2016年10月からの映画館がよい。3年目に入っている。
今年のランキング自体は既にまとまっているので、12月に鑑賞した映画のランキング入りはない。だが、もし、「羊と鋼の森」を見ていなかったら、と思うと戦慄に襲われる。

この作品の凄いところは、意外にローアングルが多かったりするカメラワークもそうなのだが、なんといってもセリフなしで、芝居させるという、役者の体からにじみ出てくる機微というものを観客に伝わらせしめるところにある。
何度も書いているので食傷気味だが、あの引きこもりの凄腕ピアニストを訪問するシークエンスがあるからこそ、外村は、調律師で生きていこうと決意できるし、一旦は返して、辞表代わりにした、調律用のハンドルを師匠である板鳥から返されるあのシーンの迫力たるや、ここ最近の日本映画でも屈指の描写力・言い切った感を感じさせてくれる。

登場していながら一切しゃべらなかった吉行和子の演技も傑出ものである。もしこれで日本アカデミーでも取ったりしたら、映画賞史上初めて「セリフなしで受賞」することにもなりかねない。まあそこまで甘くはないだろうが、それでもこのシーンが問うばあちゃんの、外村に対する思いが伝わってくる。

そう考えると、時間いっぱいにしなくてはとばかりに、いらない、優先順位の低い映像が羅列され、ストーリーにも厚みを与えてくれなかった「かぞくいろ」の2時間は、編集というもの、取捨選択の重要性を浮き彫りにしてくれる。個人的にこの作品の比喩表現である、初音の水中でもがくシーンは、唯一ダメ出ししたくなるポイントだったが、それまでに大幅加点してしまっているので、調整的な意味合いにも見て取れる。
とにかく無駄がない。セリフも少ない。音楽(BGM)も効果的、とくれば、減点する箇所がまったくと言っていいほど見つからない。だから、当方の採点で初の100点が出てしまったのである。

持ち上げすぎ?と言われなくもない。だが、山賢人の新たな一面が垣間見られただけで大収穫である。僕は彼には、コミカルな、「いついかなる時も高校生」な呪縛から解き放たれ、正統派俳優として歩んでいってもらいたいのである。そのためのステップになったと思う「羊と鋼の森」。お仕事ムービーとしてもよくできていると思う。こんな心に残る作品ばかりなら、日本映画ももうちょっとはふんばれるだろうに・・・。