私自身、同人誌に関わるなどと言うことになるとは思っても見なかった。
そもそものきっかけは、「スーパーゆかり」氏との出会いでもある、このイベントだった。
→別世界Bar という、異業種交流イベント。現在告知等がなされていないので、活動を休止しているのかもしれない。
2018年9月22日に彼のプレゼンを聞きに行ったのが運の尽きだった。決して面白くない「ダイエーの歴史」をつらつら発表する彼なのだが、取材能力が半端ないことに気が付く。
もちろん面通し。以後、いろいろと交流を深める。
そして、迎えた翌年の2月。当初はリスナーで参加予定が、中の人として登壇することになるイベントの監修やMC補助と言った役割もこなすようになる。
記事はこちら。わずか8人の聴衆ながら、私的には少しだけ手ごたえを感じていたのは偽らざるところである。

そこで私の提案したのが「薄い本、作ろうか?」という内容のこと。どういう装丁にするとか、書く内容はお任せ、ということにして、当方はいわゆるオブザーバー、内容や誤字脱字の監修(校正って、意外と骨がおれるのよね)に徹することにした。

コロナウィルス蔓延で、正直言って夏コミに間に合わせるつもりがゆかり氏にあったかどうかはわからないが、ジャンルの自由度の高さで言ったら、大阪開催の「こみっくトレジャー」の方が高い。就職先が北陸にあるというのも大きかったと思われる。

さて当日。当方は、前回のイベント同様、正装で現地に向かう。それをすることで、本に少しだけ威厳と裏打ちを与えたかったからだ。
懸念された、待ち合わせにオンタイムで来られないゆかり氏の本領が発揮されるものの、致命的なミスではない。9時過ぎに会場入りすると、すでに一般入場客が大挙して待っている(開場は11時です)。
優越感に浸りながらサークル入場列から会場にイン。すでにいくつかのブースでは設営が始まっていた。

わずか一種類、それもどれほど需要があるかわからないダイエー歴史本。そもそもオワコン企業。ノスタルジーに浸れるか、と言ったらそれは少ないと思うし、いくら関西圏でダイエーに造詣が深い人が来るといったって、歴史を懐かしむ人しか手には取ってもらえない。
そんなわけで、設営はわずか20分足らずで終了。しゃべりながら開場を待つ。
すると、足の手術からか、引きずりながら当方のフォロワーが、ブースに訪れる。「あれ?開場前だぞ?」サークルチケットのあまりをせしめてフライング入場したのだった。
実際、当方が配置されたO列は、まるでそのフライングをするかのように、大した内容のない同人誌もどきの印刷物をぽろっとおいてあるだけで、12時前には撤収しているようなサークルもあった。「あ、なるほど」。内容に関して検閲がなく、当日休場も基本自由。しかも11時から売り出さないといけないという法もない。売り子の数も基本無制限。二時間早く会場入りできて、お目当てのブースに並ぶことなく入ることができる。そのための登録料と考えれば、安いと考える連中がいても不思議ではない。

11時に開場。早くも壁サークルには長蛇の列ができ初める。O列自体がニッチな内容であるだけに、待機列そのものもできずじまい。
それでも、11−12で6冊、12−13時で3冊、ラストまでで1冊の10冊が売れる。

当方がいわば、解説役、という立ち位置で登場したものの、詳しく話を聞かせて、的な購入者は現れず。まあ、ニッチもニッチ、むしろ10冊売れたことの方が私としてはすごくエポックなことだった。

この後の通販での売れ行きにワンチャンをかけたいところだが、この調子では、在庫が掃けるのは何年先だろうか?