明日から10月。
正装=スーツ上下で出かけることにいぶかられにくくなる時間帯。そう。いまだにこの格好でスクリーンに対峙することを止められないでいる。

それは以前にも書いたかと思うが、制作者に対する一種の礼儀と感じているからである。礼儀。我々観客にとって、出来上がったものしか見ることはできないが、そこに隠れている裏側と、そこで展開される葛藤、たたかい…それらすべてに敬意を表したい。「新海誠展」を観てから、その想いはさらに高まっている。

土曜日初日の「シネマート心斎橋」での公開は、当初のスケジュールでは発表されていなかった。9/14のファーストランが終わった時点で、京阪神は完全消滅。9/30、16日ぶりの大阪での復活は今までのリピーター諸氏にしてみれば、願ってもないことといえたかもしれない。

何十年ぶりに訪れるアメリカ村/ビッグステップ。ビル4階に劇場はあるのだが、何気に長蛇の列が3階時点で出来上がっている。「!!」と思ったのだが、同じフロアにあるライブハウスへの入場客でごった返していただけのことだった。4階に上がってみると劇場の方は閑散そのもの。ほっと胸をなでおろすとともに、君縄状態にまでこの作品が昇華するわけないわな、と自己完結する。初めて少し前目のD列を選択。

入場時に観客数を押さえるが、いわゆる後ろ入りのみで前の方に着席するとカウントがしにくい。だが、今までの当方の最高観客数である14人は何とか超えてくれた。でも100席キャパに対して2割は行っていないとみる。私の後ろにはオタらしい3人組が着席。一人は一度くらいは見ている模様でちょっとした解説をしていた(公開時期を知っているのは確実に映画が気になっている証拠)。はじめてカップルも見つけたが、このカップル、場内明るくなっても二人とも延々泣いてました。

ストーリーは完全に手の内。ただ印象的な長台詞は紫音となぎさが初対面したときなど、結構あるのだが、あのシーンはむしろ、もらい泣きするのが正解かと思って練習していないww
それよりも!!
完全に「Wishes Come True」病にかかってしまった。2016年10月にはそこまで行くとは思っていなかったRADWIMPS病も、今でこそほぼほぼ完治しかかり、カラオケで歌唱の際にも感極まることは少なくなってきている。だが・・・彼女たちが歌うこの曲は本当に反則である。登場人物が歌う歌で泣かされる。それも本当に号泣に近い、いや、完全に自我が崩壊するほど泣かされるのだ。
特に2番の歌詞は書き出すだけでやばい(と言っているそばから塩っぽくなる顔)。
 
 潮風 かおるあの場所 集まった思い出は この先 どこにいても 一生の(大事な)宝物さ

もうここは紫音目線で読めば涙を禁じ得ない。母親の看病疲れで、表情も消えた紫音にとって、2017年夏の想い出はこの歌詞にもあるように「この先どこにいても一生の宝物」になっているはずである。紫音役の三森すずこ嬢の、泣きながら歌う演技は、さすがにひよっこの面々には難しいところだし、素晴らしい芝居だといえる。
この曲が流れる5分余り。奇跡が立て続けに起こる画面と相まって、泣かされっぱなしである。
初見はあのシーンを「過剰」と表現した(ツイでのレビュー)。もちろん、その見方は今でも変わっていない。ただ、曲が持つ力は本当のコトバだけのコトダマと違う効能があるのかも、と思えば、あの演出もあながちやりすぎと断罪するわけにはいかない。

そう。回数見るごとにこの作品の評価が上がってきているのである。実際、ランキングを訂正しようかな、と思っているくらい。ただのはまりではなく、こういう作品こそが正しく評価されないと、本当に今後のアニメーション界はこうした作品を手出ししなくなる可能性すらある。
とにかく年内は追いかけられるものなら追いかけるつもりにしている。そんな作品が一本増えただけで幸せである。