ひとつの映画を複数回観ることは、「君の名は。」が初めての体験だった。
初見でもやもやが取り付き、解析厨の血が騒ぎだしてからの当方のほとんどビョーキといわれそうな鑑賞レポートを見ていただけるだけで、その熱狂ぶりがうかがい知れるというものだ。

前回同僚と映画館に連れ立って行ったとき、当方は、当日、松竹系のサービスデーに当たっていたためすでにゲットしていた前売り券ではなく現金で視聴。その選択をした結果、「2回目確定」となったわけである。
そうさせた原動力は、ヤフーのレビューにある。ファンしか見ないはずのスピンオフの映画なのに、☆5個の乱れ打ち。その中には、「原作(ラノベ)/アニメ未見」の層が少なくない数いる。彼らが、「君の名は。」から流れてきたニワカアニメオタクでないことは一目瞭然。そこそこに名作を嗅ぎ分ける嗅覚を持った、レビュアー達が付ける評価は、少なくともお情けや下駄を履かせるものではない。文章の端々に、感動したことがうかがい知れるのだ。

実は、初見の段階で私はすでに94点をつけている。→7/20の鑑賞記も参考のこと
そしてその中でこういっている(ちょっと作文に失敗しているがそのまま抜粋)。

  −−もう一度見に行けば、確実に彼らとの距離が縮まる。それは確実に涙腺崩壊を促すだけになるだろうが、ある程度原作なり、元アニメなりを拝見して、手の内に入れてからもう一度スクリーンの前に座りたいと思う−−

良作と感じられるセリフ回し。機械の体なのに「心」を理解しようとし、人間に近づいていくシュヴィ。それを受け止めるリク。結婚!!という恐ろしくありえない展開を目の前に提示し、しっかり落としておきながら、シリアスに感動させていく。村人に引き合わせる直前のシュヴィの表情の一変ぶりを見るだけで、『これはとんでもない』と思わせるに十分だ。

終盤は、ノンストップの戦闘シーンになるわけだが、機械なのに「死ぬ」という言葉を何度口にしたことか。すでに我々の中では、シュヴィは"人間"の心をまとったエクスマキナとして描かれている。だから、自身が攻撃されているようにまで感じてしまうのだ。
この作劇、そこまで醸成させる前段階。チリヂリになっても指輪だけは残っている。この演出も恐ろしいといわざるを得ない。

その端々で、涙腺が刺激される。特にリクが48人を諳んじるシーンは、涙なくしては見られない。そもそも開始すぐに幼い娘のいる父親に死ねと命令するのだ。そんなリーダーがいるだろうか?最初はいぶかるわけだが、『生きるも地獄』な世界で、その犠牲の上に成り立っていることを分からしめた上で、この世界は間違っている、と観客にわからせる装置にもしていると思う。

同僚のせいで泣きにくかった初見。今回は、公開末期であり、終演間近ということもあり、わずか14名の鑑賞者の中で、自身が最高齢であると認識できる面子の中で、横一列誰もいない中で、たまに眉間を押さえて号泣する、号泣する。
それは、瀧を慮った涙でも、春樹が失ったものを想って泣くのとは違う。思い通りにならない、でも、二人でいれば何とかなる。それがかない、かなわなくなっていくから泣けてくるのである。

二人が二人とも死にゆくバッドエンド。だが、彼らのしたことは間違っていなかった、と"ゲームの神様"は言う。これで見事に救われるし、のちの舞台にもつながっていく。
一見/テレビ・原作未見者お断り、な作風にしなかったスタッフの慧眼にただ頭が下がる。もうシュヴィが死にゆく姿を見ていられないので、円盤等は買い求めない予定だが、それだけの映像美もある。これだけ登場人物・勢力が多いのにうまく御せている原作者の頭の中を覗いてみたくなった。
(観客データ/神戸国際松竹 16:20 14名/高校生3人/女性ペア一組以外は全員男性(ソロ3名)/当方確実に当該上映回の最高齢観客/平均20代後半)