大ヒットしてしまった、と言ってしまってもいい「君の名は。」。それまでの新海誠ワークスからすれば、「よくて30億、まあ15億いったら御の字」という、配給側の目論見もあながち控えめに受け取れるわけだし、「そんないきなり大ヒットなんかできるはずがない」と思っていても不思議はない。

それは、アニメーションウォッチャーとしての当方の目から見ても同様の想いしかない。確かに「きれいな映像」は見せるが、作劇や言いたいことの表現というものに若さ/不十分さを感じ取るのである。
それにもまして、彼は「好きになったものどおしが結ばれない/鬱エンドこそが至高」とさえ思っているかのようなまとめ方をする。世に言う「新海節」である。だから、これまでの新海シンパが「君の名は。」を見ると、「おいおい、ラストが全く違うじゃねーか」と拒絶反応を示す人も出てきてしまうのだった。

「君の名は。」に至る彼の軌跡を語る上で、避けて通れないのは「秒速5センチメートル」と「言の葉の庭」である。特に直前作である後者は、彼がメジャーデビューに至るステップとしての位置づけでもあり、仮に短編/1時間弱とはいっても、これがどう影響しているのかは現物を見ないと評価できないと思っていた。

34縄目の直後にこの作品を見る。すでに言われているように、この作品、大規模公開をしなかったこと/短編でブロックバスターにはなりえなかったこともあり、なんとわずか1.5億の興行収入しか挙げられていない(データはwikiより)。
それはどこに原因があったのか…スクリーンに対峙してみる。

そこで展開されていたのは…
まさしく開始1秒マジック。
彗星の落下シーンを「あーきれいだなぁー(棒)」とみていた「君の名は。」の、さらに上を行く、「え、これって実写取り込んだの?!!」と錯覚するような、美麗すぎる雨のシーンで幕開ける。
舞台は新宿御苑のあずまや。タカオとユキノの、人知れぬ密会が、「雨の日」には展開されていく。6月のつゆから、それが明けるまでの逢瀬。そしてタカオは9月に入って驚愕の事実を知ってしまう。ユキノが自分の高校に勤務する教師であり、しかも生徒のいじめで退職を余儀なくされる展開を知ったのだった。決して褒められない、タカオの"対決"は、結果的に無意味に終わる。
まるで二人の未来を暗示するかのような、嵐の描写はかなりぞくぞくする。こういうことをやってのけるのか…そして、ユキノの家での告白、破たん、別れ。タカオのあまりに大人びている考えと、ユキノの、それこそ15歳から何にも成長していないかのような姿勢には疑問符がつく。それでも、罵倒され、本心を見抜かれたユキノは、しがみつくようにタカオに抱き付く。バックには、秦基博の「Rain」が流れている。ということは…

実質46分。1時間ドラマとしてみる分には、実際、芝居の部分はそれほど大きく感情を揺さぶられるところにまでは至らない。それはひとえに、大人と子供/教師と生徒という部分もあると考えている。ラストシーン手前でも、ユキノがタカオを好きになっていたのかどうかはわかりづらい。それも、制服を見て、同じ高校だな、ということは感じられるはずなのに、そういうことを隠してしまっているあたりにユキノの闇を感じずにはいられない。

そう。作劇的には、詰め込み過ぎているわけである。いや、あるいは書かなさ過ぎている、といった方がいいか。もっと正確に言うと、尺が短すぎて、独白に頼ったり、書き切ることができなかったりしたせいかな、と思ったりもする。根幹としての部分はあまり評価できない。だが・・・
その失点を補って余りある映像美は、それこそ、椅子から立ち上がりそうになるくらいの美麗さで迫ってくる。雨が当たる路面、跳ね返る水滴、風雨を伴った嵐のシーン。ラストに当たるマンション踊り場での背景描写は、彼らの演技ほったらかしでそっちに目を奪われてしまいそうになる。

とにかく、あまりに風景が、描写が写実的で、美麗すぎる。もちろん、予算がないから、バンク(要するに使いまわし)しまくっていることは一目で分かってしまう。尺が短くてこれをやらざるを得ないほどの予算のなさを浮き彫りにする。しかし、ワンシーンに魂を込めるかのような筆致に度肝を抜かれる。そればかりに気が向いてしまうのは、いかんともしがたい。

「君の名は。」は、正直「言の葉の庭」ほどの透明感で迫ったわけではない。もし言の葉レベルで迫っていたとしたら、もっと観客が呼べていたかもしれない。だが、その一方で、「そこまできれいにすべきか」という声も出て来る。予算が潤沢ではない当初の計画から、言の葉レベル=金がかかる ことを容認できるとは思っていないからである。IMAX版の完成、すなわち「金をかけてもいい」となった時の、この作品の美麗ぶりは、「言の葉」レベルに達する直前にまで高められた。

映像表現にしかとりえを見出せない。それはそれで困ったものである。面白い、感動できる・・・何かあまりにも足りなさ過ぎて、満足には至らない。映像だけなら98点だが、総合だと75点くらいと言ったところか。