時台を表記していた(10番線側は9:46 中津川・11番線(画面向かって左側)の表記はなんと、9:24の中津川行であった。そして、重大な事実をまた見つける。旅程の一日目は2016/10/21 金曜日。10番線から出る中津川行きは、土日のみ!!ここに、またしても現実と違う事実を見出だす)。11番線の時間表記があるので、少なく見積もっても、この通路を歩いているのは9時20分ごろと思われる。
当初の瀧の計画はこうだったはずだ。7時台の新幹線に乗り、名古屋発9:40程度の「ワイドビューひだ 5号」を捕まえ、飛騨古川には昼過ぎ・・・12時半過ぎには着いていたかったはずだ(2016.10の時刻表では、名古屋9:39→飛騨古川12:42)。
ところが、乗り換えにちんたらした挙句、当該列車に乗り遅れる。瀧が名古屋駅の通路で一人大慌てだったのはそういう意図があったからとみる。だから、その一本後の「7号」に乗り、飛騨古川には13時半少し前につくことができ、タクシーの聞き込みで背景として表記される時間・・・13:40分ごろが具現化できるというわけだ。
つまり「あまりに早く東京を出てしまった」うえに、「乗継に失敗して、名古屋駅で大幅な待ち時間が出た」と思われるのだ。
映像の順序は小説も準拠しており、いきなりタクシーに聞き込みをしているので、このタイムテーブルで確定していいと考えている。

本来は「深掘る」ネタ?と見まがうレベルだが、まあ、小ネタ扱い、ということにする。
→一部、外部ブログでの映像(ZIP! 番組のキャプチャー映像)を参考にしましたので、謹んでリンクを張らさせて頂きます。

解析結果: 
名古屋駅で乗継に失敗し、「ワイドビュー ひだ 7号」に乗って移動。飛騨古川着は13:28頃。これなら9時前東京発でも十分間に合っていた。

・入れてほしくなかった「あの」へしゃげた物体
場面は、破壊の限りを尽くされ荒廃した糸守町を眼下に望む元の糸守高校のグラウンドで一同が新糸守湖を見下ろすシーン。ここで破壊の程度を示す3枚のビジュアルが提示されるが、よりにもよって、3枚目に哀れ、JRの車両2両(しかも一両は、単色ではなく旧急行型色の塗りわけがあった)が完全にぺしゃんこの状態で描かれている。
これがある、ということはJR東海の車両も巻き込まれた、とみるべきであり、ここで死者が出ていないのだとすると、とんでもない奇跡のように映る。
参考意見:当方の時系列解析では、「誰も死んでいない」という時間軸が正しいとしている。よって、当時の乗客乗員も連絡を受けて退避していたと思われる。ただ本来なら列車ごと引き返すか突っ切るかすればよかったのに、それをしなかったのはなぜかはわからない。
気動車だから電力がなくても運行は可能だろうが、電気がないと困る信号や踏切/無線などに支障をきたすはずである。避難に必要な2時間前…6時過ぎに"事故"が起こったとして、状況を把握するのに1時間程度。運行を始める前に役場からJRに進入しないように連絡が行く可能性もなくはない。つまり「巻き込まれない」こともあり得る=死者も出ない と言える。
確かに高山本線が走っている地域でもあるのだが、実際の駅の描写は、東京行を決めた三葉が、「美濃太田」行きの気動車に乗り込むシーンだけ(架空の駅でもあるが、乗ったとすれば、該当する列車は一本だけ。猪谷発6:07→美濃太田9:38)。原子力災害でもないので高山線の復旧もされていてしかりなのだが、そういったことは脇筋も脇筋。だったとしたら、あえて気動車の被災しているビジュアルはない方がよかったのに、と思う。

・どこからやってきたのか???を含む2016.10.22のご神体関連の謎(6/9 追記)
今まで書こう、書こうと思って、素通りしてしまっていた題材がこれである。
,歓逝里魄呂狄紊燭泙蠅砲蓮△覆爾魚が存在している!!
魚なのかの断定は難しいものの、水生生物がいることは間違いない。2013.10.2の三葉が訪れた時は、水はたまっておらず、小川のように表現されていた。一気に雨が降ってしまったため、排水が追い付かず、たまってしまった可能性はあるにしても、あの閉鎖的な場所にどうやって魚をはじめとする生物が到達したのかは、謎である。
△修發修發△修海泙膿紊溜まるのか???
たった3年で何かが起こったのか?ご神体を囲むようにちょっとした湖を形成しているようにしか見えない。実際、瀧は画面上、腰上まで水に浸かって渡り、ご神体にたどり着いている(実はここも作画ミスが指摘されるところ。濡れてズボンの色が変わっているのはひざ上までであり、直前に最深部を渡るときに腰上近くまで水に浸っているのとはずれが生じている)。小説の中では、・小川は、池ほどの大きさの水たまりに ・胸元まで水に浸かって渡り切る(要約/p.141-142)とあるのだが、取り囲むように円形に水が溜まるような地形にもともとなっていたかどうか…また、瀧の身長を170僂伐渉蠅垢襪函仮に胸元ならメーター越え。腰上でも一メートル近くはたまっている計算になる。ここの部分は、それほど題材もないと思ってスルーしていたところなのだが、DVD・BD入手後に再調査をしてみたいところである。

・なぜ落下時刻は「8時42分」だったのか?(5/19 追記)
もう「本当に」考えるべき項目はないと思っていた。でも、気になる数字がある。

  2013年10月4日   午後8時42分。
実に中途半端で、面白い並びである。8−4−2。2の乗数の順番か?…
くらいにしか考えていなかったから、この数字に意味なんてあるはずないと思っていた。

だが…もし意味がある数字だとしたら?そう思って、この数字をひっくり返し、並べ替えてみる。

2−4−8。時間に直すと、午後2時48分…

ヴヷッッッッッッッ
何か背中を冷たいものがゾクゾクッと走ったのを覚える。そう。東日本大震災の発災時刻ってこのくらいではなかったか…調べる。WIKIには発災時刻(地震の発生時刻)は2011年3月11日 午後2時46分と書かれている。
はぁ、又外れか…うむ?
2-4-6。頭2つはぴたり符号するぞ!!

仮説:
東日本大震災の発災時刻の逆=「んなもん適当や」といった変電所の爆破時刻=2時間前、と考えるとなかなかいい推理とする。

ちなみに役場の部屋の中で右往左往し「誰がしゃべっているんだ」とイラつかせながら独り言を言っていた町長の背景の時計は6時45分。だいたいあっている、と考えて間違いない。ていうか、「んなもん適当や」といった割にきっちり2時間前に爆破できるとは、テッシー、なかなかの策士である。
そう。変電所爆破の結果起こる停電は「地震」、隕石で起こる災害は「地震の後にやってくる津波」と考えると、まさに監督が言っていた「東日本大震災を下敷きにした」こととバッチリ符合するのだ。
もちろん人為的な爆破を自然災害になぞらえることは少し違っているかもだが、劇中死者を出したのは隕石落下の「セカンドインパクト」が原因。それを避けるための前兆という意味合いもあるとみる。

・口噛み酒トリップの描かれ方に注目。(1/27 追記)
解析厨であってもなかなかこの視点にはたどり着けない、と自負したい点が見つかってしまった。
何を隠そう、口噛み酒トリップの描写である。我々は、これを「誰の視点で見ているか」ということを一切飛ばして、「三葉の記憶」という都合のいい解釈で済ませている。
ところが、彼女の記憶、であるならば、三葉は本来映り込んではいけないのである。彼女が見たものが記憶として描写されているのだから。
ここで「ああ、なるほどっ」と膝をたたかれる人も出てくるだろう。東京に行くと言っている情景(背後からのアングルでしたな)、祖母である一葉に「お願いがあるんやけど」と言っているその姿をだれが見ているというのか?
もちろん、これは、正直私が意地悪なのである。三葉の見たままを描いたならば、こんな客観的に理解できる映像が次々に映し出されるはずがない。口噛み酒が映した彼女の情景。そう理解するのが本筋であり、であるが故の口噛み酒トリップなのだ。

・うまいねぇ、と感じさせる「走り方」
クライマックスシーン。ご神体の上を走り回り、お互いを探しまくる二人。だが、三葉には瀧が、瀧には三葉が入っている。このときの二人は、お互いの精神状態まるだしで走っているのだ。つまり、三葉は男の子のように若干ガニ股で、瀧はおしとやかに、といった感じだ。もちろんオーバーな表現ではあるのだが、それがわかっていて彼らの真剣な走りを見ると、少しだけクスッと来てしまうから面白い。

・勅使河原の自転車に関する発言
父親の説得に失敗し、「三葉なら……説得できたのか?俺じゃだめなのか?」(p.176)と自問自答する三葉の中の瀧。そこに一同が会する。どうしようか悩む三葉(瀧)に、ご神体の映像がありありと浮かぶ。向かうと決心した三葉は、勅使河原の自転車を借り、ご神体まで向かう。
途中の山道で自転車はがけ下に落ち、壊れてしまう。そこから、女性の駆け足で山頂を目指す三葉が描かれる。
そして場面は、瀧との出会いを終え、組紐をバンダナ風に巻き上げた三葉が、変電所にたどり着き、そこでバイクに乗った勅使河原と合流するところ。
 三葉「自転車壊しちゃって、ごめんやって」
 テッシー「はあ?誰が?」
 三葉「私が!」(p.211)
ここは、勅使河原が「どこに」びっくりしたのかが分かれ目になる。
1.『壊れるような乗り方って、なんや、それ』
壊したのが「誰が?」と問いかけているのだとしたら、納得いくといいたいところだが、この文脈から考えて、貸したのは三葉以外でないのだから、聞くとすれば「は?なんで?」となるのが普通である。
2.「自転車壊れた?何言っとるの?」
この文脈の方がより正しいとみる。17歳の瀧と出会ったことで歴史が動き始めており、すでに起こっていた2013.10.4とは違う道筋をたどりつつある。もっと正確に言うと、17歳の瀧が2013.10.4に着地した時点から動いているともいえる。その過程で、「自転車を貸した/借りた」の記憶があいまいになっていることは十分に考えられる。
3.今からしでかすことに比べて取るに足らないことを強調したかった。
自転車は所詮私物。ところが今から爆破しようとするのは公共物であり、立派な犯罪である。「そんな細かいことはどうでもええ」という意味合いで発した、とも考えられる。

・「あの人の名前が思い出せんの」からの右手を見なかった三葉
感動のシーンに水を差すようで恐縮だが、またしても見つけてしまったのだw

「目が覚めてもお互い忘れないようにさ」
あの時君はそう言って
「名前書いておこうぜ」
私の手に書いたんだ。(p.227)

今だから言えるけど、ここまで忘れっぽい三葉ちゃんだとは思いもよらなかった。ひっくり返ってあの愛おしい人の言葉を思い出すまで、彼女の記憶から右手に書かれたことも何もかも、消えてしまっているかのようなのだ。
もちろん、事態は急を要していた。遅々として進まない避難計画。業を煮やしたテッシーは、叱責するように三葉に迫る。「あの人の名前が思い出せんの」なんて言われて「知るか、あほぉ」となるのは当然の反応だし、私でもそう言ってしまうだろうw
まさにあのシーンまで取っておくいやらしいまでの溜め。それまでに右手をまじまじとみる機会がなかったとはいわせない(テッシーの原付に二人乗りして、サヤちんに携帯で連絡しているとき、携帯を持っている手はまごう事なき「右手」だ)。客観的に見てみると、結構いろいろ出てくるものだ。


・宮水神社の設立年がわかってしまったことによる疑問
ラストシーン手前。瀧が糸守関連の書籍を図書館で閲覧しているときに、宮水神社の設立年が446年と記載されている。この年代をどう判断すべきか。

これから分かることは、糸守湖ができる前から、このあたりには人が住んでいた、ということである。それは小説にもかかれている。なので問題はない。
ところが、私も参考にしているこの年表→こちら では、「2回」湖(糸守湖)ができていると書かれている。
これは、テッシーが見せてくれた、町の資料である、糸守湖の断面図を見ても"おかしい"と断言できる話である。同じ場所に落ちることなどありえず、ましてや1200年前と2400年前を間違える考古学者はさすがにどこにもいない。
ただ、「一回目」がご神体を形成したとしたらどうだろうか?これが納得いく話だと思われるのだが、小説では「山間の集落に落ちる。」(p.148)と書かれている。あの標高に人が住んでいたとは考えにくく(いや、100%ない)、2回落ちたとすると、一番最初の2400年前にはどこに落ちたのか、は小説の中でも劇中でも明らかにされていない。むしろ、劇中では前回の落下のみがかかれているようにもみえる。

仮説:
小説の書き方が間違っているとする。まず隕石由来による窪地→ご神体ができ、それを崇拝すべき神社ができる。その後湖を形成したティアマトが落下。これならすべてがうまく説明できる。

そうなるとおそらく形の残ったご神体とされる隕石の上に茂るご神木は、樹齢1000年越えは確定してしまうのだが、これはいくらでも否定が可能である。建立資材に使った/何度も枯れたりして、現在のご神木は3代めくらい/標高が高いので育ちが悪い などなど。
小説ではまず湖形成(1200年前)→もう一回落下、で整われているのだが、この順序だと、確かにご神木の樹齢だけはつじつまが合うが、別の彗星/隕石落下が起こったとしないと周期的におかしいし、さらにご神体の形成が、神社設立よりかなり後ということになってしまう。仮説の域を出ないとはいっても、この説をもってでないと、全てがうまくまとまらない。

・ラストシーン直前に書かれている人物たち
二人が歩道橋ですれ違ってから「ダダンダダンダン・・・」(ターミネーターではありませんよwwww)と、「なんでもないや movie edit.」がかかり始める。図書館で調べ物をする瀧。夜が明けるシーンにかぶさるように季節は春を告げる。桜吹雪舞う町中。営みが普通に描かれる。花屋の店員、牛丼屋で食べる女性、ローソン(製作委員会に入ってますからねww)でレジをする店員、ゴミ出しするロングの女性(後姿)、新居を探しているかのようなカップル、そして、高校生になった「四葉」・・・

そのいずれもに既視感を禁じ得ない。そう。全員糸守町/高校にいた人々である。牛丼屋/ローソン店員(手前)/ゴミ出し女性は、三葉に事あるごとに絡んでいた男(松本)と、女性二人である。不動産屋の店先のカップルは、もちろんサヤちんとテッシー(ただし後ろ姿)。では、花屋の店員は…?
彼も実は同じクラスメイトだった。場面は、絵画の時間。手前から三葉、サヤちんと並んで描いていたわけだが、そのサヤちんの奥で描いていた、黒ぶちメガネの彼こそが花屋の店員なのである。

ちなみに「かなりはっきりと描かれていながら、だれなのかわからない」人物が一人いる。それは、三葉とテッシーが避難を呼びかけようとするシーン。
「あの人の…あの人の名前が思い出せんの」と三葉が言っているそばに、背後から近寄り画面を横切る男性である。まるでカメオ出演するヒッチコック監督のように。
それから、いろいろ情報をまさぐっていると、RADWIMPSのお二人が出演していることも明らかになる(今頃か、という声はなしwww)。本日クレジットでも確認した(声の出演、最後のお二方)。

遂に2017.6.9、近畿圏での上映が終了した。画像をもとにいろいろな小ネタをまさぐってきたこの企画もそろそろ終了となりそうである。
改訂記録
2017.5.13 2タイトルに分離。一部文章修正。
2017.5.19 項目(発災時刻考察)追加。
2017.6.9 ご神体関連の項目を追加。宮水神社設立に関してはほぼ書き直し