さて、この「視聴質」記事の解析も最後のグラフに到達する。
→男女の差が如実に表れるグラフである。
使うグラフは、この記事の3番目のグラフ。

ここは結論としてさらっと3行程度のまとめしか記述されていない。個別の要素ごとの解析もあえて手抜きにしてしまっているかのようである。

開始直後から乖離は始まり、20分経っても男性優位で推移。なんとこのグラフが正しければ、21:55以降、女性の視聴質が男性のそれを上回ることは一度もないのである(場所はデートが終わり、スケッチを書き始めるところ)。
今回のこのグラフが指し示す結論は、恐ろしいリピーターたちの出現と大きく関係しているとみている。

2018.1のアポロシネマの上映回でも、男女比で言ったら確実に男性陣に軍配。2017年当時の鑑賞記を紐解いてみても、「ものの見事におっさんだらけ」(2017.8.18/35縄目)だったりしている。つまり、男性にとってかなり響く作品であったということが言える。
それもそのはず。スケッチを書き始めるころから、三葉の存在は描かれていないからである。彼女が居る、と思わせる描写は、あの!スマフォの交換日記が消えゆくシーン。しかもその時、「あいつの書いたメモだって…」としか言えず、三葉とは言っていない。
三葉の存在に気がつくのは、名簿を見た瞬間。だがこれ一度きり。しかも、数時間後に宿に入ってから「あいつの名前、なんだっけ?」と忘れてしまっている瀧がいる。
いずれにせよあのタイミングからは主役である瀧が出張り、彼目線でストーリーが紡がれる。名前を忘れたままなのは、実は口噛み酒を飲む直前まで引っ張っており、「こっちが妹で、こっちが俺」「あいつの半分」と、完全に名前を言えていない。口噛み酒トリップで、二葉が「あなたの名前は、みつは」と言うまでは、彼は彼女の名前を記憶できていなかったとみていい。

瀧の物語が大半を占める後半。特に三葉目線より、瀧目線のストーリーの方に感動できる部分が多い。カタワレ時もそうである。二人が入れ替わりから解ける、"5次元"の2013.10.4。二人は邂逅するのだが、その時に見せる瀧の表情の変化こそ、彼が今までやってきたことが報われ、我々にも安どの空気が流れる、屈指の雰囲気を作り出せたのだと思う。
突然のぶった切りCMの後、カタワレ時終焉と同時に瀧の慟哭が流される22:40以降、男性陣がまさにとらわれたかのような視聴につながる。瀧が追い求めていたもの、見つけたかったもの、言おうと思っていたこと。すべてが達成されないまま幸福な時間は終わりを告げる。最後のよすがでもあった名前も忘れていく。それに抗う瀧を見せることで、男性陣に瀧が憑依・瀧に成りきる位置にまで感じ入らせたのだと思う。

その喪失感が男性の側に大きいから、二人が再会し、須賀神社の階段でお互いを認め合うシーンで男性陣は最大の視聴質を獲得するのである(3.45程度)。一方、女性陣の方はと言うと、最大視聴質は2.5で21:55。瀧がスケッチを書き始めるあたりである。これを以降越えることはなく、隕石激突直前の、転び、「これじゃ、名前、わかんないよ」のところでの急伸ですら、2.2に足りない程度。瀧に傾注しすきた部分が弊害として出てしまった嫌いもある。

もちろん女性陣に全く不評であるとの声は聞かれない。よって、このグラフだけで女性はいまいちの評価しか下していない、男性がかなりはまっている、と評するのは簡単すぎる結論だ。どこまで行っても、瀧と三葉の物語であり、三葉に追いつこうとする瀧の献身ぶりが胸を打つのである。
分刻みの解析は、意外な事実をもたらしてくれた。最後に大まとめをしてこの記事を終わらせたい。