私の映画鑑賞記録の中で、100点満点が付いた作品は3タイトルある。そのうちの2タイトルは、「あの」作品だろう、と思われたかもだが、「君の名は。」「天気の子」いずれも99点なのだ。意外なことにアニメーション映画はないのだ(以前なら「火垂るの墓」が125点→100点だったのだが、スクリーンで見ることが無くなったので現状のランキングにはそぐわないとみている)。
ではなになのか?一本は洋画の「THE GUILTY」。北欧映画らしいアンニュイな絵面なのに電話のやり取りだけですべてが進んでいく一級のサスペンスだった。では残りの2タイトルは? 邦画実写なのだ。

邦画の実写なんて、正直言って「観るだけ無駄」とさえ思っていた時期がある。実際、日本の興行成績だけをとってみても、邦画実写で100万人動員すらおぼつかない作品がごろごろしていたし、トップ10の大半は邦画アニメか洋画が独占。超大作というキャプションが付いても、ここ最近では「シン・ゴジラ」の82億がようやっとのような気がする(10年代の作品だと、コードブルーが90億台、海猿最終作が80億台。19年の邦画実写トップはキングダムの57億)。

そんな中で当方が見たこの2作品はどちらも負けず劣らずの名作といってはばからない。
ひとつは「羊と鋼の森」だ。ピアノの調律師が一人前になっていく過程を、ピアノ好きの姉妹との絡みとともに見せていくのだが、脇を固める役者たちの演技はなかなかに見ごたえがある。そしてこの作品の愁眉な点は「無言が織りなす芝居の重要性」である。
駆け出しの調律師が向かったのは、引きこもっている青年の家。一人ぼっちで暮らす彼は、招き入れるときも、自室から出ていくときも、そして調律が終わった後ピアノに触れるときも、その結果に満足した表情を浮かべた時も、一切しゃべらないのだ。だが、その音が、今までの彼の栄光や幸せだったころの家庭環境にまで昇華していくのだ。しゃべらなくても成立する芝居。これを見た時鳥肌が立った。
それだけではない。祖母役の吉行和子に、しゃべらせないという芝居まで要求したのだ。この選択には度肝を抜かれる。セリフが言えてナンボであるはずの女優さんが、立ち居振る舞いだけで感情を表現しないといけない。こんなことを言われたのって初めてだろうと思う。だが、それを見事にこなしたことによって印象がガラッと変わる。
もちろん減点箇所がないわけではない。だが、それらがかすんでしまう「無言の芝居」の破壊力。だから満点評価になったのだ。
そしてもう一作品は、「劇場版FF14 光のお父さん」である。
ゲーム派生でそこまでの作劇があるとは思っていなかった意外性の部分は否定できないかもだが、それでも、父と子の関係の再生、父が持っていた生への執着、忘れていた情熱の勃興、忘れていなかった約束など、様々な伏線や語れる要素にきっちりと落とし前をつけつつ、あのセリフで大の大人を泣かしにかかるずるさにしてやられたのだ。
前者が畳みかける攻撃とするなら、後者は、クリティカルヒット・一撃で私の評価レベルを振り切らせてくれたと思っている。

2作品のレビューは、当方のページで探してもらうとして、いまや評価の基準・ベンチマーク的な作品にこの2タイトルがなっていることは間違いないだろう。