実に2か月近くの劇場閉鎖。正直このまま興行界は消えてなくなるんではないか、と思ってしまったくらい衝撃的な時間だった。

それでも、何とか復活したことを素直に喜ぼうと思い、マイシネコンの一角であるOSシネマズ神戸ハーバーランドに訪れる。
だが、日曜日、一応、自粛直前にかけていた映画たちも上映されているとはいっても、旧作がほぼ半数を占める状況。そんな中、名作の誉れ高いこの作品からスタートしたのには意味がある。

それは、「泣きの感情がどうやってくるか」を確認したかったからである。
この後に控える大本命と、対抗。実際、試運転に近い状況だからこそ、お手軽で、尚且つ満足度の高いこの作品を選んだのだ。

3回目に嬉々として向かう当方。当然、上下正装で赴くのだが……
当方と、女児を連れたお父さんの3人二組だけ(´・ω・`)。
決して悪い時間帯ではないのだが、需要と供給、話題になった時でないと映画って見られないものなのだな、を再認識する。いくらヒットしていたからといって時期が外れれば、見向きもされないのだ。

一通り笑って、「みにくいアヒルの子」ではなかったひよこちゃんの出自が判明してから、元の世界に戻ろうとするシークエンス。おばけが一足早く元の世界に戻った時のお花で気が付けばよかったのだが、やはり元に戻っていくときに花が花びらと化して散っていくさまを次から次に見せられて、どうしようもなくなっていく。
ここのシーンの芳醇さ、気高さ、綺麗なまとめ。実際3分程度のパントマイムでここまでの感動できる脚本って、どんだけすごいんだ、と思わずにはいられない。

エンドロールで、物語の中に同化した一同がひよこに駆け寄る/ペンギンが泣きながらいの一番にひよこに逢うシーンを見せられるだけでもうお腹いっぱいである。確かに本来ありえない、物語から逸脱したただの落書き。そのひよこにストーリーを作ることは果たして正義か、といわれるとなかなか難しい。しかし、わずかにつながった一同が、本の中だけとはいえ「なかま」を標榜したのだから、この演出は無理筋でも何でもないと思っている。

心を落ち着けて退場しようとすると、女の子がものの見事にぐずっている。「あ、理解してくれたんだ……」胸をなでおろして退場する。