映画と音楽の関係は切っても切れない、とは言い過ぎではないだろう。
事実、映画音楽を切り取って映画が作られる時代でもある(「すばらしき映画音楽たち」が邦題。ミニシアターで順次上映中)。

そして、「君の名は。」も、その例にもれず、まさに映画の映像と音楽が一体化したかのようなシンクロ度でもって、我々に言いようのない感動と感情の発露を促していく。

解析している途上で、主題歌4曲そのどれもが重要な役割を果たしていることに気がついた。
特に歌詞が伏線になっているとは思いもよらなかった。こんな伏線の仕掛け方をされた記憶は全くない。→前作「なぜ「君の名は。」はヒットしたのか」 当該記事より。もっと言うと、ここまで解析できている人/ほかの視点というものにも出会ったことがない。

これが可能になった背景には、企画当初から音楽担当のRADWIMPSが、製作委員会サイドにまで深くかかわり(所属事務所であるvoque tingがクレジットされている・しかも所属タレントはラッドのみ)、恐らく二人三脚に近い体制で取り組んでいたからというのが当方の見立てである。
映像を彩る劇伴は、映像を見ながらその雰囲気に合わせていく手法が一般的であり、だからこそ、製作サイドに首を突っ込むことはせず、むしろ出来上がってから曲が作られると思っていた。
だが、今回の「君の名は。」のヒットを見て感じたのは、映像と音楽が互いに高め合って、そのシンクロ度が最高点を発揮したからここまでのヒット作にのし上がったものであり、今までと同じような作り方では、ここまでヒットしていなかっただろうと思う。

そこに、音楽プロデューサーとして妥協を許さない野田洋次郎という人の完璧主義を垣間見るのである。いくら新海氏が求めていたからと言って、他を優先するなど、予定が入っていればこのコラボも実現していなかったはずである。また、制作最初期から、プロデューサー氏のオファーがあったことが小説「君の名は。」の解説にも記されていることから、ほぼ作品にかかりっきりであったことは想像に難くない。

音楽の存在が映画を彩る。今更のような意見でもあるのだが、この作品を見てそれを改めて感じている。