クリント・イーストウッドといえば、押しも押されぬ名俳優であり、名監督でもある。私自身はスクリーンで初対峙したのが「15時17分、パリ行き」だったのだが、その奇抜でありえない設定(ほぼ全員が当該列車に乗り合わせていた/現場にいたとか、どんだけ再現にこだわったのか)に度肝を抜かれた。
「運び屋」も監督・主演をこなしている。下手すると、史上最高齢の主役なのではないか、とも思うのだが、そこら辺は調べてみたい。

趣味にうつつを抜かし、外面だけは一人前のアール。自宅とは別の農場に入り浸り、日々デイリリーという、一夜しか咲かない百合の花に心血を注いでいた。勢い、家族とは疎遠になるばかり。実の娘の結婚式もすっぽかすという失態を演じてしまう。
ネットを毛嫌いしたばっかりに廃業に追い込まれるアール。行きついた先は、ヤクの運び屋稼業だった。当初は何を運ばされるのか、分からないままに仕事を受けるアールだったが、報酬の破格ぶりに目を丸くする。さすがに気になって開けた先にあったのは麻薬。しかも運悪く、パトロール中の警官に見つかってしまう。だが、警察犬を煙に巻く機転で何とかその場はやり過ごす。
急速に金周りのよくなったアールは、様々なものを手に入れていく。おんぼろトラックは最新のピックアップに、孫娘の結婚式の二次会は全部持ち、退役軍人会の拠点のトラブルも2万5千ドルをポン。そして差し押さえられていた自分の農場もとりもどした。
しかし好事魔多し。量は増えて得る報酬もうなぎのぼりだったが、同じルートを通ることもあって麻薬捜査官に目をつけられることになる。その捜査官が「アリー」「アメリカンスナイパー」でも好演したブラッドリー・クーパーだった。
組織の搦め手から協力者を得る作戦。それがはまっていき、アールの身にも捜査の手がひたひたと忍び寄る。その間、アールに全幅の信頼を置いていた組織のボスが下剋上で暗殺。トップが変わったことで、仲間意識も芽生えていたチームにも不穏な動きが出てくる。
そうこうするうちに、とうとう高齢の元妻が倒れるとの報が入る。もう手遅れで死期を見定めるしかなく、自宅療養に。連絡を密で取ることを厳命されているアールだったが、禁を犯す。まあ言わずもがなだが、身内の不幸なんか知ったことではないのだろう。
そしてアールは最後の仕事に取り掛かる。そう。それが運び屋稼業最後のドライブになったのだった。

採点は案外控えめの91点にした。
何しろ、ストーリーはあってなきがごとし。ところどころ、女たらしというか、男としての魅力が女性を離さないといった描写があったりもするので、笑えなくもなかったし、看病シーンでもウっと思わせるセリフを吐いてくれたりする。それでも、今までやってきたイーストウッドの家庭観からすれば、この程度はあって当たり前。赤裸々に自分の半生を描いたとまではいかないものの、家族というものを顧みなかった本人の贖罪の意味もあるのかな、と思わずにはいられない(実の娘と共演も話題)。
捕まるルートにしたのは最良。自首もあったかな、とは思うが、無理のない、家族も誰も傷つかないのはこのルートしかない。裁判のシーンでも、ことさらに引き延ばさず、あっさり有罪だと自身で断罪するところは、運び屋としても、一人の男としても、家族の父としても、夫としても…そして現実的な自分自身も「有罪」だと思っていたから出た言葉だと思う。
言外に置くメッセージの多さ。一種「遺作」になるかもしれないとの思いがイーストウッド監督にあるのかも、とさえ思ってしまった。特に後継者との呼び声高いブラッドリークーパーとのツーショットが2回(ファーストコンタクトもいれれば3回)もあり、最初のワッフルスタンドでの二人の会話はあまりに含蓄深いのである。
「これがしたかったんじゃないの?」とさえ思えるくらい。ここまでとは思いもよらなかった。
いずれにせよ、イーストウッド氏の今までの人生を総括したかのような作品になっていることは間違いない。深くも重くもなかったが結構余韻の残った一本だった。