前回8/4は、さすがに完全正装(推しのライブはそう決めている/スーツ+革靴)でやった結果足が持たなくなったので、2泊3日という行程もあり、靴だけはスニーカーにさせてもらった。
しかし、私のような夏のさなかにネクタイまでして劇場に来るというのは、ちょっとおかしな話かもしれない。
だが、以前から言っているように、製作者に対する敬意を怠らないようにしている結果が正装というスタイルに現れている。
最近でこそ、突発的な鑑賞になってもいいように、・白シャツ ・バッグにネクタイ という簡略スタイルで臨むことが多くなっているのだが、それでも「鑑賞が一種の仕事」という感覚は今でも沁みついている。

実質2日目の「きみの声をとどけたい」だったのだが、今日あたりは、来られるのでは(日曜だったしね)とあたりをつけていた、脚本担当の石川学氏の来訪を確認。実質原作者みたいな立ち位置であるがゆえに、彼もこの作品を愛でたくてしょうがないんだな、と思わずにはいられない。総勢13名は、2年前の作品でヒットしていないはずなのに立派過ぎる成績だ。

この作品には、涙腺崩壊ポイントがいくつもあるのだが、「夕の初ラジオ」のシーンで今回ビビッと来てしまった。もちろん夕は聞き役で基本「いつでも受けて立ちますわ」くらいしかセリフに内容はないのだが、ここでのなぎさの、聴いているであろうかえでへの想いが、結構刺さるのだ。以前、二人はことあるごとに反目し合っていたわけだし、それを仲直りさせようと尽力する=冒頭のラジオごっこのくだりの彼女のコトダマが一つ達成される なぎさの想いがLINEのカエルのスタンプだけで伝わってくるところが秀逸なのである。

「かえでちゃんと夕ちゃんが、仲良くなれますように」
これが伏線であると気が付けば、この作品は全員のとげが無くなり、あとは紫音を救うだけ、となる。ところが、この和解のシーンから一気に我々は突き落とされる。だから、なぎさの号泣シーンが、とにかく突き刺さるのである。
「紫音ちゃん、みんなで練習した曲、まだ一度も流してなかったよね」
もうここから当方はスクリーンを正視できない。ピアノソロで完全に感情を持っていかれる。久しぶりの5分間の大泣き祭りになってしまった。

石川氏といえば、実は、新作の実写映画に関与しているとツイッターでも報告されている。インディペンデント系であり、恐らく小さな興行にならざるを得ないと思うのだが、この脚本がかける人が作る映画を見てみたいと思うのはむべなるかな。その期待をお伝えして、初見映画に対峙する。