ひとつのグループを応援する。最近の言葉で言えば「推す」というのだろうか。
推しメンという言葉が使われ始めたのは、AKBグループが勃興し始めていた2011年ごろから使われ始めているもので、流行語大賞にも選ばれている。つまり「推す」という言葉自体はそれほど歴史はないのである。

だが、「推す」対象が私に出てくるとは、2016年の時点で思いも付かなかった。
2017年9月。「きみの声をとどけたい」の初見となった1日。この日から私の推しに俄然上がったのが「NowOnAir」であった。
どこに惚れたのか?6人のパーソナリティーが豊富だったことが挙げられるが、やはりこの6人をうまくキャスティングできているところが大きい。ボーイッシュなかえでに田中有紀という名優を当て、鈴木陽斗美というアーチストに演奏までさせ、三の線でありながら押さえキャラという難しい役どころの神戸光歩、この6人なら主役のなぎさは片平美那嬢しか見当たらないし、雫役の岩淵桃音、夕役の飯野美紗子はいわばリーダーゆえのお嬢様キャラがぴったりだった。
要するに全員が芸達者だっただけでなく、作品に欠かせない人材だったと言い切ってしまいたい。それだけ、このオーディションはすごかったのだ。

デビュー間もないアイドルともいえないグループを推さざるを得なくなったのは、実はある会合を聞いてしまったからである。それは今や伝説になりつつある、後夜祭といってもいいメインなスタッフたちが集まった飲み会の席上で、音響監督を務められた清水氏の一言である。
要約すると、「この子たちの成功には大人たちのバックアップが必要である。スタートダッシュが効かなかったのは我々の責任でもある」というような内容のことを言われたのである。
私はこの作品の興行的な失敗は関わった人たちにもかなりのダメージを与えているだろうし、正当な評価がされていないことにも忸怩たる思いでいた。清水氏のこの一言は、まるで「かかわった以上はお前ら頼むぞ」という言葉として私に伝わった。

それからというもの、新譜は買う/カラオケではレパートリーは増えないが、「キボウノカケラ」を毎回のエンディングにする/「この声が届きますように」も歌唱できるようにするなど、極力応援はしている。
その彼女たちのワンマンライブ/しかも日曜日に設定されているとあれば、新幹線を使ってでも会いに行くのは、当然の義務のように思っていた。

だが、チケットを見て愕然とする。整理番号が141番だったのだ。
200人強の箱だろうと思ったのだが、そんなとこで尻から数えた方が早いのは、もう半分やる気がうせてしまう。入場も、待機列にピリピリする運営で気を使いすぎてる感じもあって、いざ入場ってなっても当方はあまり上がらない。
入って奥の隅に陣取るのだが、目の前の二人組に見覚えがあった。それはファーストミニライブにも来ていた、迷惑コーラーだった。
果たして彼らがどこまで推しなのかは知らない。だが、例えば雰囲気に合わない即興のコールなどは誰も望んでいないし、公認もされていないだろう。事実、何度となく運営から注意されていた。
そんなこともあって、正直言って半分上の空、であった。それだけ没入するほどでもなかったか、と思ったのだが、メンバーの成長ぶりには目を見張った。
中でも一番うまくなったな、と感じたのは、神戸嬢である。それまでの歌に自分が見えていなかったのだが、このライブでは自分をうまく表現できていた。そこを感じ取れただけでも大収穫である。みんひとこと鈴木嬢は、相変わらずなんだけど、彼女が彼女のままでいられるのも、このグループあればこそ、である。
ラストのあいさつは、個々人の想いがビシビシ伝わってくる。2018年、ほぼ何事もなく推移した一年に我々も気になっていたところでもあったのだが、マネジメントの転換があったことを如実にうかがわせる2019年に入ってからの復活ぶりに全員が言及したのは、やはり「なにかがあった」ことをうかがわせる。
それでも6人が一つの舞台で歌唱できている幸せ。「Wishes Come True」の存在があるだけで私はこのグループを推せる。アルバムにはないこの一曲を、それもみんひとのピアノ伴奏で聞かされた日にゃ、涙腺が崩壊しない方がどうかしている。

何人かのフォロワー氏とは会うには会えたが、まさしく追っかけと化したちゃおず氏には会えず(そりゃぁ、最前列に居たんじゃ、ねぇ)。新幹線も気になっていたので、そそくさと会場を後にする。