この映画を見るべく、またしても、シネ・リーブル神戸に出向く。
上映までの待ち時間の間に、Twitterで興味深い記事を見つけて通読する。
こちら。業界の内幕も垣間見られるが、今の邦題の付け方が圧倒的にダサいだけであり、「明日に向かって撃て」とか、センスを感じられる邦題もその昔は多かったのは間違いない。

この作品…喜望峰の風にのせて・・・も、原題はthe MARCY である。直訳すると「慈悲」なのだが、主人公がこの言葉を最後の日誌に書いていることがタイトルになっているのだ。なぜ似ても似つかぬ邦題なのか…原題を知らなかった時点の私としては、「困難はあれど、家族の元にたどり着く、感動の一作」と感じてしまっていた。

自分のちっぽけな会社は風前の灯火。一発逆転の「無寄港世界一周レース」に出るといい出す社長・ドナルド。出だしの時点で失敗感がプンプンする。挙句、作らせた船は不具合だらけ。8月出発が、冬季にかかる10月末にまで延び延びになってしまう。資金を得るべく、自宅まで担保に入れるほど。本来なら、そこまで突っ込むことはなかっただろうし、支援者も正直乗り気ではなかった。いまにして思えば、このあたりでフラグがちょっと立っていたのかもな、と思わずにはいられない。

何とか出港はしたものの、外洋に出るやいきなり不具合連発。虎の子の発電機まで浸水してしまうという新船のはずなのにトラブルにしか見舞われない。このあたりで、当初の目論見なんかは吹っ飛んでいる。遅々として前に進まない。だが、今と違ってGPSで探知されない1968年。ここで主人公は「ずる」をすることを思いついてしまう。

ハイ。この時点でここから先はおまけも同然。感動の大作になるべきが、罪の意識にさいなまれ続ける、陰鬱な内容に落ち込んでいく。しかも、「無寄港」なのにアルゼンチンのとある浜に上陸する”禁”を犯した時点で、距離や航路はどうあれ失格になっていて当然である。その事実をもってしても、もちろん、準備や心構えも含めて彼にはその資格がなかったのだ。
そこで辞める一手もあった。だが、本来(偽の申告をしている)いる場所と食い違う。結局航海を続ける選択をする。まさに「後悔」を続けるのだ。

得点は70点とした。
すべての元凶は、タイトルにある。仮に進めなくなっても、奇跡が起こって彼は家族の元に帰ってくる。そう言う予告だったし、そもそもずるをしたおかげで彼は「喜望峰の風」は受けていない。乗ってもいないものにのったというのは、タイトル詐欺といえなくはないだろうか?
百歩譲って、このタイトルにしたとしても、ハッピーエンドを想起させたのは逆効果である。「風にのせて」帰れました、何とか無事です、ということを主張する余韻を持たせている。「お、だったら、どんな艱難辛苦が彼を襲い、それを乗り越えたのか」とみたくなる人が思うのは当然だ。
年端もいかない子供3人を抱えた、残された家族に思いが至らないところもあまりにお粗末だ。家族愛があるのなら、一発逆転のような危険な賭けに出ること自体を踏みとどまるべきだった。すべてを簡単に考えたあげくに苦し紛れの嘘をついてしまう。それが結局自分をも蝕んでいくことになるのを分からなかったわけではあるまい。
洋上を運行する距離が少ないから、結果的に自分だけが残ってしまった(一人は制覇し帰港できている)のもアゲインストに映った。すべてが白日の下にさらされるのも時間の問題。死を選んだのは高潔だったからか、抱えきれずに逃げたのか…

もちろん、いい場面もある。最後半、極力セリフを排除して映像だけで状況を説明するシーンが連発する。映画的であるともいえるし、余韻は感じられる良い演出でもある。時間の経過もうかがえる、子どもたちの成長した姿も見せているところは悪くは見せない。
映画をエンタメ、すっきりする後味として味わいたい私としては、この作品は、タイトル詐欺な部分も含めて、「見なけりゃよかった」となってしまっている。こんな思いにさせた映画は何十本ぶりだろうか?なまじ内容がないわけではないから余計である。帰宅する足取りが重かったのは言うまでもない。