リーアム・ニーソン、といえば、「シンドラーのリスト」とか、「沈黙」(未見)、「トレイン・ミッション」(未見)などに出てきているのだが、主役というにはそこまでのオーラの無い、どちらかというとやさぐれているような役どころの方がお似合いだったりする。
それでも、今回、「名誉市民賞」まで受けるような、本当に善良で虫も殺したことのないような男性が、復讐に燃えて殺人をいとわずやっていくこの「スノー・ロワイヤル」は、がたいのでかい除雪作業員という設定もさることながら、ぴったりの配役ではなかったか、と思う。

空港作業員として働いていただけの息子が突如拉致。麻薬中毒で帰らぬ人となってしまういきなりのシーン。ここで「おっっ」と思うのが、息子が死んだときにいきなりブラックアウトして氏名が表記されたのだった。その上には十字架。ああっとなったのだが、これこそ、この作品の一つの特徴である。死によって退場する全員が、このように表記され、そうすることによって「誰が」死んだのかがわかるようになっているという仕組みなのだ。後々出てくる、殺し屋や情報提供者もマフィアによって殺されるのだが、こんな、ストーリー上に何の影響もないモブキャラまで、ご丁寧に墓標を立ててやっている。なかなか斬新ではないか。ワンクッションおくことで区切りもつく。
夫が息子に向き合っていないと知った妻は白紙の三下り半を置いて家を出ていく。ここの描写の悲壮感はなかなかぐっとくる。そして、それがより一層復讐に駆り立てていく。
三人を血祭りにあげる主人公。一人ならず三人も消されたことに組織・バイキングは老舗組織の犯行と早合点する。だが、手始めに殺した相手が老舗組織ホワイト・ブルの息子だった。直接的に殺されたことで、十分な宣戦布告に値する。かくして、血で血を洗う抗争劇が繰り広げられる。
もちろんそのたびごとに死んだ者には墓標が次々に立てられる。20ドルテントを張った下っ端も、ボスに提言した下っ端も、その下っ端の首を持参して謝罪に訪れたメッセンジャーも。理由はどうあれ、次から次に死んでいく。
そのころ主人公は、抗争事件などそ知らぬふり。だが、彼には次の目標があった。それが、バイキングの一人息子の略取である。
普通に考えて、マフィアに対抗するにしたって火力の上で劣っているしがない除雪作業員が、息子を人質にしたところで、返り討ちに合うのは目に見えている。それでも彼は決行する。敵対関係にある、ホワイト・ブルが「息子には息子」で同じターゲットにしているのを知らないままに。
かくして、両方の組織から追われることになる主人公。果たして彼を待つのは、生か、死か?

得点は92点となった。
「この作品の評価のポイントは」(夏井先生 談)、ズバリ、墓標の意味である。
普通は、やくざ映画であれば、 死はつきものであり、いちいち「誰が死んだ」とかに頓着している場合ではない。だが、墓標が立つことで、シーンが切り替わり、「ああ、こいつが死んだのね」をはっきりわからせる。誰の死もぞんざいに扱わない。それが例え、ストーリーにほとんど関わらない程度の登場人物であっても、である。そこに私は感じ入った。
死はいつなんどきでも訪れる。巻き添えで麻薬中毒にされたり、せっかくボスに知らせに来たのに返り討ちにあったり、情報提供者にすら凶弾を見舞う。そんな一つ一つの死をこんな風に扱うのである。死に対するリスペクト、どんな死も平等。それは、最後のトンでもまぬけな非業の死であっても同様である。

ストーリーにこまっしゃくれたひねりはないし、時系列を追っているので平易な部類。ところどころのスパイスはかなり強烈に効いているように思えたが、それでも大きく感動するまでには至らない。だが、後半になるにしたがって笑いの部分が多くなっていく。略取したマフィアの息子に読書をせがまれた主人公は、あろうことか、除雪車のカタログを読み始めるのである。館内が一気に湧き立つ。だがそのあと、自分を誘拐した張本人なのにしなだれる息子。父親とはこういうものなのか、を理解した瞬間なのかもしれない。彼の言った「ストックホルム症候群」という単語が恐ろしいばかりの輝きを放つ。
そして一大銃撃戦も終わり、ラストシーンに向かうのだが、ここからが減点対象。興味を持ったからと言って、身長もそんなにないはずの彼が、除雪車を運転できるわけがないからである。しかも、女性警官がいたにもかかわらず止めようともしないとは……
パラセーリングを楽しんでいた仲間を置いて襲撃に向かったホワイト・ブルの面々もそうだが、オーラスのシーンはマジで吹き出してしまった。「人が死んでんねんで」といわれかねないが、こんな死に方でも、この映画はリスペクトを欠かさない。

禍福は糾える縄の如し。最後に生き残った、ホワイト・ブルのポス、主人公、そしてバイキングの息子。彼らがこれからどう生きていくのか、にも余韻が残る作品なのに、あのラストシーンがどうしても忘れられない。意図としては大成功だったのではなかろうか。