「君の名は。」では、物理的におかしな点や、ストーリーを最後に形作っていた「真実=歴史は一つ」という"正解"を見出すまでに相応の時間を食ってしまった。
いまだに「三葉は死んでいない(don't Die)」説をかたくなに主張しているし、それができるほど、このストーリーは非常に練られたものであった。

だが、この作品……天気の子に関して言えば、物理的な瑕疵は前作同様、多岐にわたっているし、それも非常に平易でそれに気が付くと「やばくね?」となること請け合いである。

それは2度目の帆高の上京シーンである。
神津島に戻り、高校の卒業式を終えて、入るべき大学も決めた帆高は又フェリーに乗って上京するのだが、「レインボーブリッジは海に沈み」(小説p.277/以降、解析記事内p.はすべて小説からの引用箇所)「東京都の面積の1/3が、今では水の下だった。」(p.277)という現実を目の当たりにする。
小説には、「降りやまない雨に従来の排水機能が間に合わず」(p.277)とあるのだが、果たしてそれは本当なのだろうか、と問いたいのだ。

では解析していこう。
その前に、現在のレインボーブリッジの状況をwikipediaで確認しておこう。
こちら。
小説では、「四本の柱だけが意味ありげな塔のように海面から突き出ていた」(p.277)とある。映像上では、主塔と呼ばれる高さ126mの4/5が水没したように描かれている。そう。映画上の海面は、現在の海面より、
100mも上になっているのだ。


地球温暖化で海面が上昇しているということは周知の事実である。これも参考程度にWIKIを見ていただけるとありがたいが(検索はご自由に)、ここで言われている海面上昇幅は、「長期的」に見て最大「1~2m」が関の山である。都市を水没させるほどの海面上昇は考えにくいとみられるし、堤防の嵩上げで十分対応できるレベルとみている(海洋に浮かぶ小島の消失や海岸の浸食などは容易に考えられる)。

そして「地球は丸く、特別ここだけの特異な海面上昇になるはずがない」という現実が頭をもたげてくる。東京『だけ』が海に沈んでいるとは到底思えないのである。ロスも、ニューヨークも、香港も、シンガポールも、ドバイも、国内なら、大阪も、名古屋も、横浜も、函館も、福岡も、鹿児島も、沖縄も、ほぼ水中下か、大半が水没してしまっているとみていい。

100メートルですよ、100メートル。つまり、いま海抜100m以下の場所は、2024年には海中に沈んでいるのだ。
「え?雨のせいで海面がこれだけ上がったの?」
冗談じゃない。地球上の水分量は、無理やり増やそうとしない限り、概ね一定である。とあるサイトには、地球の持つ水分量は全水分を足し合わせて13.8億km3の水が存在しているようだ。空気中の雲の中、地中、氷山と化している氷、大陸化している氷など、ありとあらゆる水分の総量である。仮に北極/南極/グリーンランドなど、地球上の氷がすべて解けてしまったとしても、広大な海洋面積からすれば、10mも上がることはないであろう。

さあ、大変なことになってしまった。
「東京の海水面だけが100m上昇する物理現象」を見出せないからである。
さっきも言ったように、一気に温暖化が進んで地球上のすべての氷が解けたとしても、海洋全体の上昇は大きくても5m。さらにさばをよんで10mとしたところで、レインボーブリッジが海面下に沈むまでには至らない。喫水線が上がって、船の航行に支障が出るくらいが関の山である。
外的要因でないとすると、マジで降水で海面が上がったのか?レインボーブリッジがかかっているのは東京湾。つまり外海とつながっている。東京湾がせき止められ、一種のダムのようになってしまった/降水がすべて東京湾に貯まる仕掛けが施された 以外に局所的に海面が上がる状況は作りにくい。そして船が航行できることなどから、そういった施設や仕掛けはないことがわかる。それでも、3年余りの降水が海面上昇…恐ろしい量の水分までもたらしてしまったのだ。それってありえることだろうか?
100m海面上昇するためには、東京湾にどれだけ水がオンされたのか?東京湾の面積は、狭義(浦賀水道を除く)の922平方舛鮑陵僉△海譴100m=0.1Kmをかければ、水分量が求められる。その量、92.2立方繊
1立方キロは10の9乗立方メートル=10億立方メートル。つまり、922億立方メートルの水分がたまると「東京湾の水面だけが100m上昇する」といえる。この数字だけは覚えておいて損はないだろう。

さらにこの100mが信じられない結果をもたらす。
水面が100メートル上がると、
東京はほぼ水没する

のだ。実は、海面上昇が10m程度なら、画面で見たような、半分くらい水に浸かっている絵面が実現できる。それはわかっていたのだが、「もしや」と思い、等高線の入っている地図を取り寄せて100m付近を水色で囲ったら……怖くなって途中で辞めたくなるほど広範囲に及んでいるのだ。
例えば今回の一種聖地に名乗りを上げた田端駅周辺。「標高 田端」で調べると、不動産屋さんのサイトにぶち当たったのだが、これの有用なことよ。
→小説で「それぞれの先端に当たる巣鴨駅と五反田駅」(p.288)といわれていることから、それ以東は水没している体になっているのだが、このデジタル等高線の入った山手線を見ているだけでそれがわかる。土地勘がない/何で水没しているのかを含めて、このサイトを是非お勧めする。
そして何と田端駅の標高は「6.2m」と記述がある。当方の設定である、10mの海面上昇なら田端の水没はあたりである。ところが、100mも海面が上昇していると、山手線全域は確実に水没したことになってしまうのだ。
ラストシーン。田端の道を歩く帆高の周りの景色は、新幹線の高架ですら、まるで放棄されたように緑に覆われている。しかし、このサイトが絶大な答えを導き出す。
 「水没した地区の中には、上野/東京/品川が含まれており、よって、東北上越/山形秋田長野北海道新幹線の東京−大宮間は廃止されている」
かくして「なんで新幹線も影響しているのだろう」というおぼろげな疑問もこれで解決する。

<解析結果>
レインボーブリッジの水没は、最大の悪手。海面上昇は100mほどあることになってしまい、それは局所的な問題で済む話ではない。全世界が水没している/大問題になっているはずで、東京だけ水没するのは明らかにおかしい。実際の海面上昇は、10m程度であり、これなら、2年半の間に全地球上の氷が解けて海面上昇が発生して低地が海に沈む、ということは考えられる。

そう書いて、私は……いや、読んでいる皆さんもこう思っただろう。
  「ほだひな、関係ないじゃん」


狂ったように降り続く雨が都市を水没させる。私が初見で問題視したのはその点だった。それでなくても、海抜0メートル地帯の宝庫である下町/荒川流域で、治水がうまく行かないということがあるのがおかしかった。
帆高をはじめ、ほとんどの観客は額面通り−−−雨のせいで町が水没した−−−受け止めているし、そうだと思いこまされている。それもこれも、書いたように「川がせき止められている」「海が調整池の役割を放棄した」ことがないと、不可能な物理現象である。
なので私は水没の主要因は単位の違いこそあれ、海面上昇にあるとみている。雨のせいではない(もちろんアメのせいでもないw)。
だとしたらどうだろうか?人柱にならず、普通に生活している陽菜が罪悪に思うことも、また「狂った天気のままでいい」と陽菜を選んだ帆高も、その選択は決して間違ったものではない、と胸を張って言えるのではないだろうか?
「僕は、陽菜がいい」

このパワーワードで私の心はつかまされた。陽菜を選んで天空から引きずり降ろしても、人柱になったままで後悔しても、都市の消失は避けられない「運命」だったとするならば、帆高の選択は正しかったといえるのだ。と同時に異常気象は、なにも「天気の巫女」の不在だけで起こりえるものではないということを知らしめる。海水面の上昇は、首都圏に降り続く雨だけでもたらされるものではないのだ。

「君の名は。」同様に、ラストシーン付近にこの作品のとてつもない仕掛けが内包されていた。しかし、それは、とんでもない現実をたたきつけると同時に、象徴的な建造物を水没させることに気を取られてしまった挙句に最大の瑕疵を与えることになってしまった。この事実は覆らない。
そして、このことに気が付いているブロガーも評論家もいない。「たったワンシーンにそこまで目くじら立てるなよ」。そんな声も聞こえてきそうである。

救いがあるとするならば、「水没した東京」はあくまでもほだひなの世界線。取り壊され現存しないはずの代々木会館が2021年にまだあることになっているから、「あの話、みんなチャラにさせてもらうわ」と新海氏がちゃぶ台をひっくり返すことは余裕でありえる。この陰欝で雨続きの東京が次の作品の舞台になることは決してないと断言しておく。