記録をつけていて、びっくりした。
2021年が1カ月半ほど終わろうとしているのに、

 洋画タイトルを一本も見ていないのだ。

もっとも、大作が軒並み延期。「キングスマン」「007」と、私には縁遠い作品もあるにはあるが、やっているのといないのとでは劇場の賑わいぶりが違う。2月の端境期には、ダークホースといえる「花束みたいな恋をした」が3週連続で1位を獲得しそうな勢いだし、おかげで大混雑しないまでも興行界は一息ついているのではないだろうか?息の長い「鬼滅」もまだ土日の集客では引けを取っておらず、GW越えがあるなら、3000万/400億には手が届きそうな気配もある(あと280万人が遠いんじゃw)。

というわけで予告の段階で「当たり」とは思わないまでもそこそこに見せるんじゃないか、と思っていた「マーメイド・イン・パリ」に照準を定める。
神戸国際松竹づいているわけだが、今回は公開3日目の日曜ラスト回で、女性ソロ5人、男性ソロ3人、カップル一組の10人程度。まあ、前回の二人という惨状は何とかまぬかれた。

ストーリーは、何十回と恋愛が成就しない40代の男性が、ひょんなことから傷を負った人魚を助ける、というところからの純愛ラブストーリーかと思いきや、人魚の歌声を聞いたものは恋に落ちるのと同時に心停止に至る、という設定がいろいろなところで邪魔をする。例えば彼女の歌声を電話口とはいえ聴いているはずの男性の父親はぴんぴんしている(恋をしなくなったからなのか、年齢に起因するのかはわからない)し、男性と二人で吹き込んだレコードをかけている店内でも苦しむ人は皆無だ。
不運が重なった部分もある。人魚を担ぎこもうとしていた病院で男性医師に診察されるときに、歌ってしまった人魚は、この医師を死に追いやる。人魚だから近づく男性は皆敵だと思ってしまったのだった。ここから、死んだ医師と夫婦だった女医とのチェイスがどうなっていくのか、という部分が別ストーリーとして組まれている。
この作品の愁眉なところは、「やつれていく」という表現である。人魚は息も絶え絶えになりつつも、最後何とか海に帰っていける。その際の顔のしわの入り方や、急に年を取ったかのようなメイクはうまく見せてくれた。同じく男性も、図らずも「もう恋なんてしない」と思っていたのに別れがつらいからなのか、人魚を運ぶさなかの表情は鬼気迫るものがあった。
仇を取るつもりで男性と人魚を追っていた女医も、追いつき、おぼれていた彼を見た時に、愛しい彼の幻影を見ることで、医師としての本分を思い出すところは「ああ、彼女も人の子だ」と胸をなでおろせた。
ラストシーンは面白い締め方にした。人魚の涙が恐ろしいほどの富を男性とその父にもたらしたことで、彼はフェリーと思しき船を調達して航海に出るのだ。そして向かいながら、その姿を人魚が認めて大喜びする、ストップモーションアニメで表現したのだ。この締め方は秀逸だった。

とはいうものの、ラブストーリーとしての出来はそれほどでもないし、人魚に迫りくる女医の探偵ばりの行動とか、死んでしまった(人魚が殺した)人に対する贖罪もない(母を殺された復讐という体にはなっているけど、それはあまりにも強引)。設定や企画としては理解できるけど、どっちつかずになっているという点を勘案して、85点と「まあまあ」な部類とした。
人魚と出会うのはたいてい青年。いま旬?の「ジョゼと虎と魚たち」で、ジョゼが創作する「にんぎょとかがやきのつばさ」でも、人魚が出会うのは青年だ。もし出会うのが、恋をしなくなったおっさんだったらどうなるかとか、人魚は恋に落ちた人を死に至らしめるとか、企画自体は買えるのだが、ベタな落ちが待っているところはいただけなかった。二人のストーリーにもっと特化していれば良かったんじゃないかと思う。