2016.10.1の衝撃から、一年を優に越している。
いままで一度もしなかった円盤購入までさせてしまったこの作品…‥…『君の名は。』。
劇場では、できうる限り見ることに傾注し、当方記録の36回。すでにBDでは何回見たかなんて、カウントするのも憚られるほど見ている。
そして、図ったように同じ場面で涙腺が確実に崩壊するのだ。

映画を見てホロッとさせられるのは、よくあることだった。だが、自己が崩壊寸前にまで追い込まれた作品はこれがはじめてである。
なぜ、あのシーンが、私を捉えて離さないのか?いよいよ、解析厨を自称する小生が、君縄論に立ち入ろうとしているのだ。

いろいろな人がこの作品のヒットに関して論評している。当方も、去年の段階で「なぜ、「君の名は。」はヒットしたのか」という記事をまとめている。→お読みになりたい場合は、右記リンクをいちいち踏んでいただくのがよろしいかと。 その1  その2  その3  その4  その5  その6  その7  その8  その9  その10
この作品をいろいろな角度で解析もし、もやもやを解消すべく丸裸同然にしようと思ってしまったのが運の尽き。完全に魅入られてしまったのである。

男女が入れ代わるという、ドラマのきっかけとしてはあり来たりなものであるべきアイディアを、新海氏は「一日以上入れ替わらない」「入れ替わりのきっかけ/原因を明らかにしない(それでも当方はあのアイテムが影響しているとみている)」という点を使って観客を煙に巻き、彼ら二人はそんなことになってしまったんだけれども、何とか日常生活を暮らしている、というのが、前段の「前前前世」が流れるまでに描かれる。
実は、この一種コメディタッチの前半の作風こそ、中盤、衝撃の真実を目の当たりにして観客は恐ろしさとともに「何が起こったんだ」と思わずにはいられず、その落差に愕然とさせる、「上げて落とす」、結果物語に引き込まれる効果を発揮する。
そこで思い起こされる「口噛み酒」。伏線がこのあたりから見事にはまっていく。運命の日に着地する瀧の精神と三葉の肉体。この二つが合わさることであの自分で自分を泣きながら抱きしめる(その後のコミカルな演出も含めて)シーンが生きてくるのだ。

もはやアニメーション映画史上最大の感動シーンと言ってもいい、カタワレ時での時空を超えた邂逅。そして実態も、記憶すら喪失していく瀧の魂の叫びがわれわれを慟哭の谷へと突き落とす。その後、「すきだ」を見せられて、「瀧のやろう…」となりつつも、彼にとって名前より大事な気持ちを優先させたことにまた感じ入るのだ。そして、決然とした三葉を見て、私たちは「何とかなる」とも思えるし、彼らはその後どうなるか、に注目できるわけである。

106分が余すことなく描き切れたのは、間違いなく、いろいろとそぎ落とし、説明不足をも「こまけぇことはいいんだよ」で突っ走った作者の意図を感じ取る。だからこそ、多くの人をとらえて離さなかったんだと思う。